歓談 (康介視点)
「麗、大丈夫? 疲れてない?」
「貴子、大丈夫だよー。それより、貴子も山内くんも疲れたんじゃない? 座って休んで……お料理も食べてね。どれも美味しいし」
ムービー上映、クイズの当選者発表、ケーキカット等のめぼしい演出も一通り終わり、春太郎と麗は会場内を周りながら、ゲストとの歓談を楽しんでいる。
俺と貴子は、時折友人達と合流しながらもなんとなく二人の動向を気にしながら過ごしていた。俺は二人へ飲み物を渡したり、貴子は麗のドレスの裾を踏まれないようにアテンドしたり、メイクや髪型を時々チェックしているようだ。
それにしても、春太郎はいつもに増して麗にベッタリくっついている。先程のケーキカットの際、麗の腰に左腕をまわすよう言われてから、移動する時は勿論、ゲストと話している時ですらぴったりと寄り添い、隙あらば腰へ左腕を回して引き寄せている。
とんだ溺愛アピールである。春太郎の場合、アピールといっても取ってつけたパフォーマンス的なものではなく、いつ自身が堂々としているから思いっきり様になっているのが羨ましい。短くなかった海外生活の影響だけではないと思う。春太郎の性格的な部分も大いに影響しているのだろう。
初めは少し戸惑っていた様子を見せた麗も、諦めたのか素直に受け入れる事にしたのかわからないが、大人しく引き寄せられている様子を見るに満更でもなさそうだ。
あっちもこっちも牽制しておきたいという春太郎の気持ちも分からんでもない。
俺や貴子にとって春太郎の行動は想定内……どころか、これでもまだ抑えているのだという気がしてならないのだが、春太郎側のゲストの多く、特に大学時代の友人達が、春太郎が麗に骨抜きにされている姿に驚きを隠せなかったようだ。
春太郎という男は、一見男女問わずフレンドリーで優しく接するが、女性に対しての興味が薄く、春太郎へ好意を抱いている相手に対して容赦なく笑顔で失恋させる、そんなイメージを持っているらしい。
合コンは面倒くさい、キャバクラなどは苦手、デートに誘われても「興味が無い」とか「疲れているから寝たい」なんて言っていたというエピソードを麗の前で暴露されて春太郎は苦笑していた。
聞けば「結婚願望は無い」だとか、「結婚は親を安心させるためにいずれはするだろうけれど面倒だ」と公言していたらしい。
そんな奴が恥ずかしげもなく新妻の腰を抱き、愛おしそうに名前を呼んで熱い視線を送っていればそりゃあ皆驚くだろう。
それに加えて、先程上映されたムービーでのエピソード。
デフォルメしてあるとはいえ、12年越しの片思いを実らせたとなれば、春太郎の態度にも納得してしまうというものだ。
元々麗は美人だし、気さくで性格も良い。集まったゲストの数や、入場した時や歓談中に友人達とハグしたり楽しそうに笑う姿を目にすれば、麗が慕われているのがよく分かる。
「まさか浅井に先を越されるとは思わなかったな」
「俺も浅井にあやかりたい……奥さんの友達でフリーの子、紹介して下さい!」
「ぜひお願いします!」
春太郎の大学時代の友達の希望で、麗はプランナー時代の友人を数人呼び寄せた。
春太郎と麗を介しながら互いの紹介をすればもう皆程よくお酒も回っているのでとても楽しそうに会話を始めた。
近くにやたらと目立つ三人組が羨ましそうに眺めていた気がしないでもないが見ていなかった事にする。
互いの友人同士が盛り上がっているのを見届けると、二人はその輪から外れた。この後、三次会へ参加しないゲストを中心に挨拶をする予定だ。
高校の連中は大方三次会へ参加予定なので、主にそれ以外のゲストを中心に会場内をまわる。
女性ゲストに囲まれている時になると直くんがやって来る。野郎に囲まれている時は彼の食事タイムらしい。来るたび、「あれが美味かった」「これは食っておくべきだ」とアドバイスをくれる。それならと直くんに春太郎達の付き添いを任せ、料理を楽しむ事にした。
「パパー! あやもさんじのかいにいくー!」
「みどりも行きたい! パパたちだけずるいー!」
料理を持って舞達が陣取っている席へ向かうと、彩とみどりちゃんが必死で自分達も三次会に参加したいのだと訴えてきた。どうやら啓と啓の嫁の会話を聞いてゴネたらしく、あまりのしつこさに舞が「パパがOK出せばいいよ」と俺が却下する前提で言った言葉を鵜呑みにしたらしい。舞は「宜しく頼む」と俺に目で訴えてきた。
「みどりちゃん、みどりちゃんのママと赤ちゃん、今日はすごく疲れているんじゃないのかな?」
「……ママ、つかれてるの?」
「楽しいけれど、朝からずっとお出かけだからそろそろ疲れちゃった」
「ママが疲れていたら、お腹の赤ちゃんも疲れているんだよ。疲れた赤ちゃんは、元気いっぱいで産まれてくると思うか?」
「……おもわない」
「今すぐ帰らなくちゃいけないわけじゃない。だけどママたちが帰るって言ったら帰るんだぞ? 遊び足りないならおうちに帰ってから二人で遊べばいい。だって今日はお泊まりだからな」
その説明でなんとか納得してくれたらしい。今日は啓も飲んでいるため、何かあった時のためにゆかりちゃんとみどりちゃんがうちに泊まることになっている。
万が一、産気づいたら舞が病院へ連れて行き、近所に住む舞の母親か俺、もしくは双方で娘たちの面倒を見る予定なのだ。
「お泊まりだからいっぱい遊べていいね」
「そうだ! すみれちゃんもうちにおとまりしたらいいんじゃない?」
「あやちゃん、めいあんだね! すみれちゃんもおとまりしようよ!」
一難去ってまた一難、という程でもないがまた新たなワガママを言い始める娘たち。麗の姪っ子も困ったような表情をしている。
すみれちゃんは以前会った時よりも更に麗にそっくりだ。特に、高校の頃の麗に良く似ている。麗や麗のお姉さんと比べるとキツイ印象はあるが、それでも美人であることに変わりない。
普段なかなか接する機会のない中学生の女の子と一日一緒に過ごして、とてもしっかりしていることや大人びた雰囲気に驚いた。十年後、中学生になった彩はどんな子になっているのだろうか。
「彩ちゃんのお父さん、博之にこれ渡してもらえませか?」
すみれちゃんが差し出したのは、大手の書店の名入りの包装紙の包みだった。
「私、ちっちゃい時たくさんプレゼントもらったんです。その時のお礼、という訳じゃないけど……」
「絵本?」
「はい。私も小さい頃好きだった絵本です」
「せっかくだから直接渡したら? 俺もついて行くからさ」
「え? だけど……」
「すみれ、自分で渡しておいで」
「ほら、いってらっしゃい」
両親に促され、戸惑いながらもすみれちゃんは自分で渡すことに決めたようだ。
俺はそんな彼女を引き連れ、高校の時の友人達が集まっているところへ向かう。
会場の後方、受付から比較的近い場所。スクリーンにスライドショーで映し出された、直くんの撮影の式と披露宴の写真を見ながら博之を囲んで盛り上がっているらしい。
「お、噂をすれば姪っ子ちゃん登場!」
「あれ? 康介と啓の娘達は一緒じゃないのか?」
「すみれちゃん、だっけ? 本当に麗ちゃんにそっくりだね」
「最近の中学生は大人っぽいねー。美人さんだから将来が楽しみだね!」
「おまえら中学生怯えさせてんじゃねーぞ。博之、ちょっといいか?」
ただでさえ緊張した様子だったのに、急に十名以上の大人に囲まれ一気に話しかけられたらそりゃビビる。しかも酔っ払いばかり。困惑した様子のすみれちゃんを庇い、博之に声をかけ話の中から連れ出す。
「博之に渡したいものがあるってさ」
「俺に?」
博之は驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな表情になった。
「すみれちゃん、久しぶり。随分大人っぽくなったね」
「博之は……老けた?」
すみれちゃんから飛び出した爆弾発言に思わず吹き出してしまった。以前はそれだけ仲が良かったのだろう。
「そりゃあ老けるよ。もうおじさんって言われる様な歳だし」
「俺も彩が産まれてからよく言われる様になったぞ……とは言え、博之は一気に老けたな」
苦笑する博之と吹き出しながらも同調する俺にすみれちゃんの緊張も幾分かほぐれた様だ。恐る恐るではあるが、包みを差し出す。
「あの、これ……昔、たくさんプレゼントもらったから。その時のお返しじゃないけれど……子ども産まれたんだよね。おめでとう」
「ありがとう。絵本かな?」
すみれちゃんは頷いた。
「柊……一歳三ヶ月になった息子、『木へんに冬』って書いて『しゅう』って言うんだけど……絵本が好きだからきっと喜ぶよ」
博之が微笑むと、すみれちゃんはホッとした表情を見せた。
「すみれ、喜んでもらえて良かったね」
「麗ちゃん? 春ちゃんも!?」
二人の登場に驚くすみれちゃん。彼女だけでなく、博之も少し驚いたらしい。
「何の絵本プレゼントしたんだ?」
「えっと、あおむしのやつ。もう持ってたらごめん、だけど」
「……持っていないから嬉しいよ。ありがとう」
「すみれが大好きだったあの本かぁ」
あおむしの本、と聞いて一冊の本が頭に浮かぶ。俺も子どもの頃に読んだ覚えがある、彩とみどりちゃんが今でも好きな本。きっと喜ぶことだろう。
「二人とも、おめでとう」
「遠いところからわざわざありがとうね」
「ありがとう! 絶対幸せにするから心配すんなって」
「こちらこそ……ありがとう」
知らない人から見たらなんていうこともない会話だが、この三人の交わす言葉は重い。麗の背後にいる貴子なんて、麗達に背を向けてハンカチで目頭をおさえているくらいだ。
「相変わらず春ちゃんは麗ちゃんにベッタリだね」
「もう、春ちゃん。すみれにまで言われちゃったじゃない……」
「そりゃ仕方ないだろ? まぁ、これでも抑えてるんだけどな!」
こちらまでウルっときたのが春太郎のせいで台無しだ。まぁ、こんな所で泣くのも恥ずかしいので助かったといえば助かったがな。
「お、やっと主役が来たぜー!」
新郎新婦がやって来たことに気づいたらしく、皆がこちらへ合流した。春太郎と麗が遅くなった事を詫びれば、先程すみれちゃんが指摘した様なことを再び突っ込まれていた。
「それにしても本当にいい式だったよなぁ……」
「あのサプライズで私号泣しちゃったよ……」
「あー、俺も結婚したいなぁ……とは言えまだ時間かかりそうだし……すみれちゃんがプランナーになる頃にお世話になるかも。なぁ、委員長?」
思い返した様子ですしんみりする委員長と奈津子、そしてオガちゃん。
「いや、俺はすみれちゃんのお世話にはなれないかな」
「いやいや、委員長も相手いないじゃん?」
「実はさっきも言おうか迷ったんだけどさ。ちょっと前に出来たんだよ」
「この裏切り者! 奈津子、お前は俺を裏切らないよな?」
委員長を裏切り者と称したオガちゃんは、すぐそばにいた奈津子へ縋るような目で同意を求める。
「オガちゃん、ごめんねー。私も残念ながらすみれちゃんがプランナーになるまでは待てないなぁ。今度中学三年生なら、麗と同じく専門学校通うとして……六年後でしょ? さすがにそこまではね?」
「……長谷川はどうなんだよ?」
「俺は独り身だけど……流石に六年はなぁ……」
六年後といえば、37になる年だ。晩婚化が進んでいて珍しくはないとはいえ、幸せそうな二人を目の当たりにすれば早く相手を見つけて結婚したいと思う心理はもっともだ。
「年内は流石に無理だけど、俺たちとしては来年辺りにはしたいよな」
「ちょっと待て。委員長、『俺たちとしては』ってどういう事だよ!?」
春太郎を意識してか委員長が奈津子の腰に腕を回して引き寄せる。
「奈津子ちゃん、委員長、おめでとう!」
嬉しそうな麗の声とオガちゃんの絶叫に周りにいた同級生たちの視線が委員長と奈津子に集まった。途端に皆が驚きの声を上げ、すかさず二人の馴れ初めに関する質問が飛んだ。
「いやぁ、バイト先で出会って?」
「いやいや、さっぱりわからんし!」
「バイト先って学生かよ!?」
照れているのか言葉足らずの委員長に対し、奈津子の解説が入る。
「ほら、世間では医師不足って言われているでしょ? 特に夜間診療なんかだとバイトっていうのも珍しくないし。ある日出勤したら委員長が来てびっくりしたなぁ」
「医者とナース……」
「バイトってそういう事か……」
「一緒になることが数回あって、お互い今まで知らなかった一面を知ったんだよね」
「仕事の話してたんだから委員長は奈津子の勤務先知ってたんじゃねーの?」
「私、系列の病院から異動した直後だったから」
「あの時はマジで驚いたなぁ」
「俺、披露宴から一緒だったんだから教えてくれても良いじゃん!」
「オガちゃん、悪かった。本当は三次会で話すつもりだったんだ」
そんなやり取りを聞いていたところ、麗にこっそり声をかけられた。
「山内くん、倉内さんに悪いけれどブーケトスは無しにしたいって伝えて。それで、トス用のブーケこっそり持って来てくれないかな? 美咲ちゃんに言えば分かるはずだから。よろしくお願いします」
「わかった」
盛り上がっているので、俺が輪から抜けても気付かないだろう。それでも俺はなるべく目立たないように抜け出し、倉内くんと野沢さんを探した。




