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受付(貴子視点)

「こちらの名札ですが、お名前をご記入いただき、見える場所につけて下さい。カードには新郎新婦へ一言メッセージをお願いします。ご記入いただいたものは後ほど余興で使いますので……詳しくはあちらをご覧ください」

「倉内さぁん、お疲れ様です」

「お疲れ様ですぅ」


 やたら気合の入った格好をした子達だなぁと内心思いながら受付対応をしていた。披露宴では見かけなかった子達だ。一人は深いスリットが腿まで入ったロングドレスを、もう一人はビスチェタイプのミニスカートのドレスに羽織りものはなし。アイボリーのボディコンシャスなレースのワンピースの子もいる。

 彼女たちは私の説明している間もスマホのカメラ機能を使用してのメイクチェックに余念がない。名前を伺えば、噂の要注意人物であることが判明。

 わかりやすいのは助かるけれど、色々びっくり。

 招かれざる客とはいえゲストであることには違いないので、必要事項を説明していたところ、突然彼女たちの表情が変わった。

 何が起こったかと思えば単純明快。倉内氏が登場しただけだった。表情はもちろん、声のトーンもあまりに違いすぎる。


「華やかな女の子がいるなぁと思ったら君たちだったんだね」

「華やかだなんて、これでも地味にしたつもりなんですよ」

「……そうそう、予定外のゲストが多くて座席が足りないんだ。悪いけど、他のゲストに席は譲ってもらえないかな。会社関係の後輩にはそうお願いしてるんだけど……君たちは若いから椅子なくても大丈夫だよね?」

「はぁい、わかりました」

「もちろん大丈夫ですぅ」


 一瞬ではあるけれど、倉内氏の目が鋭くなった。


「こういう場にはあまり慣れてないのかな? もしかして、二次会は初めて?」

「初めてじゃないですけど、あまり慣れてないので色々教えてください」

「そっか、慣れてないんじゃ仕方ないか。華やか過ぎて、新婦さんより目立っちゃうんじゃない? 流石に主役より目立っちゃうのはまずいから、次から気を付けてね」


 新婦さんより目立っちゃうって、彼女達の場合は完全に悪目立ちって事だ。


 褒められたと勘違いしたご機嫌な彼女達は、勿論倉内氏の嫌味にも気付かなかったご様子。ハートが強いのか鈍いのか……どちらにせよ驚きである。


 声をオクターブ高くする効果があるのか、言われた側が都合良く解釈する効果があるのか不明だが、とにかく恐るべし、倉内スマイル。

 そして、彼女達が去った直後の真顔が怖すぎる。そんな目で私を見るな! 一体私が何をしたと言うのだろう……。


「実は3日前、余興でベリーダンス踊りますって彼女達が言い出して」

「そりゃまた唐突に……ベリータンスですか……」


 面倒ごとを思い出しての表情ならば致し方ない。


「そう。『以前披露して好評でした、セクシーな衣装は盛り上がります』って。浅井がすげぇ嫌そうな顔してるのにゴリ押し。祝福する気持ちなんて持ち合わせていないみたいだったから、断ったけどしつこくて」

「二次会は何でもアリなとこあるけど、新郎が不快に思う余興はダメでしょ」

「アウトだよね……最終的に浅井と部長がキレて諦めてくれたけど面倒くさかったよ」


 浅井くんがキレた? あの浅井くんが?

 麗を心配して怒ったり憤ったりすることはあるけれど、迷惑をかけたとしても笑って許してくれる温和な彼がキレるとは……


 ベリータンスに対し偏見があるわけではない。踊りにもあの衣装にも、伝統とか文化が詰まっており、それは尊重するべきものだと思う。新郎新婦を祝福するために結婚式や二次会で披露することは必ずしも悪いことではない。

 以前、何かのイベントで踊っている人を実際に見た事があるけれど、激しくもしなやかな動きは、とても華やかで美しいとも思った。だけれど、正直目のやり場に困るのも事実だ。万人ウケするものではないと思う。少なからず、不快に思う人はいる。

 新郎新婦の意向は尊重しべきだし、ゲストのタイプとか、どんな会場なのかも考慮すべきだ。


 披露する側がどれだけ新郎新婦と親しいかというのも影響してくると思う。少なくとも私が新婦なら、自分の仲の良い友人が披露してくれるならまだしも、新郎の、それも対して接点もない、断っても無理矢理押しかけてくるような会社の後輩がセクシーな衣装を着て扇情的なダンスをするなんて聞いたら良い気分はしない。

 私だったらおそらくキレる。一体どういうつもりなのか、と問い詰めるかも知れない。


「三日前だよ、三日前。あまりに気の毒だったから浅井を早く帰したのに、客先都合の無茶振りな電話がかかってきたらしく、五分経たないうちに戻ってきて対応に追われるっていうおまけ付き。俺も手伝ったけれど、終わったの日付変わってたし……本当に災難な日だったよ」


 それは浅井くんだけではなく倉内氏だって災難な日だった事だろう……だけどちょっとまって?

 三日前って事は、私が麗と温泉に行った前日だ。


 つまり、麗が気にしていた浅井くんの疲労のそもそもの原因は彼女達ということか?


「貴子ちゃん、顔が怖い。目が座ってる。そしてガン飛ばさない」


 あぁ、腹立たしい。麗、浅井くんの様子をすごく気にしてたのに。その原因を目の当たりにして何もできないなんて。


「彼女達が浅井くんにちょっかいかけたら殺っちゃっていい?」

「貴子ちゃん、物騒な言葉遣いはやめなさい。ほら、野沢さんが怯えてるから」

「ごめん……ってやだ、怯える美咲ちゃんもかわいいー!」


 あまりの可愛さに美咲ちゃんに抱きついたら倉内氏のじっとりとした視線を感じた。

 ほらほら、羨ましかろう……なかなかの優越感だ。


 そんなに羨ましいなら、さっさと周りに「俺の美咲」アピールをして、「美咲に危害を加えたら許さん! 殺す!」くらいの勢いで回りを牽制して、美咲ちゃんにガンガンアプローチして落としてしまえばいいものを……このへタレめ!


「倉内さん、貴子さん。ゲスト対応お願いします」

「美咲ちゃん、ごめんごめん。……お待たせしました」


 美咲ちゃんに声をかけられ気付いた、再び訪れた受付ラッシュ。地下鉄駅が近いから、電車の到着時刻で波が出来ているのかもしれない。


 その波が再び引いたのは、開演時刻5分前。どうやら参加予定者の9割以上が集まっているようだ。


 外から登ってくる階段から賑やかな話し声が聞こえる。

 その声から少し遅れて現れたのは披露宴で完璧な女装で会場を沸かせた浅井くんの留学仲間の竹内さんだった。彼自身も小柄だが、彼よりも頭一つ分小さく小柄で目のクリッとした可愛らしい女の子と何やら楽しそうに話している。

 そして二人の後ろには見知った顔があった。


「久しぶり。元気だった?」


 あまり元気そうには見えなかったけれど、それ以外彼にかける言葉が思い浮かばなかった私は、ごくありきたりで差し障りのない挨拶をした。


「ああ、元気だよ。中村も元気そうだな」

「うん、元気。子ども、大きくなった?」

「大きくなったよ。足取りはまだおぼつかないけれど走るようになって目が離せない」

「一歳三か月くらいだっけ? 可愛いけれど大変な時だよね」

「そうだな。何となくだけど意志疎通出来るようになって、より可愛く感じるけど相変わらず手はかかる」

「ちゃんとパパやってるんだね。そうそう、こっちは名札ね。こっちのカードにはメッセージ書いて欲しいんだけど。詳しくは向こうで達哉が説明してるから」

「わかった。ありがとう」

「啓達、奥のテーブル席に陣取ってるはずだから」

「……なぁ、中村。いろいろ迷惑かけて悪かった」

「そう言う話は、後にしよ。もうすぐ始まるし、まずはお祝いしなきゃ」


 思っていたよりも普通に話せたことにほっとした。

 それにしても、記憶の中の博之とは随分違う。別人とまでは言わないが、表情も、雰囲気もすっかり変わっていた。やつれたというか、老け込んだというか、以前よりも小さく見える。以前の様な余裕も見られない。

 だけれど、麗と別れた直後の傲慢で自分勝手な態度はなんだったんだろうと思ってしまうくらい穏やかそうに笑ったのでほっとした。それにやはり、落ち着いた話し方や服装の感じなんかは私の覚えている博之と同じだった。


 博之は、竹内さんに促され、会場内へ進んでいった。博之に気付いた様子のメンバーが早速声をかけたようで安心する。


「後は遅刻の連絡のあった人だから、お店の方にお願いしましょう。貴子さん、麗ちゃん達のお迎えよろしくお願いします。台本通り、何点か注意事項をご案内して、入場の予定です」

「美咲ちゃん、麗のドレス見た?」

「実はさっき控え室に行ってきたんです。麗ちゃん、めちゃめちゃ可愛かったですよ!」

「そうだよね、かわいいに決まってるよね! じゃあ、迎えに行ってきます!」


 美咲ちゃんに先を越されてしまったけれど私も早く麗のドレスが見たい。はやる気持ちを抑えながら、控え室へと向かう。


 ノックをしてドアを開ければ、麗は着付けの方にリップを塗り直してもらっていた。


「麗、ドレスも似合う! そして可愛い!」


 立ち上がってくるりと回ってもらう。

 肩を出したエンパイアラインのドレスは一見シンプルだけれど、胸元の繊細なビーズ刺繍だったり、大胆な背中のカットだったり、上品かつ存在感あるリボンだったり、スカートに散りばめられたパールだったり、などなかなか凝った作りをしている。

 また、一歩間違えれば妊婦に見えかねないエンパイアラインも、後ろに僅かにボリュームをもたせることにより、よりスッキリ見えるラインに仕上がっている。

 首の後ろの痣を隠すためのサイドをふんわりまとめたダウンスタイルが、程よく背中を隠していた。


「直くん、写真! ツーショットで! 入場になっちゃうから巻きでお願いします!」


 ドリンクのオーダー方法を説明する倉内氏のアナウンスが聞こえる。


 迅速に麗と私の写真を撮ってもらい、待機場所まで二人を先導する。

 浅井くんの蝶ネクタイを麗が直す。それからブートニアも。そんな二人の写真を直くんがすかさず撮影する。グッジョブ直くん。


 麗は最高に可愛い。浅井くんは本当に幸せそう。


「なんだか緊張するね」

「二次会だし、リラックスして楽しもうぜ」

「もうすぐ入場だから、二人は腕組んで」


 浅井くんが出した左腕に、麗が右手を添える。スモーキーカラーのナチュラルな雰囲気のブーケを握る左手の薬指には、スペシャルな指輪が輝いていて。


 ——SHUNTARO LOVES URARA


 内側に彫られた刻印通りの二人が、私の目の前にいる。

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