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準備 (美咲視点)

2話同時投稿しております。

「良い式だったね」

「麗ちゃん、とても綺麗でしたね……浅井さんもすごく幸せそうでしたし……あんなサプライズ、反則です。思わずもらい泣きしちゃった……」


 披露宴のお開き後、私と倉内さんはタクシーで二次会となるイタリアンレストランへ向かっている。

 つい先日まで麗ちゃんが働いていたそのお店は、雰囲気も良くてお料理も美味しい。お財布にはあまり優しくないので頻繁には通えないけれど、だからこそ特別な時や頑張った後の自分へのご褒美には最適なお店でもある。


「野沢さんも結婚したくなったんじゃない?」

「もう、からかわないでください!」


 途端に顔がカァーっと熱くなる。

 勿論、あんなに幸せそうな浅井さんと麗ちゃんの式に出席した後だ。羨ましくなってしまうのは仕方がない。


「なんで今日、着物着てこなかったの?」

「だって、この後色々動かなくちゃいけないじゃないですか」

「結局、当初の予定とは大幅に変わっちゃったからあんまり動かないというか動けなくなったんだけどね」

「それでも取り仕切る側としては身軽な方がいいじゃないですか」

「雑用は俺とか土屋に任せておけば良いんだよ。山内くん達もいるわけだし。野沢さんの振袖姿、見たかったな」

「振袖なんてもう着れません、年齢的に」

「未婚だから大丈夫でしょ。それとも、白無垢が着たくなっちゃった?」

「からかわないで下さいって言ったばかりじゃないですか……」


 目を細めて柔らかに笑う倉内さんは、いつもよりも纏う空気が柔らかい。そんな姿を眺めていたら、また頬に熱が集まってきてしまう。

 麗ちゃんみたいに、和装オンリーの式も良いなぁと妄想してしまったのも事実だ。麗ちゃんにとても似合っていたから余計、魅力的に見えたのだと思う。浅井さんのお母様から受け継いだ色打掛は本当に素晴らしくて……きっと着物に触れる機会の多い私の母も絶賛するに違いない。地毛で結ったという日本髪もとても新鮮で素敵だった。


 今日の式を抜きにしたって、私もいつかは白無垢を着てみたい。

 白無垢を着て、綿帽子をかぶって、自分がちゃんと好きになって、自分をちゃんと好きになってくれた人と結婚式を挙げたいと思う。思うのだけれど。


 私自身、倉内さんが好きだという自覚もあるし、倉内さんが私へ好意を持ってくれている事にも気付いている。これは、自惚れや勘違いなどではないはずだ。

 ただ彼のそれが、本気なのかは未だにわからない。遊びではないのかな……とは思う。だからといって、本気とは限らない。

 遊びではなくとも本気ではない、そんな人だっている。

 何より、彼との関係が今よりも親密になった先の事を想像しても、お互いにとって良い関係を続けていけるとは思えない。


 勢いだけで恋愛できるほど私は若くはないし、うまく立ち回れるほど器用ではない。周りからのプレッシャーや嫌がらせを我慢してまで恋愛したいと思えるほどの熱もない。




 倉内さんはモテる。

 今までは浅井さんと人気を二分していたけれど、浅井さんが既婚者になってしまったので、変な話、倉内さんの倍率が上がってしまった。とはいえ、浅井さん人気はまだまだ健在だ。


 今回だって、倉内さんと私が浅井さんの二次会に関わると知った人達に、代わって欲しいと言われたり、手伝いたいと言われたりした。

 彼女たちはそもそも呼ばれていないのにもかかわらず、手伝うと言い出したのだ。倉内さんや浅井さんとの距離を縮めようとの魂胆らしい。

 勿論断った。人数の関係上ご招待できないことも含めて。

 その後、私では話にならないと判断したらしい彼女たちが始めた、2人へのエゲツないアプローチにはびっくりしたし、会ったことすらない麗ちゃんに対して浅井さんや倉内さんのいないところでは言いたい放題、彼女達の憶測で貶めて見下しているのには更に驚いた。


 紆余曲折を経て、彼女達も二次会には参加することになってしまったのだけれど、ものすごく気が重い。数日前、見兼ねた部長が彼女達に釘を刺してくれたらしいし、特に浅井さん狙いの要注意人物は麗ちゃんに近づけないよう関係者で共有して近づけないようにする体制はしいているけれど、それでも気が重い。

 これまでの行動を見ていたら彼女達の思考は私には到底理解できないし、些細なことではあるが、過去に実際嫌がらせをされた身としては、麗ちゃんが嫌な思いをしたらどうしよう……という不安しかない。


「そんなに野沢さんが心配しなくても、大丈夫だから」

「……え?」

「野沢さん、すごく不安そうな顔してる。今日はめでたいんだからそんな顔しちゃダメだよ。ほら、行こう」


 私が何を考えているのか、とてもわかりやすいのだと倉内さんは言う。彼に考えている事を見透かされるなんていつもの事。いつもは恥ずかしいと思ってしまうのに、今日はそれがとても心強く、嬉しかった。彼のこういうところに私は弱い。不意に心をつかまれてしまう。


 二次会で使う荷物はほとんど事前に搬入しておいたし、装花やウェルカムボードなどは既に立花支配人が運んでくれているので荷物は少ない。私の荷物なんてもらった引き出物と、クラッチバッグしかないのに、倉内さんは私の分の引き出物も持ってしまう。持ってしまったらもう私には持たせてくれない。紳士的と言えば聞こえが良いけれど、結局は女性の扱いに慣れていると言う事。


 ある程度のところで自分の気持ちを自制しないと、そう自分に言い聞かせる。後から辛い思いをするのは私なのだから……。





 ***


「なるほど、こうなるわけか……」


 このところ、打ち合わせで度々訪れていた店内とはガラリと違う風景がそこには広がっていた。

 事前に相談していたレイアウトを実際に見て、更にそこに人が入る事を想像すると思っていた以上に狭い。

 麗ちゃんはボリュームのないドレスだって言っていたけれど、それでも移動は大変そう。


「テーブル、もう少し片付けましょうか?」

「そうしたいけれど、テーブル欲しい人が座れなくなっても困るし…」

「テーブル席をいくつか減らして、そのうちの数卓を指定席にしたらどうですか? お子さん連れてみえるのって山内さんと岡崎さんですよね。そのグループと、部長ご夫妻、他にも浅井さんたちの伺った方を優先的にご案内するんです」

「もういっそ、椅子も減らしてもらおうか。立花支配人、1階も荷物置きに使って良いんですよね?」

「ええ、貴重品以外のお荷物に限りますが。どうせ下にもスタッフを配置するので、1階にも少し席を作りましょうか?」

「予定していなかった出席者には椅子が足りないから座るのを控えるよう声をかけたって構わないよな。みんなそれなりに移動もするだろうし。どうしても座りたいなら、1階で休憩してもらう事にしよう。……立花さん、お願いします」


 会場の片側半分を出席予定者の4割ほどの席数の着席のエリアとして残し、残り半分のエリアに無理やり人数分並べていた椅子やソファも半数ほどを片付けてもらうこととなった。単純計算で、3割の人には椅子が無い。


「いいんじゃないかな、随分スッキリした」


 人数分の椅子を出来たら置きたい、それは麗ちゃんの希望だった。


「1階と合わせたら人数分の椅子は揃ってる。問題ない」


 悪戯っぽく笑う倉内さん。やっぱり私は分かりやすいらしい。


 会場のレイアウトがほぼ整ったところで、山内さんと中村さんご夫婦が到着した。それから、カメラマンと間違えてしまったご友人、建野さんも一緒だった。


「倉内くん、二次会の間、写真をスライドショー流しっぱなしにする事になったんだって?」

「変な余興やりたがる人達がいたからね。そんなのなくても楽しんでもらえるようにっていう浅井の希望」

「式に呼べなかった人も多いからって聞いてるよ。一応最低限の編集はしてきたけど、もうちょい色とか明るさ補正したいんだよね。プロジェクターにPC繋いだらギリギリまで作業してて良いかな?」

「直くん、ギリギリまで作業しちゃって! 麗が最高に可愛く見えるようによろしく! BGMとDVDは立花支配人に渡したらやってくれるって言ってたから渡してくるねー」


 音響や映像関係はお任せして、私と倉内さんは受付付近の準備に取り掛かった。

 ウェルカムボードやウェルカムグッズの飾り付け、ゲームの準備をしたところで、受付方法を中村さんと貴子さんと4人で確認する。

 まず、入ってきた人はお店の人へ会費を払う。

 会費を払ったら、名前を伺って、名簿にチェックを入れて、メッセージカードと名札を渡す。

 名札には自分の名前を書いて身につけてもらう。メッセージカードには一言で良いので二人へのメッセージを記入してもらい、数字の振られた複数の箱のどれかへ入れてもらう。

 箱が置かれている場所には、浅井さんと麗ちゃんにまつわる4択クイズが出題されていて、正解だと思う番号が書かれた箱へ入れる。

 後ほど、正解が発表され、正解の番号の箱の中から抽選で景品をプレゼント。

 当初の予定ではクイズ大会とか、ベタにビンゴ大会でもしようか? という話だったが、人数が増えて時間がかかりすぎるから却下となり、抽選を行うことにしたのだ。

 ちなみに、クイズの答えは貴子さんが立花支配人へ渡していたDVDで発表され、上映後浅井さんと麗ちゃんに当選者を発表してもらう。

 なのでDVD制作にかかわったメンバーはあえて不正解の箱へメッセージカードを入れることになっている。微力ながら私も参加しているのであらかじめ用意してきたカードを不正解の番号のふられた箱へ入れた。





「美咲ちゃん、準備ありがとうね。二次会もよろしくお願いします」


 麗ちゃんと浅井さんが到着したのは、受付開始時刻の30分前だった。ネイビーのワンピース姿の麗ちゃんは日本髪ではなく、緩く巻いた髪を複雑にふんわりと編み込んだハーフアップのようなスタイルだった。生花ではなく、パールやスワロフスキーのヘッドドレスでバックスタイルも華やか。

 まだドレスは着ていないのに花嫁感があふれている。メイクもナチュラルで、手には式の時にはなかったブーケが握られていた。


 麗ちゃんたちが控室に入るとすぐ、ドレスショップの方が到着、着付けが始まった。


「麗、どんなドレス着るんだろうね?」

「貴子さんも知らないんですか?」

「うん、当日のお楽しみって教えてくれないの。浅井くんも見てないらしいよ。今だって締め出されてるし」


 先程一緒に控室に入ったと思った浅井さんは、建野さんと一緒に写真のチェックをしていた。


「麗ちゃんのドレス、楽しみですね。髪形もすごく似合っていてかわいいし……」

「そうそう、上手いこと隠してもらった……じゃなくて、式とはガラッと変わって素敵よね」


 なぜか、倉内さんが笑いをこらえていた。


「その件で浅井は麗ちゃんに怒られたらしい」

「それは仕方ない。だって式の3日前だし。牽制の仕方は他にあるのにね。麗が大好きなのはわかるけど気持ち考えろって私も実は怒った」


 突然会話に入ってきた倉内さんと貴子さんの会話に私がぽかんとしていたら麗ちゃんがダウンスタイルにした理由を貴子さんがこっそり教えてくれた。


 ……さすがにそれは怒られても仕方ない、そう思った。

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