対話(竹内視点)
竹内と博之の妻の対話。正確には、対話というよりも竹内が一方的に喋ってるだけ。特にざまぁらしいざまぁもないけれど、痛いところは抉ります。
人によっては完全に蛇足で、読まなくとも次の話への影響もないので苦手な方は読まない方がいいかもしれません。
「奥さん、どーもこんにちは」
「あの、少し話したい事があるんだけど……」
明日は春太郎の結婚式。本当ならば明後日も有給を使って休みたいところだが、年度末の忙しい時期の月曜とあってはそれも叶わない。
長期出張中で地元を離れている俺が、地元で行われるそれを最大限に満喫するため、月曜は向こうで仕事をする予定を組んだ。そのための資料や荷物をまとめるために半日だけ休日出勤して準備し、同行者を迎えに車を走らせた。
そして到着した友人宅。あいつ——博之は息子と公園へ出かけたらしい。
迎えに行くと伝えていた時間よりも、15分早く到着してしまったのは俺だ。だが、普通なら泊まりで出かける様な約束の前に公園へなど行かないだろう。博之はあえて出かけているのだ。
奥さんが、俺と話をする為に。
招き入れられた部屋は、以前とは雰囲気が違っていた。かつてはどこか殺伐とした印象を受けたのに、今日は随分と穏やかに感じられる。窓から差し込む春の柔らかな日差しのせいなのか、置いてある家具や雑貨のせいなのか、俺がカエルに似ているから本人のいないところでカエルちゃんと呼んでいた博之の奥さんの雰囲気が柔らかくなったせいなのか。
「聞いたんすか? 明日のこと」
俺が尋ねると、彼女は頷いた。
「どういう風に?」
「昔の彼女……婚約していた人が結婚するから、二次会に出席するって」
「それだけ?」
「色々ケジメをつけてくるからって。帰ってきたらちゃんと話し合おうとも言われて。詳しくは、博之が説明してもきっと言い訳がましくしか聞こえないだろうから竹内さんに聞いて欲しい、そう言われました」
「……あいつ、丸投げかよ」
せめて前もって連絡しろとイラッともしたが、彼らの言う通り博之が説明しても正しく伝わらないのも確かだ。
「正月に元カノ……麗ちゃんに会ったのは聞いてる?」
「……それは初耳です」
「俺が頼んで会わせた。流石に奥さんも気付いてるでしょ。博之がずっと引きずってるの」
彼女は、口を真一文字に結んで頷いた。
「俺、基本的にオブラートに包んで喋れないからハッキリ言わせてもらうけど良い? それでも聞く覚悟ある?」
もう一度、先程よりも力強く頷いたのを確認した。
「俺さ、博之にもあんたにもすげぇ腹立ててたんだよね」
「……仕方ないと思います」
「だけどさ、こうなって良かったとも今は思ってる」
俺の言葉は彼女にとって驚くほど意外だったらしい。
「麗ちゃんが結婚する相手はさ、彼女の高校の同級生で、博之も良く知ってる奴で、バカで色々残念な奴なんだけど、ほんとすげぇ良い奴。博之とのことも全てひっくるめて、麗ちゃんを受け入れて、あの子が抱えていたものを全部背負ってあげられるような奴。実際彼女には一切の未練もないし、あんたの事も恨んでない。むしろあの二人は別れてくれて感謝してるって笑いながら言ってた」
「……良かった、です」
「それは麗ちゃんに良い相手が見つかった事に対して? それとも博之への未練がないこととか、彼女にあんたが恨まれてないこと? まさか感謝されてることに対してじゃないよね? どういう意味での『良かった』なのか、今はあえて聞かないけど、あんただって全く罪悪感がなかったわけじゃないんだろ? 少なくとも、最近は」
深酒をして未練たらしく麗ちゃんへの思いを俺へ電話してくるくらいだ。一緒に暮らしている彼女が気付かない訳もない。
「俺はさ、あいつに現実を見て欲しかったんだよ。あいつの記憶の中の彼女は、あいつと婚約していた頃の彼女のままだけれど、実際は違うんだって。彼女に会わせたことはあんたにとって気分のいい話じゃないとは思うよ。でも、それに対してあんたが文句を言う権利も伝える義理も無いよね、自分のやってきたことを考えたらさ」
「……はい」
「博之は、現実を目の当たりにしてショックを受けてた。だけどおかしな話だろ、自分は浮気して、子どもができて、別の女——つまりあんたと結婚してるくせに、ショックを受けるなんてまるで別れた相手はひとりのままでいて欲しいって思ってるって事じゃん」
我ながら相手の痛いところを抉っている自覚はある。だけれど博之も彼女も、それについて正面から非難する相手はなかなかいない。
「自分達の結婚式の時のこと覚えてんだろ。博之の高校時代の友達は一人も来なかった。あいつが呼べなかったのか、呼んで断られたのかは俺も知らない。あの時はみんなあいつに憤慨してたからどちらだにせよ当然の結果だ。でも、あれから二年半とか経って熱りも冷めると博之に対して言い過ぎたんじゃないかとか、殴ったりして悪かったとか、みんなそれぞれに思い始める訳よ。寄ってたかってみんなで責めてたから、後味が悪い、みたいなさ。それを、春太郎はどうにかしたいらしい。春太郎自身、昔は博之と仲良かったから博之だけがハブられる現状は変な感じなんだろうな。春太郎、一連の出来事知らなかったんだよ。あいつずっと地元離れてたし、クソ忙しかったし」
博之の結婚式には俺も参列した。内情を知らない人達から見れば、それなりに幸せそうなごくごく普通の結婚式に見えただろう。
だがあの日、俺にはとても歪なものにしか見えなかった。
引きつったぎこちない笑みを浮かべる新郎と、どこか疲れた表情の両家の両親、ただひとり満足そうに笑みを浮かべる新婦。
そして、そんな彼らへ新婦の弟は冷ややかな視線を向けていた。
ああ、こいつは事情を知っているんだと一目見て思った。
彼女にとって、あの日は本当に幸せだったのだろうか。
「博之だって自業自得とは言え仲良かった奴らに突然縁切られてキツかったと思う。だから、二次会に便乗して和解じゃないけど、歩み寄れたらって春太郎は言っているし、博之と特に仲の良かった奴らも同意してる。博之だって嫌なら断るはずだ。少なからずそれを望んでいるからあいつは行くんだと俺は思う」
彼女はずっと俯いている。
「あんたは、なんでわざわざ二次会でって思うかもしれない。だけど逆に、和解のために集まるってなると必要以上に構えるだろ? きっと参加を拒否る奴もいるだろうし集めるのも大変だ。二次会なら自分に免じてってのも春太郎は狙ってるんだろうな。部外者も多いから万が一上手くいかなくてもそれぞれの気も紛れるし」
ようやく顔を上げたと思えば、泣いていた。
「殴られた、なんて知らなかった……」
「殴られたのはあんたとの事が勿論原因だけど、それ以上にその後のあいつの態度とか言動が周りを煽ったんだってよ。まぁ自業自得だな」
春太郎の言葉を借りれば、友人達の『地雷を踏んだ』ということらしい。
あの頃の博之の様子を思い起こせば想像は容易い。
「てっきり、博之が避けているものだと思ってました……」
「それも少なからずあったと思うけど、あいつは縁を切られたんだよ」
「縁を……切られた……」
「そうだよ、それだけの事を博之とあんたはしたんだ」
彼女にとってそれは、少なからずショックだったらしい。
「春太郎って、平和主義者っぽとこあるからさ。誰にでも優しくて、フレンドリー。最近は昔ほどじゃないとはいえ、仲良かった奴らが仲違いしてる事、春太郎は嫌なんだよ。あんたはさ、博之が友達に縁切られたままでいいわけ? 原因は少なからず自分にもあってさ」
「……出来るなら、仲直りして欲しいとは思います。だけど……」
「どうせあんた、元カノの二次会に博之が行くのが面白くねーんだろ?」
「……多分、そうです」
「博之が浮気しそうで?」
「……だって、今でも博之は」
「……自分の旦那信じてやれよ。だけどまぁそれも無理な話か。あいつが躊躇いなく浮気をするって事は、あんたが一番良く知ってるもんな」
浮気して略奪したくせに、旦那の浮気を心配するだなんてなんと滑稽な事だろう。
「博之にとって『元婚約者』の結婚式の二次会であると同時に高校時代の友人、春太郎の二次会でもあるんだよ。普通に考えたら、昔の女の結婚式に呼ばれるっておかしい事かもしれないけどさ、人間関係って元カレ元カノだけじゃないじゃん。呼べるって事はもう終わった事として向こうが処理できているからこそじゃねーの。逆に目くじら立てる方が意識しすぎじゃね?って俺は思う。同級生同士とか、社内恋愛だったら呼ばない方が不自然な事もあると思うし。……心配したくなる気持ちも単に面白くないって思うのも理解できるけど、春太郎は執念深くて嫉妬深いし、麗ちゃんを溺愛してる。麗ちゃんだってそう。博之の入り込む隙なんて1ミクロンもないから安心して」
頭では理解できても、いまいち腑に落ちないのだろうか。彼女は眉間にしわを寄せ、苦々しい表情をしている。もしかしたら、溺愛されている麗ちゃんを想像し、博之に愛されていない自分と比較しているのかもしれないし、自分がしてきた事を客観的に理解して言葉が出ないのかもしれない。俺には、一体何を考えているのかはわからないし、分かりたいとも思わない。
だけれど、ポロポロ涙を零しなから、歯をくいしばる姿は酷く気弱そうに見えた。
「それに、今のあいつは今まで逃げてきたものに向き合おうとしてるんだと思う」
「逃げてきた……もの……」
「どこか他人事だったんだよ。『俺は悪くない』って直接あいつが言ったわけじゃないけど、あいつの態度が。高校の時の友達に対してもそうだし、あんたに対してもそう。現実にちゃんと目を向けて、あいつの中でケジメをつけるつもりなんだろ」
そうでなければ、きっとこんな話を俺がする必要などないのだから。
「だから、帰ってきたら今度はあいつから話聞いてくれよ。あんたも、言いたいことがあるならハッキリ言っておいたほうがいい」
「それは……別れ話だったりするんでしょうか……」
「そんなん知らねーよ。ただ言えるのは、博之は息子のこと、すげぇ大事に思っているって事と、息子を産んだあんたにも感謝してるって事。俺が説明すべきことは以上。向こうで約束あるから、そろそろ出ておきたいんだけど……」
「ただいま。大介、悪かったな」
「本当にな。丸投げしてんじゃねーよ」
絶妙なタイミングで博之が帰宅したので、俺は彼女に短く一方的な挨拶だけして車へ乗り込んだ。
結果的に泣かせてしまったので後味は良くないが、キツイことを話すことは彼女も了承済みなので問題ないだろう。
その後、どうなるかはわからないがそれは俺の知ったこっちゃない。博之の問題だ。俺がこれ以上どうこう言う筋合いはない。
俺が心配すべきは、自分の事だ。取り急ぎは、明日の式で行う余興だろう。
夕方から集まり、練習をする。各々で練習してきてはいるが、全体的な動きの確認を行うのだ。
するからには、完成度は高い方が良い。
そのためには、練習後も入念なチェックと、下準備、それから当日の手順を確認して必要があれば練習をする必要がある。
明日に向けて、まだまだ今日は忙しくなりそうだ。
そんな事を考えながら、助手席に博之を乗せて俺は車を走らせた。
・練習後の入念なチェック
メイク動画を見ながらメイク道具を準備して練習する事だが、実家泊のため結局姉の指導が入る。
・下準備
カミソリでの処理を予定していたものの、こちらも姉の手が入った結果、ブラジリアンワックスで両手両足両脇ピッカピカ☆




