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10. 向き合う決意

「お姉ちゃん…急にごめんね…。」

「麗…寒いし早く入りなさい。」


 姉に電話をかけた時、私は泣き止んで、いつも通り明るく振る舞ったつもりだった。けれど姉は私が泣いていたのに気付いていたみたい。

 私を見るなり心配そうな顔で溜息を吐いて家に上げ、熱くて甘いロイヤルミルクティーを渡してくれた。その温かさと甘さに少しだけホッとした私。


 リビングにいるのは姉と巧さん。

 すみれは友人と出かけてまだ帰ってきていないらしい。




「それでどんな人?」

「お姉ちゃん…?」

「手伝ってって、お父さん説得したいんでしょう?お見合いしたくないって、好きな人がいるってこの間言ってたじゃない?…その事で困ったからここに来たんじゃないの?」


 私は頷いた。

 せっかく止まった涙がまた溢れてしまった。


「で、どんな人なの?」

「高校の、3年生の時のクラスメイト。今までずっと会ってなかったんだけど、お正月に再会した。」

「じゃあ彼の事も知ってるわけね?」


 再び頷く。


「2人で会うようになったきっかけがね…博之の話だったんだ…。」


 私はクラスの集まりで春ちゃんと再会したこと、2人で会うきっかけとなった春ちゃんが話してくれた博之のこと、その翌日、博之と奥さんに偶然会ったこと、春ちゃんから話を聞いていたから博之と出くわしても冷静でいられたことを話した。


「お姉ちゃんにも貴子達にも言えなくて…辛くて1人で抱えてたようなことも、なぜか春ちゃんには話せたの。みんなが気を使って遠回しに様子を伺ってくるような事も、春ちゃんはストレートに言ってくれるから、逆に言いやすかったんだと思う。『吐き出して楽になれ』って言ってくれて、それを聞いた上でちゃんと私を受け止めてくれる…。明るくて、優しくて、暖かく包み込んでくれるひだまりみたいな人。彼に癒されてる。一緒にいたら元気になれる。…色んな意味で博之とは真逆かも…性格とか、よく喋るとことか、リアクション大きいとことか…。」


 姉も巧さんも、私の話を真剣に聞いてくれている。


「それで、麗ちゃんはどうしたいの?彼とは今、どういう関係?」


 巧さんは、私の目をまっすぐ見据えて質問してくる。


「再会してから、毎週休みには会って食事してる。それで…今日ね…告白されたの。結婚を前提に付き合いたいって。私もそうしたいんだけど…。今日は素直に頷けなかった。…返事は待って欲しいと伝えて、来週会う時に返事する約束をしてる。…お見合いの事、ちゃんと断ってからじゃないと…って思って…。お父さんが結婚相手を決めて、その中から選べって言ってたでしょ?…そんなの…嫌…私は…春ちゃんが好き。春ちゃんと…お付き合いして…結婚したい。春ちゃんじゃなかったら…結婚なんてしたくない。」


 感情が高ぶってうまく話せない。


「念の為聞くけど、あんな事があったから結婚を焦ってる訳じゃ無いよね?付き合う前から結婚を意識するって悪いことでは無いと思うけど…再会してから2カ月経ってないのに早くないか?勢いじゃないだろうね?」


 巧さんは厳しい顔で私に尋ねた。


「変な話だけど…博之の時よりも、結婚後の生活がリアルに想像できるの。それに、一緒にいると楽しいし、すごくリラックス出来る。食べ物の好みもすごく合うし…。結婚を焦ってもいないし、勢いでもないよ。自分の気持ちに気付いたばかりの頃は好きになっちゃいけないんだって自分に言い聞かせてた。その頃は、父の決めた人とお見合いして良い人なら結婚するつもりだったし…。でも、今はそんなの考えられない。会えば会う程好きになってしまって…」

「じゃあ今から行こうか、お義父さんの所。麗ちゃんの気持ちは固まってるんだから、それをちゃんと伝えなくちゃ。」

「巧!?」

「善は急げ、思い立ったが吉日、いつも小春がそう言ってるだろう?」

「そうだけど……………そうね、早い方が良いわ。麗、すぐ支度して。3人で行くわよ。」


 巧さんの提案に、初めは驚いていた姉だったが、すぐに賛成し、十数分後には3人ですみれを迎えに行き、父の元へ向かっていた。


「いいかい、もともと俺と小春は麗ちゃんがお見合いをする事に関して反対だったし、麗ちゃんに好きな人がいて、その人と結婚したいならそうするべきだとは思ってた。だけど、麗ちゃんと彼の結婚についてはまだ賛成は出来ないよ?近いうちにその彼をうちに連れておいで。彼と会って、賛成か反対か決めさせて欲しいな。麗ちゃんの選んだ人だから応援したい気持ちはあるよ。でも、やっぱりどんな人か確かめたい。わかってくれるよね?」

「私も麗の事応援するし、彼が麗の言うような良い人なら結婚だって喜んで賛成するよ。でも、その前に会ってみたい。1度会っただけじゃ本質まで見抜けないのはわかってる。けれど、会わないよりは…ね?」


 行きの車の中で、私は春ちゃんの人柄についてなるべく詳しく話した。巧さんも、姉も、春ちゃんとの結婚についてはまだ全面的に賛成は出来ないけれど、私がそれを見据えた付き合いをする事自体には賛成で、応援してくれるそうだ。


 すみれだけが突然の事に驚いているのか、興味が無いのか、遊んでいる途中で強制的に帰らされた事に不貞腐れているのかはわからないけれど、彼女が珍しく一言も喋らないまま、両親の住む家へ到着した。






「揃いも揃って急にどうした?来るなら前以て連絡しろ。」


 私達を見るなり、不機嫌そうな顔で父がそう言った。

 姉の家を出るとき、母には念の為連絡していたのだが、母は父に知らせていなかった様だ。


「前以て言ったらあなたは出かけてしまいますからね。」


 母がそう冷たく言い放つと、父の表情は更に険しくなった。どうやら、母は故意に知らせなかったらしい。


「お父さん、話があるの…。」

「私達からも…ね、巧?」

「お義父さん、お願いします。」

「ほら、あなた、聞いてあげて下さいな。どうせ明日でも良いような用事なんでしょう?」


「用事が…」そう言いかけた父に対して、姉夫婦、母が説得してくれたため、私は父と向かい合って座ることが出来た。


「お父さん…博之と別れて1年経ったらお見合いさせるってお父さん言っていたけれど…私はお見合いなんてしたくありません。」

「!?…麗…急にどうしたんだ…。」

「お願いです…お見合いの話は、お断りさせて下さい…。お相手がどんなに良い人でも、私はお見合いなどする気はありません。ワガママかもしれないけれど…お願いします。」

「…………。」

「それなら心配ないわよ…。お父さん、麗にお見合いさせる気はまだないもの…。千代子さんが勝手に張り切っているだけ。それを断るのに、見合いの予定があるって出まかせ言っただけだったのよ。安心しなさい。」


 母の思いがけぬ発言に、私と姉は手を取り合って喜んだ。父は、バツの悪そうな顔で「そういう事だ…」と、ぽつりと呟いた。


「話はそれだけじゃないんでしょう?」


 母に促され、私は覚悟を決めて口を開く。


「好きな人が出来ました。結婚を前提に付き合いたいと思っています。…だから、お父さんにも認めて欲しい。その人に、会ってもらえませんか?」

「…結婚…だと?」


 父は明らかに怒っていた。不機嫌さを少しも隠そうとせず、厳しい顔で私を睨みつけている。


「浅井 春太郎さん。私と同い年。もともとは…高校の同級生…。」

「同級生だと?あの男とも知り合いなのか?」

「高校の時は博之とも割に仲が良かったけど…卒業してからは1度も会ってないって言ってた…。」

「そんなの許せるか。付き合う以前の問題だ…会うのはやめろ。」


 春ちゃんが博之と知り合いだとわかった途端、父は怒りを更に露わにした。


「でも…彼のお陰で、私は立ち直れたの…彼がいるから…支えてくれるから…」

「つまり、あの男に麗がされた事を知っていて口説いてきたということだろう?弱っている時にそんなことする奴など信じられるか!さっさと別れろ!結婚相手は俺が決める。わかったら今すぐに帰れ!」


 こんなに怒った父の姿を私が実際に見るのは初めてだった。

 でも、私は引き下がる訳にはいかない。


「嫌です。帰りません。結婚を今すぐに認めて欲しいなんて言いません。でも、彼に会って欲しい。お付き合いを認めて欲しい。お父さん、お願いだから…会って話だけでもしてみて…そしたら、春ちゃんがすごく良い人だって分かるから…。」

「俺は会う気も話すことも無い。付き合いなど認められるか。さっきから言っているが、会うのもやめろ。」

「お義父さん!それはさすがに麗ちゃんが可哀想ですよ…。」

「あなた、それは幾らなんでも言い過ぎです。」


 私はもうどうしたら良いか分からず、泣き出してしまった。泣きながら、何度も父に春ちゃんに会って欲しい、付き合う事を認めて欲しい、そう頼む事しか出来なかった。

 それに対して、巧さんと母も父を説得しようと口添えしてくれるも、父は頑なに「会いたくない、話などない、認められるか」という事をひたすら繰り返し、しばらく膠着状態が続いた。




「お父さん…彼の事があって麗が心配なのはわかるけど…麗の人生なんだよ?好きな人と付き合うくらい良いじゃない?結婚だって…結婚するのはお父さんじゃなくて麗なんだよ?お父さんが選んだ結婚相手が浮気しない保証だってあるわけじゃないじゃない?今すぐ結婚したい、許してくれって言ってるわけじゃないんだよ?ただ、それを前提に付き合いたいって言ってるだけ。麗と遊びじゃなくて真面目に付き合いたいっていうことでしょう?なのに頭ごなしに反対するのはおかしいよ。彼と会って、彼に問題があったなら反対するのもわかるよ?反対するなら今じゃなくてもう少し彼の事知ってからでもいいんじゃないの?」


 姉の冷静な口調に、その場が静まり返った。

 そして、父が口を開いた。


「麗の好きにしろ。付き合いたいならそいつと勝手に付き合えば良い…。でも、俺は認めたわけじゃないからな…。」

「お父さん…」

「勝手にすればいいだろう。俺は知らん。俺は結婚も交際も認めない。だが俺の人生じゃなくて麗の人生だからな。好きにしたらいい。」


 そう何度も繰り返し、父は自室に引きこもってしまった。

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