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104. 春のうらら③

「本当に見事な打掛ですね」


 春ちゃんのお母さんが結婚式で着たという打掛を私がちゃんと着るのは、これが初めてだ。


 羽織るだけとはやはり違う、着付けられたからこその着物の美しさがあると思うし、何よりこれを引き継げたと言ったら大袈裟かもしれないけれど、着てほしいと言ってもらえて、実際にこうして着ることが出来たことが感慨深い。

 着物自体の重量、だけではない重みも不思議と心地いい。守られているような気さえしてくる。


「よくお似合いですよ」

「着物が似合う花嫁さんだと、よりやり甲斐がありますよね! ヘアメイクするこちらも気分が上がります!」


 着付け師さんとヘアメイクさんに褒められて、嬉しくも恥ずかしい。

 先程は後ろ姿に重点を置いて髪に挿していた胡蝶蘭が、お色直しでは前方に大振りなカメリア咲の赤いラナンキュラスを挿してもらった。

 メイクも、色味が変わってより華やかだ。


「さぁ、新郎さんがお待ちかねですよ」




 中座する際、退場の演出は特にせず会場内を周りながらわたしだけこっそり抜け出し、特に衣装チェンジのない春ちゃんはしばらくゲストの席を周っていたはずだ。私の支度が整う頃、こちらへ来てもらう事になっていたのだけれど……。

 控室から出ると、春ちゃんだけでなく建野さんもカメラを構えて待機していた。


「麗ちゃん、めっちゃ綺麗じゃん! すげぇなぁ、これが春太郎母の着てたやつかぁ。おばさん、昔は綺麗だったっぽいから昔は似合ってたんだろうな」

「俺より先に麗を褒めるなよ! ついでに人の母ちゃんをディスるな」

「おばさんがさ、うちの母ちゃんに自慢してたらしいぜ? お蔭でこっちはとばっちり食らってんだよ。早く結婚しろ―、ってさ。まぁ、春太郎は隣に並べって」


 そんな会話の途中にもシャッター音とフラッシュは止まらない。建野さんの凄いところは、あくまで本業のカメラマンさんの邪魔になりそうでならないところだ。

 今だってサクッと撮ってあっという間に会場へ戻ったし、披露宴の進行中、ベストポジションは本業のカメラマンさんに譲り、違う角度から少し離れて撮影してくれる。

 記念撮影なんかだと、カメラマンさんの斜め後ろで待機して、撮り終えたところですかさず声をかけてくるのだけれど、それがとても自然だ。きっと建野さんだけじゃなくて、カメラマンさんの気遣いもあってのことなのだけど、それが妙に息ぴったりというか、まるで普段から一緒にカメラマンとして仕事をしているようにすら思える程だった。


「やっぱちゃんと着ると違うな。麗に物凄く似合ってる」


 花嫁は沢山の人に褒めてもらえるけれど、やっぱり花婿に褒めてもらうのが一番嬉しい。



 各テーブルを回り、フォトサービスをしながらの再入場。

 まずは入り口付近で待機していた春ちゃんの大学時代の友人との写真撮影。大学は違ったけれど共通の友人がいるとの事でその中には竹内くんもいた。


「桜子が麗ちゃんに早く会いたいってさっきからしつこいくらいメール着てて。さっき新幹線乗ったらしい」

「私も早く会いたいって桜子ちゃんに伝えて! 忙しいのにありがとう、っていうのも一緒に」


 竹内くんの彼女の桜子ちゃんに会うのは何年振りだろう。遠距離恋愛中の桜子ちゃんは夜勤明けなのに新幹線にのって駆けつけてくれるのだという。

 元は博之の友人として知り合った竹内くん、そしてその彼女の桜子ちゃん。今日は、春ちゃんの友人の彼女として再会するのがちょっと不思議な感じ。


 司会者さんが、私の着ている打掛について紹介するとあちこちから「わぁー」とか「おぉー」なんて歓声が上がった。


「麗ちゃんにこうして着てもらえて本当に嬉しいわ」

「昔のものはやっぱり良いわねぇ。こんなに立派な打掛はなかなか見かけ無いもの」


 打掛はとても好評で、春ちゃんのお母さんもとても喜んで下さった。実物を見ているはずの母や弥生さん、涼子さんにもたくさん褒めてもらった。


「私たちの式の時、この打掛がみつからなくって本当に良かったわ……私じゃ絶対着こなせないもの」

「確かに涼子には似合わなそうだよなぁ……」

「秀治、そこは嘘でも褒めるところ!」

「いやいや、弥生ちゃん。それめっちゃ私に対して失礼だから!」

「涼子ちゃん。弥生が失礼なのは今に始まったことじゃないよ」

「宗一、酷い」

「そんなことより浅井家の兄弟姉妹で集合写真撮ろうぜ?」

「うちは河瀬家だけどね?」

「まぁ宗一さん、固いこと言うなって」


 春ちゃんの兄弟もご夫婦も本当に仲良し。6人で写真を撮ってもらっていたはずなのに、いつの間にかそこへ姉夫婦とすみれも加わり、9人でも写真を撮ってもらった。


「麗ちゃんってホント幸せ者だよね!」

「うん、めっちゃ幸せだよ。すみれ、羨ましいでしょ?」


 ニヤニヤ笑いながらすみれに言われたので、言い返したらすみれのニヤニヤが増した。その意味ありげな笑顔がちょっと怖かったけれど、一か所に留まったままでいるわけにもいかず、各テーブルを周る。


「本当にいい式だね」

「二次会はこれ以上に盛り上げたいから気合入れないと!」

「披露宴がこれだけ立派だとハードル上がるよなぁ。料理が美味いだけに飲めないのが残念すぎる……」


 長尾さん、瀬田さん、支配人はこの後の二次会をお願いしているのでノンアルコールのビールやノンアルコールのスパークリングやカクテル、ソフトドリンクしか飲めないのが残念だと言っていたけれど、お料理は楽しんでもらえているらしい。


「八重山ちゃん、みんなに愛されてるね!」

「こら瀬田、(ひが)むな」

「僻んでないですよ? ちょっと羨ましいだけです。結婚式って良いもんだなぁって」


 結婚願望が無かった瀬田さんにそう思ってもらえたことが嬉しい。





 春ちゃんの大学時代の友人の余興は、私達が高校時代に既に定番のウェディングソングとなっていた曲を歌って踊るというものだった。ダンスも完コピなのではないかと思われるほど完成度が高い。彼らが歌うのは女性アイドルグループの曲。衣裳はCDのジャケットを忠実に再現した、ラベンダー色のキャミソールとチュールレースのミニスカート。気合の入った女装はゲストに好評であちこちで爆笑が起こっていた。

 彩ちゃんとみどりちゃんもおなかを抱えてゲラゲラ笑っていたし、父も苦笑いであるけれど確かに笑っていたし、母達は笑いを堪えるのに必死そうだった。

 色々な意味で目のやり場に困ってしまうメンバーもいる中、小柄な竹内くんは腕も足も脇もつるっつるで、メイクもすごく上手くて、びっくりするくらい可愛いかった。

 一瞬、女装した男の人たちの中に女の子が1人紛れ込んでるのかと思ってしまうほどのクオリティ。


 その後は岡崎くん達にお願いしていたプロフィールムービーの上映、のはずだったんだけど……


 なぜか、すみれが手紙を読んでいる。


「……私にとって、麗ちゃんはずっと憧れで、大好きな人です。麗ちゃんがいたから、世の中にウェディングプランナーという仕事があることを知りました。麗ちゃんの誕生日の今日、私も何か麗ちゃんを喜ばせたいとずっと思っていて、それを春ちゃんに相談して、担当プランナーの佐伯さんと三人でたくさん相談しました。佐伯さんにプランナーとしての麗ちゃんの事を聞いて、私はますます麗ちゃんみたいなプランナーさんになりたいと思いました。これは将来の夢へと導いてくれた麗ちゃんへのプレゼントです」


 いつの間にか隣に座っていたはずの春ちゃんが、彩ちゃん、みどりちゃんと一緒にシルバーのワゴンを押して来た。


「麗ちゃんがお色直しをしている間、ここにいる全員で飾り付けをしました。みんなのありがとうと、大好きと、おめでとうが詰まったバースデーケーキです。麗ちゃん、お誕生日おめでとう」


 びっくりしすぎて固まってしまった私を、春ちゃんが迎えに来てくれて。手を引かれてケーキの前へと移動した。

 大きなハート形のクッキーにチョコレートで書かれた「うららちゃんおめでとう」の文字。癖のあるこの文字は間違いなくすみれの字だ。

 苺、ブルーベリー、ラズベリー、オレンジ、リンゴ、サクランボ、キウイ等たくさんのフルーツ。ミント、セルフィーユといったハーブ類、それからミニバラやパンジーなど小ぶりのエディブルフラワーと、3と1のロウソク。プロが飾り付けたものではない、いびつなバランスだけれど心のこもった飾り付け。


「麗、誕生日おめでとう。来年も、再来年も、5年後も10年後も、じいちゃんばあちゃんになっても毎年誕生日は一緒にお祝いしよう」


 私は目頭と口元を両手で押さえて、頷くので精一杯だった。今にも涙腺が崩壊しそう。いや、間違いなくする。

 すみれも春ちゃんも私を本気で泣かせに来てるんだって、フォトサービスの時のすみれのニヤニヤの意味をここに来てやっと理解した。


「うららちゃん、おたんじょうびおめでとう!」

「わたしたちもいっぱいかざりつけしたよ!」


 彩ちゃんとみどりちゃんがハッピーバースデーを歌い始めると、ゲストもそれにつられて……

『ハッピーバースデー ディア うららちゃん』のところでは零れ落ちる嬉し涙を止める事も出来ずただ俯いていたのだった。


 春ちゃん、すみれ、あやちゃんみどりちゃんに促されてロウソクを吹き消し、マイクを向けられてもまともなコメントなんてとても喋れるわけもなく、『皆さん、本当にありがとうございます』というので精一杯で。

 すみれとはハグして、『すみれ、ありがとうね』ということしか出来ず。逆にそんな私にもらい泣きしたのか、すみれと二人しばらく号泣して。

 そんな私たちは彩ちゃんとみどりちゃんにめちゃめちゃ心配された。それこそ泣きそうな顔をされて。

 春ちゃんが、「嬉しすぎて泣いちゃってるだけだから大丈夫だよ」って二人に言ってくれたから、彩ちゃんとみどりちゃんに笑顔が戻ったけれど、危うく二人まで泣かせてしまうところだった。


 思ってもいなかったサプライズで、これ以上涙なんて出ないってくらい泣かされて。


 直後に上映された岡崎くん制作のプロフィールムービーは笑いを盛り込んだ内容だったから、涙もすっかり引っ込んだ。

 そのおかげで、絶対泣きたくないけれど泣いてしまったらどうしようと心配していた両親への手紙は落ち着いて淡々と読むことが出来た。私が泣かなかったせいか、両親も涙を流す事もなかったけれど、実はサプライズの時、私と同じタイミングで両親も姉も泣いていたのだと匠さんから後から教えてもらったのは両親には内緒だ。






 ***


 幸せな時間だった。

 今まで、そしてこれから自分が携わってゆく仕事がどんなものなのか本当の意味を知ることが出来たような気がした。


「麗。麗ってすごい仕事をしていたんだな。いや、これからもしていくんだなって思った」


 柔らかな光が降り注ぐ春の午後。

 あたたかな、ひだまりのような笑顔を浮かべる春ちゃん。


 ゲストのお見送りをした私たちは、ゆっくりと玉砂利の上を手を繋いで歩いている。


「これからの人生、こうして二人で手を取り合って歩いて行こう」


 彼の言葉に、私は笑顔で頷いた。

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