6 庭師の帰還
レヴィ家が管理する侯爵領には“グルジス”と呼ばれる広大で鬱蒼とした森が存在する。通称『魔の森』。迷ったら最後、脱出するのはほぼ不可能とされている。方向を狂わせ、足場が悪く、薄暗く密集した木々に囲まれれば精神も乱される。その上、猛獣が住み着いているとくれば入りたがる者など確実に存在しない。入れと命令されれば泣いて許しを請う者が大多数だろう。それほどに厄介なものとして存在している。
しかし、レヴィ家が繁栄することができたのは“グルジス”によるものだと、以前父が話していた。魔の森として恐れられているが、実際には貴重な天然資源や薬草の宝庫であった。一般では入手困難な資源が大量に手に入るという事実を最初に発見し、これを契機に膨大な財産を獲得したのはノエルの曽祖父だった。
曽祖父は魔の森でも精神を保ったまま迷うことがない大変珍しい人で、猛獣と渡り合えるほど腕もたった。だからこそ資源の宝庫である“グルジス”に目をつけ、価値高い天然資源や薬草を国内に広く販売した。発見された貴重な薬草により不治とされていた病気も治癒することができ、その功績が高く評価されて国王の覚えめでたく今の地位の礎を築いたらしい。
曽祖父亡き後も戦場で騎士として成果をあげたり高級公務員として国に尽力したりと、努力を重ね続けた結果が侯爵という地位だ。しかし、どれだけ力を尽くしても曽祖父の時代の繁栄には及ばなかった。彼がいなければ魔の森で貴重な資源を手に入れることができないのだ。ノエルの祖父や父であるヒューイを含め、レヴィ家の親族には魔の森を攻略できる強者がいなかった。曽祖父以上の巨利を得る見込みはなかったのである。
さらに、ヒューイの時代になると資源のストックも尽きかけており、とても危険な状態だった。
だが、庭師の存在でレヴィ家は救われることになる。
「今回の戦利品です。いやあ、この薬草なかなか見つからなくて苦労しました。断崖絶壁に生えていたんですよ。しかもいつにも増して熊や狼に遭遇して散々でした。あと、見たことのない資源も結構発見したので分析に回してみてください」
レヴィ家専属庭師であるハルは背負っていた大きな袋から薬草や木の実などを選別し、ヒューイに次々と報告をしていく。手際良く進める作業を前にヒューイは満足そうに頷いた。
「わかった。直ちに手配しよう。……しかし今回もまあ、ぼろぼろだな」
そうですか?と、なぜか晴れやかな表情で頭をかいているが、実際にハルの姿はぼろぼろという言葉がしっくりくる。黙ってヒューイの横で報告を観察していたノエルは頷いて肯定した。
歴戦をくぐり抜けたようなたくさんの傷や破れた服。命に関わる大きな傷がないのは一重にハルの力量によるものが大きい。それでも得物は腰に刺さる短剣だけだというのに、どうすれば生き残れるのだろう。朗らかで純朴な見た目からは想像できなかった。体格も無駄な肉がなく、スリムだというのに。
ふとロバートに抱き寄せられたときの屈強な腕や体躯を思い出して比較しそうになり、思わず渋面になってしまう。苦虫を噛み潰したようなノエルの表情に、ハルは心配気に黒曜石のような漆黒の瞳を揺らした。
「どうしました?俺が不在の間に何かありましたか?」
おろおろと焦った様子にノエルは堪らず苦笑した。自分に対して心配性のところは森から帰った直後でも変わらない。今回は長期の捜索だったから疲れも溜まっているだろうに。
「疲れているのにごめんなさい。相談したいことがあるの。聞いてくれる?」
そう尋ねれば、もちろんです!と爽やかな笑顔を返された。少年のような純粋な雰囲気に、本当に自分より九つも年上なのかと不思議に思った。
ちなみに作中でも出ますが、ノエル(Noelle)は16歳、ソフィア(Sophia)とアーネスト(Ernest)は18歳、ロバート(Robert)は21歳、アラン(Allan)は22歳、ハル(Hal)は25歳、という設定です。