5 にっちもさっちも
「というわけなのよ、お姉様。なかなか良い物件がなくて。」
「物件だなんて……」
あらあら、とソフィアに苦笑されても適う相手がいないのだから仕様がない。ノエルはなかなか解決の糸口が見つからないことに参ってしまっていた。
ロバート殴打事件以来あの三人に会うのは気まずいし、かと言ってこのままずるずるとしていては諦めた父が適当に見繕った相手とソフィアを結婚させてしまいそうだし。
「お父様がレヴィ家に相応しい家柄を選出したのでしょう?」
「そうだけど性格に難がありすぎ。しかも、お父様の選出理由なんだと思う?面白そうだからよ!?」
もっと良い相手がいなかったのかと抗議しに父であるヒューイのもとに行ったのだが、さらりと言われた選考基準に呆然としてしまった。
上流階級は第一条件。あとはなんとなく面白そうだと思った男を適当に。
ほっほっとご満悦に笑いながら茶色の口髭を撫でる父を殴らずにすんだ自分の我慢強さを褒めて欲しいものだ。
それでも力のある侯爵が選抜したのだ。逆らえない上にあの中から選出することはもう決定事項になっている。
王子であるアーネストが命令を出せば彼と結婚せざるを得ないが、そこは国王が押さえ込んでいるらしいと母から聞いた。ノエルが選出するからという旨を国王は納得しているのだそうだ。そういえば国王と大臣であるヒューイは親友同士だったのだと噛みしめたのは記憶に新しい。
それはそれでありがたいが、もう少し婿選びの力になってほしい。しかし、多忙な身である父に無理を言うことができずにいた。あれでも国に重宝される人なのだし。
一番信用を寄せる使用人に相談しようと思っても仕事のため屋敷を長期間離れているものだからひとりでなんとかするしかない。
あの五人の中から必ず一人。しかし、どれを選んでも間違いのような気がしてならない。それぞれ一度しか会っていないけれど、姉の幸せを考えてしまうとどうも袋小路から抜け出せない。
ドロシーが言うように理想が高すぎるのだろうか。
「ううっお姉様ぁっ」
げっそりとした表情で力のない呻き声を上げながら、ノエルはソファに座っていたソフィアに抱きついた。そうすれば宥めるように姉の手が頭を撫でてくれる。お決まりのパターンと化した一連の動作でもソフィアは無碍にしない。だから姉が大好きで大好きで手放したくない。
「私にふさわしいかはともかく、ノエルから見て良い男性はいなかったの?」
「……私?どうして?」
「前にも言ったでしょう。もしかしたら旦那様選びで出会う男性と関わる内に、恋に落ちるかもしれないって」
ふんわりとした笑顔だが、その若草色の瞳には少し好奇心が混じっている気がする。
ノエルは仕方なく婿候補たちを頭に浮かべてみたが、すぐさま首を横に振った。
「ないない。絶対ない」
「強いて言えばで良いのよ?例えばで構わないわ」
「……お姉様、おもしろがってる?」
「だって可愛い妹の恋愛模様を知りたいんですもの。あなたその方面にはとんと疎いのだから」
そんなきらきらした眼で見ないでください。合わせづらいです。
姉は男性というより恋愛そのものに対して憧れを抱く傾向にあると最近になって知った。まあ、よく恋愛小説を読んでいるのだからそれに感化されるものもあるのだろう。ソフィアの婿選びを開始してからノエルの恋愛事情の話題を振ってくることが多くなったと感じる。
「強いて言えば……?」
「ええ。強いて言えば?」
「……うーん。アラン様かなあ?」
まだあの中で一番妥当な気がする。自分より身分の高い方に対してそのような考えで見るのは無礼極まりないのだが、そこは本人に言わなければ良しとしよう。
「アラン様ね。あの方は優しくて穏やかだと聞いたことがあるわ。実際にお話したことはないのだけど」
「……でしょうね」
あの臆病で小心者具合を思い出し、ノエルは乾いた笑みを浮かべた。ソフィアのまんざらではない様子にもやもやしながらも、勿体無いことをしているとアランを同情する気持ちもあった。
「はあ……。もうどうしたら良いんだろう」
深い溜息を吐き出しながら抱きついていた腕を外し、のっそりと起き上がる。気分転換のために新鮮な空気を吸おうとバルコニーに続く窓ガラスを開けた。ふわりと風が流れ込みノエルの髪を揺らす。
屋敷の二階にあるバルコニーは庭園を含めた緑豊かな敷地が一望できる。いつもであれば眺めるだけでも癒されるのだが、今回はなかなか心は晴れてくれない。
ひとりで考えるのにも限界がある。本当に早く帰ってきてくれないかな。
「……早く相談したいのに」
「ん?」
ノエルの後を追うようにバルコニーに出たソフィアが微笑みながら首を傾げる。その動作でさらさらと緩い曲線の髪が流れた。今日のソフィアは髪を片サイドでまとめてハーフアップにしており、まとめる緑のコサージュが金髪に映えてとても似合う。
可憐さに惹きつけられていると、ソフィアを超えた向こう側、レヴィ家の敷地を歩く見覚えのある黒いものが目に入り、ノエルははっとしてバルコニーの手すりから慌てて身を乗り出した。
「どうしたのノエル?」
「……あれっ!」
興奮気味に指をさした先にはゆっくりとこちらに向かって歩いてくる黒髪男性の姿。それを見てソフィアも息を呑んだ。
旅に合った身軽な服装に、背中には大きな袋を背負っている。黒曜石を連想させる深い黒の瞳がこちらに気づいて向けられ、ノエルだとわかった途端にその瞳が嬉しそうに細められた。
首を長くして待っていた相手だけに喜びもひとしおで、ノエルは無邪気に手を大きく振って叫んだ。
「おかえりなさい!ハル!」
「ただいま帰りました、ノエル様」
それに応えるように青年も手を上げた。
レヴィ家お抱え庭師、ハル=ガードナーの帰還に、ノエルは安堵した笑顔を見せた。