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4 夕暮れの閑話

 一介の仕立て屋の娘と貴族のご令嬢が親友同士なんてなかなか信じてもらえないが、実際にレヴィ公爵家次女であるノエルとは気が置けない仲にある。

 そもそもノエルは貴族令嬢としてどこかずれているのだ。普通に考えて令嬢が頻繁に城下町に出向くことはない。平民であるドロシーとリサにそれぞれ裁縫と料理を教わろうとすることも不思議な行動だ。


 貴族といえば身の回りのことをすべて使用人にやらせて悠々自適な生活を送っているのだと思っていた。毎日サロンを開き、噂話に花を咲かせ、夜会では着飾って踊ったり食べたり。毎日せわしなく働いてやっと今日の食事にありつけるような平民や貧困層とは住む世界が違う。きっと上流階級者たちも自分たちのことを汚らわしいと蔑視しているに違いない、と考えていたし、今でも大して変わらない。

 居丈高な貴族を相手に仕立て屋をしているのだから固定観念を持ってしまうのも仕方がない。だからこそ、ノエルに出会ったときは衝撃的だった。嬉々として噂話を好む貴婦人からの話を聞き続けていたからそっちの世界には熟知していると自負していたのに、ノエルのような令嬢もいるなんて予想していなかった。

 

 そしてまた、平民である自分たちに相談や愚痴を零しに来ることも不思議な行為なのだろう。先程助言を求めに来た同僚がすごくもの言いたげな目をしていた。

 自分もリサもとっくに慣れてしまったが、一般人から見れば風変わりな光景に違いない。慣れって恐ろしい。



「ただいまー、ってあれ?ノエルは?」

「……そろそろ門限がやばいからって帰ったよ。ごめん、て言ってた」

「そっか。もう日も暮れそうだしね」


 縫い方について指示を出し終え、親友とのお茶会に戻ってみればリサしかいない。また長い愚痴を聞くのかなと考えていたのだが、彼女の言葉で合点がいった。窓の外を覗けば、夕陽に染められた茜色の街中を、疲れきった顔をした労働者が家路につく姿が多く見られた。


 本来は令嬢がひとりで平民が暮らしている城下町を出歩くなど許されない。そこをなんとか父親であるレヴィ侯爵を説き伏せて門限付きで許しをもらったのだと、ノエルが疲れきった表情で話していたっけ。

 たまに護衛のために使用人をひとり連れているが、大抵はひとりで城下町に繰り出している。いつも勝手に行ってしまわないようにとノエルを心から案じている使用人が口を酸っぱくしても、本人は心配しすぎだとけろりとしていて反省しようとしない。

 彼女は変わり種だ。貴族という枠に捕らわれることなく自由に動き回っている。宗教並みの姉の崇拝ぶりも含めると、本当に変わっている。


だからこそ、自分たちと親友でいられるのかもしれない。



 ドロシーは自分の飲みかけの紅茶を口にするが、もうすっかり冷えてしまっていた。それを見かね、リサが無言でおかわりを注ぐ。感謝を述べても静かに頷くだけだが、慣れてしまった身としてはいちいち気にすることはない。


 リサも相当変わっていると思う。口数が少なくて表情筋も固く、アメジストの瞳はいつも凪いでいる。多少のことに動じることがない。類まれな料理の腕を持ち店主の代わりに厨房に立ってはいるが、接客業に向いていないということも理由のひとつになっているのだ。彼女がにこやかに給仕している姿など想像できない。

 それでも彼女の不言実行には好感が持てる。気配りもきちんとできる娘で、例え愛想がなくても慣れてしまえば彼女の気持ちがだんだんと理解できるのだから、友人関係でいられる。


 自分のまわりは変わった人種が多いな、とひとり笑っているとリサに首を傾げられた。


「ああ、ごめん。私のまわりには変わった人が多いなって考えたらおかしくて」

「……ドロシーも変わってるよ」

「ええー!?どこが!?」

「ミーハーなとことか、いろいろなことに首を突っ込むこととか」

「好奇心旺盛と言って頂戴」


 ふふん、と得意げに胸を張ればリサからため息が返された。なによ、失礼ね。


「さてと、一番の変わり種のノエルはこの後どうするのかしらねえ。リサはどう思う?」

「……さあ?」


 とりあえずまた愚痴を言いに来るでしょう、というリサの予想に一票を投じておいた。






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