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2 三人の求婚者

「おまえがあのソフィア=レヴィの妹?」

「――はい、ノエルと申します」


 声をかけられるまでずっと下げていた頭をゆっくりとあげた。目の前にはこの国の第四王子であらせられるアーネスト=ローウェル殿下。何もかも見下すような高圧的な視線がノエルを貫き、経験したことのない痛烈さに背筋が凍りつくが、同時に、眩いばかりの端麗な容貌にも圧倒された。

 緩くひとつに結んだ黄金の髪も性別問わず羨むであろう美貌も眩しいことこの上なく、目に入れるだけでも恐縮してしまう。これで二つしか歳が違わないだなんて神様はなんて不平等なのだろう。姉は別格だけど。

 ノエルが直視できず俯いていると、アーネストは深い海のような青い瞳を細め鼻を鳴らした。


「妹のほうは冴えないな。というかその器量でよくこの僕の前に立てるね」


 不躾な投げかけに、はあっ!?と思わず返しそうになり慌てて口を押さえた。令嬢なのに口が悪いと母を嘆かせているけれど、今なら母の気持ちが痛いほどわかった。

 確かにどこにでもある茶色の髪と目だし、父譲りの平凡な顔かたち。あの美しい姉と本当に血が繋がっているのかと疑われることも何度もある。体型もお子様だけど、これは成長発展途中だと信じたい。


「ほんと、つまらない」


 輝かしい王子の前では冴えない自分など霞んでしまうでしょうよ。悔しいが反論の余地はない。


「そんな失礼なことを言うものではないよ、アーネスト」


 いきなり間に入ってきた、諌めるようなテノールの声が応接間に響く。驚いて振り向くとノエルが入ってきた扉からひとりの青年がいつの間にか立っていた。

 ぽかんと固まっているノエルに気づくと青年は穏やかに笑いかけた。


「はじめまして、アラン=カーティスです。お会いできて光栄ですノエル嬢」


 アラン=カーティス。その名前を聞いた途端、飛び上がりそうになった。この国の有能と名高い宰相であるカーティス公爵の長男で、しかも、ソフィアの婿候補のひとり。不意打ちの登場は心臓に悪く、慌ててスカートの裾をつまみ、腰を曲げ頭を下げた。

 確かアランに会うのはアーネストの次で、こちらからカーティス邸まで出向く予定だったはず。王子にお目見えするだけでも緊張ものなのに、その上、公爵の息子とも同時なんて心臓が暴れすぎて持ちそうにない。


「は、はじめまして!ノエルと申します!こちらこそお会いできて光栄です!」

「いきなりですみません。仕事で宮殿に来ていたのですが、アーネストに会いに来ているなら僕も会っておこうと思いまして。この後、僕の邸宅に来る手間が省けるでしょう?」

「心づかいありがとうございます!」


 恐縮すぎて頭を深々と下げていると小さく笑みを返された。柔和な顔立ちはアーネストと違って安心する。あの王子はいちいち眩しすぎるから、アランのような人のいい穏やかさに心を和ませた。蜂蜜色の髪と瞳も目に優しい。


「僕が終わるのを待てなかったのか」

「その予定だったけどひどい扱いをしていないか心配だったからさ。案の上、そうだったみたいだね」

「ふんっ」


 ますます不機嫌な顔でソファにふんぞり返る王子を見て、子どもか、と突っ込みたくなった。


「ついでにロバートも呼んでおいた。今日は宮殿警護だったみたいだから」

「はあ?あいつも候補なの?」

「そうみたいだよ。ロバートのお父上のほうがえらく乗り気だって結構な噂になってる」


 ロバート=フランクリン。フランクリン伯爵の三男で王国軍隊近衛騎士。ローウェル国内屈指の騎士らしい……という婿候補リスト情報を必死になって引っ張り出した。そして、結構な遊び人という問題点も同時に思い出し、不用意にも苦い顔になってしまった。


「だろうね。あいつ、ソフィア=レヴィみたいな深窓のお嬢様って好みじゃないでしょ」

「でもあそこの家はお父上の命令は絶対だからね……。ほら、来たみたいだ」


 アランの声に呼応するように荒々しい足音がどんどん近付き、留め金が外れんばかりに勢いよく応接間の扉が開かれた。

 凄まじい音とともに目に飛び込むのは乱雑に切られて短い、鮮やかな赤い髪。そして獲物を狩るように光る銀色の釣り目に睨まれてノエルは無意識に硬直してしまった。

 荒っぽい登場にアーネストは眉間に深く皺を作る。


「王子であるこの僕のいる部屋になんて無礼な登場の仕方だろうね」

「あー、すみません王子。もう終わってていないと思ってたんですけど」


 アーネストの威圧的な睨みを平然と受け止めロバートは頭を下げてみせたが、形だけというのは誰の目にも明らかだ。不謹慎な態度を取られ激昂手前のアーネストをアランが慌てて宥める様子を差し置いて、ロバートはゆっくりと応接間を見渡し、縮みあがっているノエルに鋭い目を向けた。


「あんたが妹?」

「ひいいっ!」

「……怖がってるじゃないか」

「はあ、すみません」


 癇癪を起こす王子を抑えつつアランがどうにか助け舟を出してもどこ吹く風。悪びれもせずに謝る言葉を口にしながら、ロバートはノエルの頭の先から足の先まで値踏みするように見渡すとぽつりと漏らした。


「地味だな」

「……はあ?」


 はっ、と嘲笑する目の前の男に知らず知らずこめかみに青筋を立てた。

 無遠慮な言動にノエルの我慢はそろそろ限界に近かった。予期せぬ事態の連続で精神的消耗が激しく、内心げっそりしている。それなのに浴びせられる失礼な言動にいい加減抑えが効かなかった。

 反論するために声を荒げようとした瞬間、ロバートはノエルの腰に手を回した。いきなり抱き寄せる力強い腕と眼前に迫るロバートにぎょっとしていると、彼は涼しい顔で言ってのけた。


「まあ、あんたでもいいよ。レヴィ家と繋がれるなら」


 俺はお子様は対象外なんだがな。



 ぷつん、とどこかで何かが切れる音がしたのと同時に、ノエルは右の拳を振りかぶった。




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