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1 婿選びの幕開け

 レヴィ公爵が次女であるノエル=レヴィにソフィアの婿を選ばせると宣言してから数日しか経っていないというのに、ノエルのもとに貴族の独身男性からの売り込みの手紙が大量に殺到した。

 いかに自分や一族が素晴らしいかを高級羊皮紙に長々と綴り、ご機嫌取りに高価な宝石を添えて送ってくる男性もいた。即効で送り返したが。

 辟易しながらも手紙を積み上げていけば、自分の背丈ほどになるのではないだろうかというほど。中には七十歳の高齢もいて顔を引きつらせてしまった。

 この中からどうやって選べば良いのか頭を抱えていると、父がある程度絞り込んでくれていたらしく、次なるリストを手渡された。


「ソフィアに相応しい者を五名絞ってみた」

「そこまでしてくれるならお父様が決めてくれればいいのに」

「ここからさらに絞り込むのは難しいのだ。おまえならできると信じているよ」


 にんまりという言葉が似合うくらいのほくほく顔に、こいつ本当にどうしてやろうかと際どいことを考えつつも乾いた笑いしか返せなかった。

 我が家の教育方針は放任主義。レヴィ侯爵は愛するがゆえに自由に暮させたいと豪語しており本人も本気でそう考えているのだろうが、他人から見れば放任主義にしか映らない。レヴィ姉妹もそう理解している。理解しているが、今回の件では正直ありがたくないというのが心境だ。

 


 とりあえず会ってみるしかない。ノエルはリストに目を向けながら奮い立たせた。

 考えるよりは行動に移す主義なので、一度会いに行く旨をそれぞれの候補者に向けて連絡するとすぐに了承の返事がきた。その返事のどれもが使者が息を切らして届けたもので、あまりの速さと必死さにどれだけ結婚したいんだよ、と突っ込みたくなった。


 五人にまで絞ったなら直接姉に選ばせたら良いって?そんなの人の好過ぎる姉は相手を思いやってなかなか断れないだろうし、がむしゃらに自分を売り込む男たちにすごく困惑することだろう。

 姉に近づく男は許せないという自分勝手な思いが一番なのだけれど。



 まず一人目に会った男性は三十歳間近の伯爵だったが、即、自分の中で却下を出した。揉み手すり手で近づく男の目には金という言葉しか浮かんでいなかった。どれだけ商売に手腕をふるう有能な人でも、あれはさすがに無理。


 二人目の男性も同じようなものだった。自己陶酔する年若い子爵。すべての動作がいちいちオーバーでいかに自分が美しいかを延々と語ってきた。確かに容姿は整っている気がしないでもないけど、あれだけ自慢されると台無しな気がする。こんな人を兄と呼びたくないと強く思って即座に却下した。これも絶対に無理。




「ごめんなさいね、ノエル。面倒事に巻き込んでしまって」


 これまでの経過を我が家自慢の庭園を散歩しながら報告すると、ソフィアは申し訳なさそうに整えられた美貌を暗くした。

 先程まで綺麗に咲き誇る薔薇を背景に歩くソフィアはやはり絵になると酔いしれていたのに、暗い表情にさせてしまったことにノエルは大いに慌てた。華麗な絵画を己の手で汚したような不敬を働いてしまった気持ちになる。


「面倒だなんてとんでもない!これは崇高なる使命だもの!」


 ノエルは興奮気味に叫んだ。もしノエルが犬であれば千切れんばかりに尻尾が揺れていただろう。

 尊敬する姉の幸せのためならどんな面倒でも厭わない。むしろ姉のために尽くせるのならなんだってするのだから。


「粉骨砕身の覚悟で望むから!」

「……無理はしないでちょうだいね」


 身を案じるようにソフィアの白魚のような細い手がノエルの頭を撫でる。あまりの気持ちよさにうっとりと目を細めた。


「あなたは心を寄せる男性はいないの?ノエルも良い年頃なのだからそろそろ結婚を視野にいれたらどうかしら」

「そんな人いないよ。興味ないし」

「まあ、またそんなこと言って。もしかしたら私の旦那様選びで出会う男性の方と恋に落ちるかもしれないわよ?」

「……恋愛小説の読みすぎだってば」


 本当に、恋をしたいなんて思わないし、憧れてもいない。そもそも男と恋に落ちるという感覚もよくわからないのだ。ソフィアに勧められた恋愛小説を読んでも自己投影できない。


 恋愛なんて自分には早いと心の底から思う。今は慈愛に満ちた姉の笑顔と優しく髪を梳いてくれるこの手があれば何もいらない。

 できれば結婚なんてしないでずっと側にいてほしいと願うけれど、それでは姉が幸せになれない。母が言っていたが、女の幸せは結婚することらしい。ならば、気乗りしなくてもソフィアを幸せにしてくれるふさわしい男性を選ばなければならないのだ。


 そういえば、と頭をもたげる。

 恋愛小説を好んで読むソフィアだが、彼女自身の恋愛話を今まで聞いたことがない。もし、慕う男性がいるのならば、ソフィアにとって婿選びは苦痛なものになるのではないか。


「お姉様はどうなの?好きな殿方はいるの?」

「……いないわ。第一、私が恋愛結婚なんてできるわけないわ。結婚なんて家同士の契みたいなものなのよ」

「……そっか。そうだね」


 上流階級同士の結婚は本人たちの意思に関わらず執り行うのが通例だ。家と家の結びつきを強固にし、家系を磐石のものにしようと考えるのが当たり前で、貴族の娘として生まれた以上、結婚に自由などありはしない。

 今回のように親が子どもに結婚相手を選ばせることはこの世界の常識にかけ離れている。レヴィ侯爵が変人なだけかもしれないけれど。

 それでも、父が絞った婿候補はレヴィ家にとって相応の相手ばかりで、そこは他の貴族階級の考えと変わらない。ただ、選ぶ権利がこちらにあるだけで、ソフィアに自由はないのだ。家の繁栄を継続させるための道具として政略結婚に駆り出される。放任主義である父でも貴族としての思想を携え、娘を道具として扱うのだ。特に長女として生まれたからには責任は重くのしかかる。


 選ぶ権利があるだけまだ良い方だ、と受け止めたほうが賢明かもしれない。


「だから私の分までノエルには自由に恋愛してほしいの。次女であればある程度はお父様も許してくださるでしょうし」


ね、と物柔らかな笑顔を浮かべ、ノエルの髪を撫でる。それでも笑顔の中にある一抹の哀愁を感じ、ノエルは改めて気持ちを引き締めた。 

 

「絶対お姉様を幸せにしてみせる。しっかり吟味して選りすぐった素晴らしい旦那様を見つけ出してみせるから!」

「ありがとうノエル。ノエルも良い人が見つかったら教えてちょうだいね。どんな方でもあなたが好きになったのなら応援するわ」

「当分はありえないかな」


 お姉様が結婚するまでは側にいさせてほしいから恋にうつつを抜かしたくない。

 そう断言するとソフィアは少し面食らった表情を浮かべ、その後、困ったように笑いながらノエルの頭を撫で続けた。








 そして今日会うのは三人目。

 なんと、恐れ多くもローウェル国王が鎮座する宮殿にノエルは足を踏み入れていた。


「……うわあ」


 まさに豪華絢爛。隅々まで磨かれた宮殿は芸術と言ってもいいくらいの壮麗さと、国の政治を一手に行う厳粛な雰囲気を持ち合わせていた。

 初めて訪れた宮殿のあまりの迫力に圧倒されつつ、竦む足を叱咤しながら使用人に案内された部屋に入ると、これまた豪華な応接間でふかふかなソファに座る輝く美貌の少年が座っていた。


「アーネスト王子、ソフィア=レヴィ様をお連れ致しました」

「ああ」


 ソフィアお姉様は王子にも求婚されるほど素晴らしい女性でした。




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