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ロケット日和(7)

 美葉と別れ、千夏は女子更衣室前の通路を歩いていた。

 目指すのは、昨日例の少女に会った部屋。長い通路を歩きながら、千夏は美葉が語った幽霊の噂のことを考えていた。

 話に聞いた幽霊の特徴が、あの少女に酷似していることが引っかかっていたのだ。

 火の玉騒動と、水泳部の幽霊騒ぎはあの少女と何らかの関わりがある気がした。まずそれを確かめないと、千夏の気持ちは収まらなかった。


 昨日の記憶を思い返しながら廊下を進み、千夏は目的の部屋の前までやって来た。

 扉の上部には「第三宿直室」と書かれたプレートが貼ってある。あの少女が我が物顔でくつろいでいたのは、教員用の宿直室のようだ。

「ここで間違いないよな」

 千夏はもう一度扉を眺めてみた。

 学校には、こうした教員用の宿泊部屋がいくつか用意されている。しかし利用されることはそれほどない。あったとしても第一、第二宿直室を使うのがほとんど。そのため、この第三宿直室はただの物置と化していると、以前聞いた事があった。

 千夏はドアノブに手を伸ばしたが、扉はロックされていた。

「鍵がかかってる。留守なのか……」

 扉に耳を当てて、扉の向こうの物音をさぐってみた。しかし中には誰もいないようだ。

「やっぱり夜にならないと出てこないのかな。幽霊だけに? う~ん……」

 千夏は扉を背に寄りかかり、腕を組んだ。

 昨日出会った少女は実は数年前学校で亡くなった生徒だった。そんな怪談めいた想像が頭をよぎる。あの少女が何の理由があってここにいたのか、千夏はいろいろ考えたがよくわからなかった。

 そうして千夏がしばらくの間、扉の前に立っていると、食欲をそそる香りが漂ってきた。

「あれ、何かいいにおいがする」

 千夏は目をつぶった。

 何か焼いているような香ばしい香り。それは階段のあたりから漂ってくる。下の階にあるのは体育倉庫だろうか。千夏はにおいにつられて、階段を降りていった。


 階段を降りた千夏は、薄暗い通路に立った。奥に体育倉庫の入口があり、やはりそこからにおいが発生しているようだ。

 耳を澄ますと、パチパチと何かが焦げるような音も聞こえる。千夏は音を立てないようにそっと倉庫を開けて、僅かな隙間から中をのぞき込んだ。

 倉庫の中は煙で薄く濁っていた。

 電気が点いていて、中央には携帯用のミニコンロが置かれている。コンロの網の上で炙られていたのは串の刺さった肉のようだ。

 コンロの前には、昨日会った少女が座っていた。千夏は思わず倉庫の扉を開けて叫んだ。

「おおい! お前か! こんなところで何してんだっ」

 少女は少し顔を上げた。右手に団扇を持っている。どうやら焼き鳥を焼いていたようだ。少女は千夏が現れたことに驚きもせずこう答えた。

「焼き鳥だけど」

「や、焼き鳥なのは見ればわかるけど……」

 少女は慣れた手つきで、焼き鳥をひっくり返した。

 少女は白地のパーカーにミニのプリーツスカートという格好で、マットの上に座っている。隣には炊飯ジャーも置いてあり、少女は茶碗にご飯をよそって食べ始めた。

「ちょっと、待て待て」

「何?」

「もう、何かツッコミどころが多すぎて、何から指摘していいのか……」

 少女は不思議そうに首をかしげた。指摘される理由がわからない。そんな表情だった。

「まず、何でこんな所で食事してんだ!」

「広いから」

「ひ、広いから~?」

「狭い場所だと煙が籠もる」

「煙が籠もるって……。まあ、確かにそうだけど」

 密室でこんなことしたら、煙たくてどうしようもないだろう。天井に火災報知器があるが、そこにはビニール袋がかぶせられていた。ずいぶん念入りなことだ。

 黙々と食事する少女を見ながら、千夏は美葉が言っていた幽霊の話を思い返す。

 千夏は少女に顔を近づけ、その様子を観察した。

 骨董品を鑑定するように、角度を変えてじっくりと少女を観察してみる。

 肌はおろしたてのコピー用紙のように真っ白だ。肩幅が狭く、手足は細くて頼りない。

 続いて、ほっぺたを指でつついてみた。

 一見不健康そうに見えるが、とても張りの良い肌で、ゴム鞠に触れているような感触がした。耳をひっぱり、頭も軽く叩いてみたが、やはり生身の人間にしか見えなかった。

 少女は千夏の様子など気にせずに、黙々とご飯を食べている。

 おそらく、家に帰らずにずっとこの学校にいるのだろう。千夏は少女に問いかけてみた。

「あのさ、昨日もそうだけど、何でずっと学校にいるの?」

「他に行くところがないので」

「じゃあ、ここに住み着いているのか?」

「うん、住んでる」

「住んでるって、何故に?」

「それは言いたくない」

 少女はぼそりと呟き、網の上の焼き鳥に風を送った。


 昨日、パジャマ姿でうろついていたのも、本当に寝泊まりしているからだったのだろう。何のためにそんな事をしているのか、考えれば考えるほどわからなかった。

 千夏はそこで大事な事を思い出し、少女に尋ねた。

「そうだ、昨日プールで火の玉が出たと聞いたけど、あれはお前の仕業なのか?」

 単刀直入に聞いた。奈留と千夏以外であの場に居合わせたのはこの少女だけだ。どうやったかはわからないが、火の玉もこの少女が仕掛けたものかもしれない。

 千夏が尋ねると、少女はぼんやりと天井を見ながら答えた。

「火の玉……、ああ、あの変な光」

「あっ、やっぱり心当たりあるんだな!」

「あるなしで言えばある」

「知ってるんだな。よ~し、こいつめ、詳しく話を聞かせてもらおう」

 千夏は両手を叩いた。

 正体や素性は不明だが、とりあえず事情聴取する必要がある。千夏は少女の肩を叩こうとした。しかしその瞬間、全身に衝撃が走った。

「ぎゃぁぁっ!」

 千夏は叫び声を上げて、その場に倒れてしまった。

 少女の方を振り返ると、左手に何やら黒い円筒形の物体を持っていた。

「何だ、何をした」

「スタンガンだけど」

「す、スタンガン!? 何てことするんだ!」

「一万ボルトくらい」

「電圧は聞いてないよ!」

 千夏は叫んだが、少女は千夏の反応など無視して立ち上がった。

「ごちそうさまでした。後片付けお願い」

 少女はそう言って、出口に向かって走って行ってしまった。

「こらこら! 人に電気を流して、しかも雑用を押しつけて帰るんじゃない!」

「あ、そっか」

 扉付近で立ち止まった少女は、戻ってきて千夏の手をとった。

「なんだ、意外と物分りが――」

 千夏がそう言ったところで、再び全身に電流が走った。

「うぎゃあっ、何でまた電気を流す!」

「だいたい一万五千ボルトくらい」

「だから電圧は聞いてないって! さっきより出力上がってるし!」

「ちゃんと仕留めておこうと思ったので」

「思ったのでじゃな~い!」

 少女は倒れる千夏に背を向けて、そのまま去っていってしまった。千夏は呼び止めたが、体が思うように動かなかった。そして、そのままカエルのようにマットの上に潰れてしまった。



      ◇◇◇



 夕暮れの街は、うだるような暑さが続いていた。

 今年初めて三十度を超える真夏日となるらしい。体がまだ暑さになれていないせいか、時折吹く風は蒸気を浴びせられているように感じる。

 千夏はとぼとぼと寮へ続く道を歩いていた。ようやく乾いた制服のボタンをつまんで風を送ると、僅かに塩素のにおいがした。

 千夏はそっと右腕を押さえた。まだかすかにしびれが残っている。

 結局少女に話を聞く事は出来なかった。あの後も少女を探し回ってみたが、その姿を見つけられなかった。幽霊の噂の真偽もわからず、少女から何も聞き出せず、収穫ゼロに終わった。

 土曜の半日を無駄にした千夏は、肩を落とす。やはり休日の学校はろくな事がない。


 学校から五分ほど歩くと、あおい寮の外観が見えてくる。今は自室のベッドが恋しい。千夏は自然と早歩きになる。

 その時、ふと目の前を見ると、両手にスーパーのビニール袋を持った女の子が歩いていた。千夏はその子に駆け寄って、そっと肩を叩いた。

「水菜、ちょいっ~す。買い物帰り?」

「えっ、あ、千夏さん」

 突然声をかけられた水菜は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。

「学校から戻られたんですか?」

「うん、さっき出てきたところだよ」

「どうでした? 何か収穫はありましたか?」

「ダメだね。何の収穫も無し。わからないことだらけだったよ。特に例の少女についてがさ」

 千夏はそう言って、今日の出来事を話した。


 プールに落ちた事。美葉から聞いた幽霊の話。そして例の少女に再び出くわした状況。水菜は頷きなからその話を聞いていた。

「ねえ、水菜もやっぱり幽霊だと思う?」

「その、焼き鳥を焼いていた女の子、ですか……?」

「そうそう、いまいち素性がわからなくてさ」

 千夏が言うと、水菜は考え込んだ。

「その、さすがに幽霊とは違うとは思うんです。でもどうして学校に住み着いているのか、わからないですね。宿直室を使えるってことは、何か特別な人なんでしょうか」

「う~ん、特別ねえ……」

 千夏は唸った。

「そういえば桜ちゃんが、あたしたち以外にも更衣室荒らしを調べてる奴がいるって言ってたな~。あいつがそうなのかな。更衣室周辺に住み着いているみたいだし」

「千夏さん以外にも、事件を追っている人が?」

「うん、そんなことを桜ちゃんが言ってた。やっぱり意外だよね」

「そうですね。私も犯人を捕まえようっていう人の話はあまり聞いた事ないです」

「まあ、ちょっと気になるけど、気にしてても仕方ないか」

 千夏はそう言って、水菜の持っている買い物袋の一つを手に取った。

「あ……、千夏さん、いいですよ。持ってもらわなくて」

「いいのいいの。どうせ寮までですぐでしょ」

「……あ、ありがとうございます」

 水菜はうつむき加減になりながら言った。


 通り沿いには、桜の木が並んでいる。夏らしく、青々とした葉が枝一杯に広がっていた。

 千夏は桜の葉を眺めながら歩いた。まだ蝉は鳴き始めていないようだが、あと数週間もすれば、この道も奴らの鳴き声で騒がしくなるだろう。

 その頃には夏休みだ。この街で初めて過ごす夏休み。それを想像すると、今日の嫌な事も少しだけ忘れられた。

 寮へ続く長い一本道。その途中で、水菜は千夏に尋ねた。

「その、千夏さんが犯人を捕まえようとしてるのって、美葉さんの水着を取り返すため、なんですよね」

「おっ、さすが水菜は鋭いね~。美葉に言うとベタベタしてくるから内緒ね。ほら、水泳部の大会が近いのに練習出来ないのは大変だから、何とかしてやらないと」

「やっぱりそうなんですよね。千夏さん、やさしいから……」

 水菜はうつむき加減に言った。

 何だか褒められた気がして、千夏は急に照れくさくなった。

「べ、別に、そんなんじゃないよ、何となくだよ、何となく」

 慌てて否定する千夏を、水菜はじっと見ていた。そして口元に手を当ててクスリと笑った。

「はい、わかりました。では、そういうことにしておきます」

 そう言ってはにかむ笑顔は、街中の男子が放っておかない可愛さだった。本気で照れくさくなった千夏は、そそくさと話題を変えた。

「えっと、そういえば、奈留はどうしてる?」

「はい、あの後、目を覚まして部屋に戻りました」

「じゃあ、部屋にいるんだ。具合はどうだった? 元気そうだった」

「元気は元気なんですけど、ちょっと、元気過ぎるというか。意気込みが過剰というか……」

 水菜は非常に答えにくそうだった。必死で言葉を選んでいるのがわかる。

 千夏はその曇った表情を見て、また奈留が面倒なことをやらかしているのだと確信した。

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