ロケット日和(21)
香苗先生の提案したダウトのルールはシンプルなものだった。
ジョーカーを抜いた五十二枚のトランプのうち、それぞれ二十枚のカードを配る。それを2から順番に10までの数字を順番に出していくのが基本的な流れになる。数字が10まで回ったら、再び2からカウントする。ダウトは五回まで。制限を超えるとダウトは宣言出来なくなる。こうなると相手にカードを出され放題になり、実質負けが確定する。
ルールを聞いて、千夏はいくつかポイントを整理した。
気になった点は「J・Q・K・A」の四種類のカードの扱いについてだった。2から10のカードしか場に出せないルールのため、これらのカードは不要なカードとなる。あがるためには必ず嘘をついてこれらのカードを場に出さなければならない。
その制約があるため、嘘のカードが場に出される可能性が高くなる。しかし、ダウトの回数制限のため、安易にダウト宣言は出来ない。相手の嘘を見極めるだけでなく、ダウトのタイミングも重要となる。そして、失敗には嘘のつけない質問が待っている。
ゲームの進行は、香苗先生が持ち出した砂時計で行われる。砂時計の時間は三分間。場にカードを出した後、砂時計をひっくり返し、その砂が落ちきった後にダウトかセーフかを決める。
「わざわざ砂時計で三分も時間を置くのはどうしてですか?」
「その三分間でじっくり会話出来るからよ。嘘を探るのもいいし、相手の動揺を誘うのもアリ」
香苗先生は慣れた手つきで手札を並べた。
最低三分間は、相手と問答を交わさないといけないルール。千夏は香苗先生の表情を覗った。口元には涼しげな笑みを浮かべているが、その表情はちょっとしたことでは崩れそうもない。しずくとはタイプの違ったポーカーフェイスだ。
「さあ、これで手札は配り終えたわね」
二十枚の手札がお互いの手元に渡った。カードは裏返されたまま。香苗先生はじっと千夏の様子をうかがっていた。
「どちらが先に出す? 二宮さんが決めて良いわよ」
「それじゃ、香苗先生からどうぞ」
「私からでいいの?」
「年上は敬えって、教わりましたから」
「年上ねえ……。ちょっと複雑だけどわかったわ。それじゃあ始めましょうか」
二人は同時に手札を取った。
◇◇◇
千夏は、配られた二十枚の手札を穴があくほど眺めていた。千夏の手札にも、香苗先生の手札にも配られなかったカードは十二枚存在する。自分の手札を見てみても、相手の手の内まではわからない。
千夏の手札には、Aが三枚、Jが一枚、Qが二枚入っていた。これがいずれ嘘をついて場に出さなければならない不要カード。二十枚のうち六枚なので、運が悪い訳では無い。香苗先生の手札にも六枚は紛れ込んでいるはずだ。
「それじゃ、私から行きましょうか。まずは"2"」
香苗先生はそう言って、二枚のカードをテーブルの中央に放った。そして砂時計をひっくり返す。これが落ちきってから千夏はダウトかセーフかを判断する。
「いきなり二枚ですか」
「そうよ、偶然"2"が二枚あったのよね」
香苗先生はしれっと答える。
千夏は自分の手札を見る。スペードとクローバーの"2"が一枚ずつあった。確率的に考えて、香苗先生の出した二枚はダウトの可能性が高かった。しかし、それを宣言するのは得策ではないように思われた。
ダウトの数は制限されている。一発目で仕掛けても、二枚の手札が戻るだけで、相手にさほど痛手はない。ダウトの回数を浪費する分、序盤のダウトは宣言する側にマイナスな点の方が多い。
ダウトかセーフか。しばらく迷っていると、香苗先生は千夏に語りかけてきた。
「それにしても、栗原さんも連れてこなかったとは意外だわ」
香苗先生はじっと千夏を見ていた。
手持ちのカードは手元に伏せ、組んだ両手に、ほっそりとした顎を乗せている。少し顔を傾け、挑発的な視線を千夏に向けている。
「まあ、あいつがいても仕方ないと思ったんですよ。どうせ黙って座ってるだけだろうし」
「転校しちゃうんでしょ、彼女」
「そうらしいですね」
「お姉さんのところで暮らすんじゃないかな。きっとアメリカに帰るのよ。そうだとしたら、もうお互いが会えることはないわね」
「そんなこと無いですって。アメリカなんて近いですよ。飛行機で一瞬一瞬」
「物理的な距離はね」
千夏の反応を見て、香苗先生はくすりと笑った。
「私なら、たった一週間だけ過ごしたクラスメイトの事なんて、一ヶ月で忘れちゃう自信があるわ」
そう言われて、千夏は香苗先生から視線を逸らした。
しずくの目的はコンピューターウィルスを止めること。その騒動が収まった今、ここにいる理由はないのだろう。元いた場所に帰るのだ。わかっていたことでも、改めて言われると千夏の心に重く響いた。
「さ、時間よ」
気がつくと、砂時計はすでに落ちきっていた。いつの間にか三分経っていた。香苗先生は長い爪でテーブルを叩いた。
「ダウト? それともセーフ?」
千夏は少し考えてから、テーブルを軽く叩いた。
「じゃあダウト!」
千夏はカードを指さした。香苗先生は表情を崩さない。
「それでいいの? これがダウトだとしても、私はこの一枚を手札に戻すだけだけど」
「もちろんダウトでいいです。これが"2"じゃなかったら、あたしの質問、何でも答えてくれるんですよね」
「もちろん、そういうルールだから」
序盤のダウトはマイナスな点が多い。香苗先生も、きっとそのことをよく知っている。もし、手札に"2"が一枚も無かったとしたら、思い切って不要カードを切ってしまうのも一つのやり方だ。千夏は敢えてそこに張った。多少リスクはあっても、千夏は一発目で流れを掴んでしまいたかった。
香苗先生はテーブルの中央に手を伸ばし、そっとカードをめくった。
表に返されたカードには、赤色のマークが二つ見えた。そこにはハートとダイヤの"2"が綺麗に並んでいた。
「ダウト失敗ね」
香苗先生は二枚のカードを爪で弾いた。千夏の手元に二枚のカードが流れてくる。
千夏は二枚のカードを受け取った。これで"2"のカードが四枚、千夏の手札に加わった。幸先の悪いスタートだった。
「ダウトが失敗したら、逆に質問を投げられる。どんな質問にしようかしらね」
「正直に答えないといけないんですよね……」
「そうよ、そういうルール。嘘は許されない。そう序盤に誓いを立てたでしょ」
「わかりました。何でも答えます」
「そうねえ、じゃあ決めた!」
そう言って、香苗先生は千夏の顔をじっと見た。
長いまつげを通して、香苗先生の大きな瞳が千夏に向いている。香苗先生に視線を向けられると、萎縮してしまう。香苗先生はたっぷりと間を空けた後、千夏に質問した。
「セックスは何回経験した?」
「!?」
唐突な質問、思わぬ単語に千夏は固まってしまった。
香苗先生の表情を見ると、いたって真面目な顔をしている。
「あ、あの……」
「これが質問。早く答えること」
「先生は、そういう質問、するんですね……」
「別に答えに興味はないけどね、あなたがどういう反応するか気になって。せっかくだから面白い内容にしたいじゃない」
香苗先生はボイスレコーダーを指さした。
会話は全てそこに収録される。勝負に勝った方が、このデータを好きに出来る。千夏はそこで初めて、このルールが自分自身にとっても手痛いルールだということに気づいた。
「先生、なかなかいい性格してますよ」
「それで、答えは?」
「ゼロ。最近の高校生なんてみんな健全なもんですよ?」
「ああそう。まあ、確かにそうかもね。もしかしたらと思ったんだけど、期待と違う答えで残念」
「ちなみに、どんな答えだったら良かったんですか?」
「十回以上かな。両手の指を折りながら数える姿を想像したのに」
香苗先生は意地悪そうな顔をしていた。
一つ質問を受けて、香苗先生がこのゲームを提案してきた理由がなんとなくわかった。
相手が嫌がる質問をして答えさせる、香苗先生は単純にそれを面白がっている。女子高生の心の内にあるたくさんの秘め事を面白くひっぱりだそうとしている。録音しているのは、そのスリルを演出するためなのだろう。
「先生、ちなみにこのゲームって、他の人としたこともあるんですか?」
「ええ、学生時代に何回かね」
「相手は、ゲームの後どうなりましたか」
「二度と口をきいてくれなくなったわね。でも、みんな私には絶対逆らわなかったわよ」
「真剣にやらないと、あたしも先生に逆らえなくなりますね」
「真剣にやって結果が出ればいいわね」
香苗先生はそう言って笑った。
それからしばらくの間、お互いカードを場に出し続けた。
カードを出し、砂時計の砂が落ちるまでの三分間、会話を続ける。相手が香苗先生だからなのか、それは思っていた以上に神経をすり減らす行為だった。
千夏は慎重になって、ダウトを宣言することは無くなっていた。香苗先生も同じで、一向にダウトを宣言する気配はなかった。
このまま香苗先生はダウトを宣言しないまま終えるつもりなのか、千夏が考えていると、香苗先生がそっと口を開いた。
「学校って閉じた世界だと思わない?」
それは、ちょうど千夏が"7"のカードを出した直後。砂時計が小さな山を作っていた。香苗先生の会話の意味がよくわからず、千夏は問いを返した。
「閉じてるって、何がですか?」
「いろいろ。ほら、よくいるじゃない? 学生は楽しくて良いねって、本気で言っている人」
「まあ、時々は」
「そういう人ってさ、本当に楽しい学生時代を送った人なのよ。二宮さんは、楽しい学生時代を送るコツ、知ってる?」
「う~ん、想像もつかないですけど……。そんなの、あるんですか?」
「もちろんあるわよ。それはね、人間関係を限定すること」
香苗先生は、世間話をするように淡々と話した。香苗先生の語る内容はどれもトゲがあった。語る言葉は皮肉が交じり、表現はどこかしら嗜虐的だった。
香苗先生の話はずっとこんな調子だった。
相談室でボタンを縫い付けてもらった時とは別人のように思えた。普段生徒たちの前には出てこない、香苗先生の負の一面がそこにはあった。
「学生は楽しくていいねって言う人たちは、ただ狭い関係の学生時代を過ごしただけ。その物差しを勝手に当てて物事を計ってるのよ。嫌なものを見ようとせず、心地よい仲間関係に浸ってただけの人たち。関係を限定するってそういうことよ。でも、本人たちは自分たちの関係が狭いだなんて思ってないの。みんなと仲良くやってるって信じてるんだから、それは楽しいわよね」
「ずいぶん手痛い批評ですね……」
「別にいいじゃない。だってその人たちの過ごし方が正解なんだから。あなたもそう思ってるんじゃない?」
千夏は何も答えなかった。正直にいって、どう答えていいかよくわからなかった。香苗先生は千夏の沈黙を肯定ととった。
「嫌な物には蓋をして、閉じた世界で過ごす。不安になったら誰かを叩けばいい。叩かれた側はどうだか知らないけど、叩いた側はすぐにそんなこと忘れるしね。栗原さんのスキャベンジングが問題になったとき、放っておいたらクラスのみんなは彼女を存分に叩いたでしょうね」
「そうかもしれないけど、でも――」
「さ、ちょうど時間みたいよ」
砂時計の砂が落ちきり、香苗先生は千夏の言葉を遮った。そして、千夏が場に出したカードを指さした。
「ダウト」
香苗先生は千夏に向かって言った。それは初めて香苗先生が宣言したダウトだった。
ダウトを指摘されたプレイヤーは、自分のカードをめくって見せなければならない。千夏はそっとカードを裏返した。ダイヤのQ。千夏の失敗だ。
「よかった、成功したわ」
香苗先生は両手を合わせて千夏を見た。千夏は両手を広げた。
「もう、何でも言ってください。今度はどんだけ答えにくい質問ですか」
「そう警戒しなくても平気よ。最初のはジャブみたいなものだから。あなたにはもう少し違った質問をださせてもらうわ」
「違った質問……?」
香苗先生は小さく頷き、千夏に向かって言った。
「あなたはどうして栗原しずくと関わろうと思ったのかしら。転校してきたばかりで、ほとんど口も聞いたことのないあなたが」
「それが質問、ですか?」
「そうよ、会話を聞いていたからわかるけど、あなたはずいぶん彼女のことを気にしていたから。どうして?」
「どうしてって言われても……、何となくというか」
「全然答えになってないわ」
「あんまり、よくわからないって言うのが、正直なところで……」
「じゃあ質問を少し変えましょうか。それはあなたの自己満足。いいことした気になって、いい気分に浸りたかったんじゃない?」
「その問いかけに、あたしは『はい』と答えれば、いいですか?」
「あなたの正直なところを聞かせてもらえればいいわよ。自分の寂しさをまぎらわすために、そういう事をする人がいるから。あなたがそうなのかどうか、本人の口から聞こうと思っただけ」
千夏は少し考えて、いつもより真剣な口調で言った。
「まあ、寂しい人間だってのは、合ってる気はします」
千夏はこめかみを掻いた。
香苗先生が何を聞きたいのか、よくわからなかった。こんな会話を録音しても、何も面白くないように思えた。しかし香苗先生はじっと千夏の答えを待っているようだった。
「あたしは両親いないし、クラスメイトにも呆れられてるし、教師には問題生徒扱いされるし……。そんなわけで、必死に足掻いて何かを紛らわしたかったっていうのもあるかも。だから香苗先生の言うとおり、たぶん自己満足で合ってるような気がします。自分がスッキリしたいから、そうやってたんです」
千夏が言うと、香苗先生はじっと千夏のことを見つめていた。
「あ、あの、期待通りの答えじゃなかったですか?」
「まあそういう答えを期待してたんだけどね。でも何だか本当に聞こえない。不思議ね」
香苗先生はそう言って自分の手札をとった。そして再び砂時計を倒した。
「それじゃ、次行きましょうか」
香苗先生は手札から一枚、カードを場に出した。
「はい、"8"」
そして、再び三分間の会話が始まる。
香苗先生はテーブルに肘を乗せ、じっと砂時計を眺めていた。
千夏は自分の手札を元に分析しようとしたが、場に出たカードがダウトかどうか判断出来なかった。場に出たカードは一枚のみ。どちらにしても、ここはセーフに賭けるほうが無難な状況だった。
「ダウトを宣言しちゃってもいいわよ」
「ちょっとは頭冷えてますから、大丈夫ですよ」
「まあ、三分間、じっくり考えることね」
香苗先生は挑発的に言う。
千夏はすぐにでもセーフを宣言したかった。しかし、砂時計の砂はなかなか落ちきらなかった。持てあました時間で、千夏は香苗先生に尋ねた。
「今回のウィルス騒動は、何が目的だったんでしょうかね」
「さあ、それは犯人じゃないとわからないんじゃない」
「先生は、しずくがウィルス騒動を止めようとがんばってたこと、知ってましたよね」
「どうかしら、わからないわね。そうだとしても、それは私には関係のないことだし」
「ぼけっとしているように見えて、あいつなりに必死だったんですよ。いろいろ行動に問題はあったのかもしれないけど、お姉さんのために、一人で調べ回ってた。先生にそれだけは伝えとこうと思って」
「本人じゃないのに、断言出来るのね」
「直感ですけど、意外に当たるもんですよ」
「私は直感は信用しないけどな。でもそれなら尚更、本人を連れてくればよかったのに」
「しずくを連れてこなかったのは、姉の友だちが犯人扱いされるのを見せたくなかったからなんですよ。やっぱりそういうのって、いい気分しないじゃないですか」
「ふうん、ずいぶん優しいこと」
香苗先生は視線を逸らした。千夏はそんな香苗先生に向かって言った。
「……友だちって言った事は否定しないんですか?」
その言葉を聞いて、香苗先生の表情から一瞬だけ笑みが消えた。
「別に、あの人とは友だちじゃないわ」
「先生は、栗原あまねさんと同級生なんですよね。どうしてあんな予告メールを送ったんですか?」
「それが聞きたかったら、ダウトしてみたら?」
香苗先生は砂時計を指さした。すでに三分が経過していた。
「外れたら、今度は答えたくないような質問をしてあげる。性的な問いかけのほうが盛り上がるかな。それとも、もっと内面をえぐるような質問がいい?」
意地悪く微笑みかける香苗先生を前に、千夏は言った。
「ダウト」
千夏が宣言すると、香苗先生は意外そうな顔をした。
「いいの?」
「はい、さあ香苗先生、どっちですか?」
千夏に促されて、香苗先生は場のカードに手を伸ばす。
めくられたカードはスペードのKだった。
「このゲームのおかげで、先生の性格がわかりかけてきた気がします」
「ここで仕掛けてくるとはね。言っておくけれど、ダウトの権利を浪費している分、あなたには不利なのよ」
「ええ、十分理解してますとも」
「それでもダウトしたかった」
「はい、まずはっきりさせたいことがあるので」
千夏はそう答え、ずっと待っていた質問を香苗先生にぶつけた。
「じゃあ、質問いいですか?」
「予想がつくけど、どうぞ」
「今回のウィルス騒動。全部香苗先生の仕業なんですか?」
千夏は言った。
しずくの姉、栗原あまねさんに犯行予告メールを出し、千夏に盗聴器を仕掛け、そして校内にウィルスプログラムを流したクラッカー。まずは、それが香苗先生であることをはっきりさせたかった。
千夏の質問に、香苗先生はじっと黙っていた。静かな教室に時計の針の音が響く。香苗先生はタンブラーを手に取って、冷め切ったコーヒーを口にした。そして一息つくと、さらりとした口調で答えた。
「そうよ、私がこの騒動の犯人。この学校にウィルスプログラムを流したわ」
その反応には、悪びれる様子も反省する様子もない。
「真実が聞けてスッキリした?」
「はい、胸のつかえがとれた感じです」
「それはよかった。でもね、この勝負に私が勝ったら、このボイスレコーダーはあなたの手に入らないわよ。私、結構忘れっぽいのよね。この部屋を出たら、この場で言った事なんて忘れてるかも」
「そうやって、とぼけてやり過ごすつもりですか」
「そうね。こう見えても芝居は得意だから」
香苗先生が自慢げに言うとおり、この後、千夏が犯人だと訴えても、香苗先生に軽く誤魔化されて終わるだろう。しかし千夏はそれでも構わなかった。
「まあでも、香苗先生の口からそれを聞けただけで十分かな。別に公にしてもスッキリしないし!」
千夏は立ち上がった。
「ちょっと、外の空気入れていいですか」
千夏はそう言って、窓を覆うカーテンを開いた。外から太陽の光が差し込んでくる。部屋の窓を開け、廊下側の扉も全開にする。そうすると、冷房の効いた部屋に夏の空気が流れ込んできた。
「何だかんだいって、夏って季節が好きなんですよね。蒸し暑いけど、夏の風を浴びると、何か良いことがある気がするっていうか……」
「全然わからないわ」
「はは、すいません」
千夏はそう言って椅子に座った。
「じゃあ次、行っていいですか?」
「どうぞ。あなたにはずいぶん不利な状況だと思うけど」
「確かにそうですね。でも、何か勝負とかどうでもよくなってきた。せっかくなんだから、とことん腹を割って話しましょうか」
どこかの校舎に吊された風鈴が揺れ、窓の外から鈴の音が聞こえてきた。千夏は制服のリボンを緩め、カードを手にとった。




