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ロケット日和(20)

 校舎の屋上はビニールハウスのように暑かった。これまで冷凍庫のような室内にいたぶん、余計にそう感じられる。冷え切った体は、ようやく夏本来の気候に馴染んできた。

「今回の件で一番の鍵になったのは、掃除ロボットなんです」

 水菜はそう言って話はじめた。

 奈留としずくを交えた四人は、水菜を囲むようにして屋上煮座っていた。奈留も、しずくでさえも興味津々といった様子で水菜の言葉を待っている。

「火の玉騒動のあった日、千夏さんから掃除ロボットの話を聞いてずっと引っかかっていたんです。夜の二十一時以降に動くはずの掃除ロボットがどうして十九時に動いたのか」

「そういえば、そんなことあったね」

 桜子先生にプールサイドの掃除を言い渡された日のことだ。掃除を終えて何気なく女子更衣室へ行った千夏は、掃除ロボットを見かけた。

 水菜の話によると、掃除ロボットは月曜から木曜は夕方十六時からの十分間、金曜日だと夜の二十一時からの三十分間でスケジューリングされている。その日、千夏たちがロボットを見かけたのは金曜日の十九時。本来なら動いている時間ではなかった。

「どうしてあの日だけ、そんな時間に動いていたんだろ」

「ロボットのシステム時刻が狂っていたんだと思います。システム時刻が二時間遅らせられた。おそらく人為的に……」

「時刻を、遅らせた? え、そうなると、実際の時刻は十九時でも、ロボットのシステム時刻はそれより二時間遅い二十一時になって……」

「そうです。金曜だと二十一時に動くはずのスケジュールが十九時、月曜から木曜だと十六時に動くはずのスケジュールが夕方十四時になります。七月十五日の水曜日も、この時間で動いたんです」

「七月十五日の十四時、まさに更衣室荒らしが起きた時刻!」

「そうです。時刻を遅らせたのは犯人でしょう。いつか千夏さんが更衣室で見た人影は、掃除ロボットの時刻設定を戻しに来た犯人の姿でしょう」

「ええ~っ、あれ、しずくじゃなかったんだ」

 千夏が言うと、しずくはきょとんとした顔をして首を傾けている。

 火の玉が出た日、更衣室に潜み、慌てて逃げていったのはしずくとは別人だった。千夏はずっと勘違いしていたことになる。

「でも、どうして犯人は掃除ロボットの時刻をいじったりしたの」

「証拠隠蔽のためです」

「証拠……?」

「はい、事務室で回収した例のアルミ箔です」

 水菜はポケットからアルミニウム箔を取り出した。それは今日、水菜が事務室から回収した凧のように尻尾の伸びた妙な形のアルミニウム箔だ。水菜はこれが更衣室荒らしのトリックだと言った。

「これは七月十五日に掃除ロボットによって回収されたものだそうです。どうしてこんなものが作られたかわかりますか?」

 水菜は尋ねたが、千夏も奈留もお互い顔を見合わせるだけで、何も答えられなかった。水菜はそっとアルミニウム箔を畳んだ。アルミニウム箔は、太陽の光を反射して表面を輝かせていた。

「アルミニウムには電波を遮蔽する性質があるんです。犯人はそれを利用した。千夏さんは更衣室の非常口を覚えていますか?」

「ああ、覚えてる覚えてる! 開けると警報が鳴るってやつ。犯人はそこから侵入したってことになるの?」

「はい、そうです。非常扉は扉が開かれると電波信号が飛ぶようになっています。その信号を近くの警報機が受信し、アラートを鳴らすんです。犯人はその仕組みを知っていて、このアルミニウム箔を非常扉の警報機にかぶせたんです。そうして電波受信部分を覆ってアースしてしまえば、センサーから発せられた電波も届かず、アラームも鳴らない。そうやって警報を鳴らさずに更衣室に出入りしたんです」

「非常扉の警報機にアルミをかぶせて出入りした。でも、そんな妙な仕掛けがあったら誰かが気づくんじゃ――」

 千夏はそこまで言って、あることに気づいた。

「そっか、それで掃除ロボットか」

「はい、非常扉から出入り出来てもアルミニウム箔までは回収出来ない。そうなったら、生徒たちが更衣室に戻ってきた時にトリックがばれてしまいます。だからどうしてもそのアルミニウム箔を回収する必要があった。そこで掃除ロボットに目を付けたんです。時刻を狂わせて十四時に起動するようになった掃除ロボットは、誰もいない更衣室を掃除し始める。当然そのアルミニウム箔もゴミと判断して回収される。あのアルミニウム箔が尻尾のように伸びていたのは、アースの役割に加えて、ロボットが回収しやすいように地面に垂らす意味もあったんだと思います」

「な、なるほど……」

 千夏はそう呟いて深くため息をついた。

 思い返してみれば、美葉に聞いた時も更衣室は不自然なほど綺麗に片付いていたと言っていた。その時も水菜はじっと推理していたのだろう。

「盗み方がわかれば、盗難品の隠し場所も想像がつきます。日中にボストンバッグ二つ分の荷物を持ち歩くのは目立つので、どこかへ隠すはずなんです。非常通路の出口付近にある部屋は宿直室です。普通に考えれば、誰も使っていない第三宿直室を選ぶはずです」

「だから第三宿直室に隠してあったのか。あそこなら普段使われないし、ちょっと隠しておくならもってこいだね」

「でも犯人の想定外だったのは、そこにしずくさんが住み着いていたことですね」

 水菜は言った。三人はしずくに視線を集めた。しずくはぼけっと座ったまま首を傾げている。

「犯人は隠したものを回収するため、人の少ない夜を狙って宿直室に現れます。でも夜になってもしずくさんがいるので、盗難品は回収出来ません。だからあの手この手でしずくさんの事を退散させようとしたんだと思います。それが、あの、その……」

 水菜は口をつぐんだ。ちらちらと奈留の顔色をうかがっている。そこまで聞いて千夏はようやく理解した。

「それが幽霊騒動に繋がるんだね。なるほど、ほら、奈留。そういうことだよ」

「幽霊、だとお?」

 その事実を聞いた奈留は眉間にしわを寄せて千夏を睨んだ。どうやら状況がよく飲み込めていないようだ。千夏はそっと補足する。

「つまり、幽霊騒動は更衣室荒らしの犯人がしずくを追い出すために仕組んだデマってこと! それを奈留が偶然見ちゃっただけなんだよ」

「え、じゃあ、アレは更衣室荒らしの犯人のイタズラ?」

「そうなります。暗い校内ですから、映写機でも何でも使えばいくらでも演出は出来ますし」

「そう、そうだったのか……」

 奈留は唖然としている。本当に幽霊と信じきっていたようだ。安心する奈留の様子を見て、千夏も肩の荷が降りた気分だった。

「それにしても、幽霊騒動にしずくは何とも思わなかったのか?」

 千夏は横目でしずくを見た。しずくはしばらく空中を見つめた後、ゆっくりと首を振った。

「別にそれほど」

「それほどじゃないだろ、火の玉とか出てたんだぞ」

「火の玉が出ても不都合はない」

 しずくはぼそりと語った。

「犯人も、しずくの性格までは計算しきれなかったか」

 千夏が答えると、水菜はくすりと笑った。

「そうですね。犯人もすぐ特定されますよ。掃除ロボットの時刻を戻しに来た時の入室記録が残っているはずですから。あとは先生方に任せておいた方がよさそうですね」

 水菜はそう言って空を見上げた。


 上空には小さな雲が浮かんでいる。こうして学校のトラブルが一つ解決した。ほとんどが水菜の活躍によるものだが、友だちの活躍は見ていて気持ちが良かった。

 これで疑問点は一つ解消した。しかしもう一つ、大きな問題が残っていた。千夏はそっとその話題を切り出した。

「それでさ、今回のウィルス騒動は結局何だったの? 水菜は何か気づいてる?」

 千夏は言った。

 水菜は学校に異変が起きたとき、すぐにその原因がコンピュータウィルスであることに気づいた。水菜のつぶらな瞳には、この事態の全体像が見えているのだろう。

「その話、聞きたい」

 しずくが水菜の顔をじっと見つめる。自分の姉に予告メールが届き、しずくはそれを阻止するために動き回っていた。その事件の詳細なのだから、物事に無関心なしずくでも気になるところだろう。水菜はそんなしずくの気持ちをくみ取って、ゆっくりと話しはじめた。

「これは確証はないんですけど、私が思い当たるところを話してみます」

 さっきまでと違って、水菜の表情はどこか暗かった。息を潜めて水菜の言葉を待つ。少し間をあけて、水菜は千夏の方へ視線を向けた。

「あの……、千夏さん以外にも更衣室荒らしを追っている人がいるって話、覚えてますか?」

「ああ、覚えてるよ」

 桜子先生に更衣室荒らしを捕まえると宣言したときだ。その時の桜子先生の発言の中に、千夏以外に更衣室荒らしを追っている人物の存在をにおわせるものがあった。その時は、思い当たる人物もおらず放っておいたのだ。

「その人が、しずくさんのお姉さんに予告のメールを出し、今回のウィルス騒動を引き起こしたクラッカーだと思うんです」

「ええ、そうなの?」

「サーバー室で見た予告メールだと、七月十五日にプログラムを実行すると書かれていましたよね」

「うん、何かUSBメモリにウィルスプログラムが入っているって書いてあった。でも、七月十五日なんてとっくに過ぎちゃったてたし……」

「おそらく、更衣室荒らしの盗難品に、そのUSBメモリが混じっていたんです。宿直室から何かが持ち去られていたのを見た時にそれを確信しました。その人が事件を追っていた目的は盗まれたUSBメモリの回収。第三宿直室で盗難品から抜き取られていたのは、きっとそのUSBメモリなんです」

「で、でも、タイミング良すぎない? 水菜が盗難品の場所を突き止めた直後に更衣室からそれを奪うって……。偶然相手も同じ結論に至ったってこと?」

 千夏が言うと、水菜は真剣な表情で千夏を見た。

「千夏さん、変なことを聞くようですけど、盗聴器とかを仕掛けられた記憶はないですか?」

「と、盗聴器~? 無いよそんなの! 盗聴って、ええ?」

「これだけの騒動を起こす人物ですからそのくらいは造作も無いと思います。相手も更衣室荒らしを追っている千夏さんの動きも掴もうとしていたと思うんです。それで私たちの動向を監視して先回りした。そう考えないと、あまりにもタイミングが良すぎて……」

 水菜が言うと、奈留がおもむろに立ち上がった。そして千夏を見下ろしながら言った。

「よし、千夏、脱げ」

「ええ~っ」

「いいから! お前の服の中に何か仕掛けられているかもしれないだろ。今確認してやるから」

 奈留は千夏に腕を掴んで、強引に立ち上がらせた。

「ちょっと、掴むなよ」

「こら、暴れるな、骨が折れたらどうする」

「何をする気なんだよ! 普通折れないだろ、骨は」

「うるさいな。じゃあ水菜、千夏の服を脱がせて」

「えっ、え、ええ~っ! わ、私は、私が?」

「それしかないよ。早く裸にしないと」

「で、でも……、屋上じゃ、寒いし」

「あの、水菜、そういう問題じゃないんだけど……」

「あっ、す、すいません。私、変な想像しちゃって」

 水菜は顔を真っ赤にして俯いてしまった。その時、千夏の背後からしずくが近づいて千夏の肩に手を置いた。

「しずく、どうした?」

「そういえば、さっき抱きついたときに変わった感触があった」

「変わった感触って」

「ちょっとじっとしてて」

 しずくは千夏の背中を両手で探りだした。背中を撫で、しずくの指がわきのあたりを探っていく。

「ちょ、くすぐったいな」

「私はくすぐったくないから大丈夫」

「別にそっちの心配してないよ」

 しずくは千夏の肩のあたりを探っていた。そして後ろ襟のあたりで、しずくの手が止まった。しずくが襟を引っ張ると、首のあたりからパチンと音が聞こえた。

「これ」

 しずくは千夏に手を差し出した。

 小さな手のひらには、小型の機械が乗っていた。サイコロほどの大きさで、留め金が付いている。千夏は全く見覚えのない機械だ。奈留はしずくからその機械を取った。

「なるほどね……、間違いないな」

 奈留は盗聴器を地面に落とすと、踵で踏みつぶしてしまった。ケースが割れ、小さな回路が地面の上で潰れていた。こんな物がずっと背中にくっついていたと考えると、千夏は薄気味悪くなった。

「このくらいの形状だと、電池は持って三日ですね。三日の間に他の人に制服を渡したりしましたか?」

「おい、何か心当たりはないのか? こんな気味悪い機械くっつけて、お前はっ!」

「盗聴、ダメゼッタイ」

「ちょ、ちょっと待った。三人同時に喋るな!」

 千夏は三人を落ち着かせてから、ゆっくりと自分の記憶を探った。

 土曜日に学校へ行った時、美葉にプールに落とされた。その時制服はずぶ濡れになってしまったはずなので、おそらくあの時は付いていなかったはずだ。考えられるのはその後。千夏はしばらく考えて、ある人物の顔が浮かんだ。

「制服を渡したといえば、香苗先生に制服ボタンを付けてもらった……。その時に一瞬だけ渡したかな」

 千夏はボタンを触りながら言った。

 桜子先生に引っ張られて千切れたボタンを、相談室で縫い合わせてくれた。その時以外に千夏が他人に制服を渡した時はなかった。香苗先生が裁縫を終える間、千夏はタオルケットを被っていたし、香苗先生の手元も注意深く確認していたわけではなかった。

「松代香苗? でもあいつがそんなこと、するか?」

 奈留は言った。

 確かに、香苗先生についていえば、動機が何も思いつかない。そんな事をする人とも思えない。そうして三人がしばらく黙り込んでいると、しずくがぼそりと呟いた。

「松代香苗、お姉ちゃんの知り合い」

「え、しずくのお姉さんの?」

「うん、高校時代の同級生」

「あの予告メールって、しずくのお姉さん宛に送られたんだよね。香苗先生がしずくのお姉さんと知り合いなら、確かにメールアドレスを知っててもおかしくないか……」

「情報の授業の助手をしているし、技術的にも可能だな。動機は知らんけど、今、一番怪しいことは確かだ」

 奈留に言われ、千夏は考え込んだ。

 足下に壊れた盗聴器が落ちている。盗聴器の陰湿なイメージと香苗先生が、千夏の中で一致しなかった。しかし、これを香苗先生が仕掛けたと考えると辻褄が合う部分は多い。ウィルスプログラムも、しずくのお姉さんと知り合いであるなら、何らかのルートで手に入れることが出来たのかもしれない。

「まだ断言は出来ませんけど、香苗先生が何か知っている可能性はあると思います。もしかすると……」

 水菜はそれ以上先は言わなかった。

「どうする、千夏」

「仕掛けたのが香苗先生だとして、盗聴器壊された時点で向こうも気づいているだろ」

 千夏は頭を掻いた。

「面倒くさいけど、行くしかないよな」



    ◇◇◇



 机の上には銀色のタンブラーが置いてあった。部屋はコーヒーの強い香りで満ちている。情報実習準備室と呼ばれる手狭な教室。床には未使用のPC端末やネットワークケーブルが散乱していた。

 千夏は一人でここまでやって来た。ちなみに、この教室を特定してくれたのは、水菜としずくの二人。そして二人の予想通り、香苗先生は中で千夏を待っていた。

「この部屋だけは、異常を起こさないようになっているのよ」

 事務用の椅子に座っていた香苗先生は、椅子を回転させ千夏に向き直った。そこにいたのは、千夏の知っている香苗先生とは少し違っていた。声色が低く、気だるげな表情を浮かべて、長い足を組んでいる。

「あたしがここに来た理由、わかってたりします?」

「名推理を披露した例の頭の良いお友達は連れてこなかったの?」

「そこまで知ってるってことは、やっぱり筒抜けだったんですね」

「さあ、どうかしら」

 香苗先生はそう言って笑った。それは笑いというよりは、嘲りに近かった。


 ウィルス騒動は無事収まった。しかし騒動が校内に与えた影響は大きく、その日の午後の授業は中止となった。生徒たちは下校し、今校内に残っている生徒はほとんどいない。教員たちは職員室に集まって緊急会議を開いている。その中に香苗先生はいなかったという。

 千夏は小さなテーブルを挟んで、香苗先生の向かい側に座った。そして香苗先生の表情をじっと見つめながら、単刀直入に尋ねた。

「ウィルス騒動、香苗先生がやったんですか?」

 テーブルの表面はひんやりと冷たかった。

 香苗先生はテーブルの上に置いた千夏の両手をじっと見ている。千夏の言葉を聞いても、香苗先生は余裕の笑みを崩さなかった。香苗先生は余裕の態度で、コーヒーを口にした。

「仮に犯人だったとして、あっさり非を認める犯人なんていないんじゃないかな」

「認める気はない、って感じですね」

「あなたは何をしに来たの? 私が犯人と睨んで、大人しく自首を薦めに来た?」

「それもありますけど、何か、じっとしてられなくて……。やっぱり先生の口から話を聞かないとスッキリしないんですよ」

「スッキリねえ……。それであなた一人で来た、と」

「盗聴器を仕掛けられたのもあたしだし、適任かな、と思って」

「まあ、それが正しい判断かもね。私もあなた一人でよかったと思ってるわ」

「あたしもこれで良かったと思ってますよ。やっぱり大事な話をするときは、サシじゃないと。幸い時間もあるみたいだし」

 千夏が言うと、香苗先生は両手を組んで机の上に置いた。

「そうね、時間はたっぷりあるしね。でも、ただ話をするだけってのも芸が無いと思わない?」

 香苗先生はそう言うと、事務机の引き出しを開けて、何かを探し始めた。千夏が不思議そうにその様子を見ていると、香苗先生は言った。

「二宮さん、トランプは好き?」

「と、トランプ? ですか」

 唐突な質問に千夏の声は裏返った。香苗先生は引き出しの奥から、ケースに入ったトランプと砂時計を出した。

「そう、トランプ。高校生の時、暇な時間によくやってたわ」

「あたしも奈留や水菜と一緒にやりますよ。大貧民とか」

「大貧民もやったわね。でも私が特に好きだったのはね」

 香苗先生はケースからトランプを取り出した。そして角を揃えてテーブルの真ん中に並べた。

「ダウト」

 香苗先生はマニキュアの塗られた綺麗な指でトランプの表面をなぞった。トランプの背には深緑の格子模様が浮かんでいる。桃色の爪がその上を滑っていく。

「二人でただ向かい合って話してもつまらないでしょう。だからゲームをしながら会話するってのはどう?」

「種目はダウト、ですか?」

「もちろん」

 香苗先生は言った。

 ダウトなら、千夏も何度もやったことがある。

 プレイヤー全員にカードを配り、1から順番にカードを場に出していく。先に無くなったほうが勝ちというシンプルなゲームだ。

 場に出すカードは、相手に数字がわからないように伏せる。どの数字を何枚出すかはプレイヤーの自由。2を出す番に10を四枚出してもいい。ただし相手からダウト(嘘)を指摘されたら、場に出ているカードを全て引き取らなければならない。ダウトが外れた場合は、ダウトを宣言したプレイヤーが場のカードを引き取る。こうして嘘をつきあい、カードを押し付け合い、あがりを目指す、そういうゲームだ。

「でもプレイヤーは二人だし、ただのダウトじゃつまらない。だから特別ルールを設けましょう」

 香苗先生は並べられたトランプをひっくり返した。ドミノが倒れるように、カードは綺麗に裏返った。

「カードを場に出す時に、ダウトをされて嘘を見抜かれたら、相手からの質問に正直に答えないといけない。相手のダウトが外れたら、逆に相手がこちらの質問に正直に答えないといけない。質問は一つ。どんな質問が来ても必ず真実を答えないといけない」

 香苗先生はじっと千夏の目を見ていた。

 必ず真実を答えなければならない。今の香苗先生にとっては一番嫌なルールではないだろうか、千夏はそう思った。しかし香苗先生の目を見て、その考えが間違っていたことに気づく。香苗先生の視線には千夏に対する挑発が混じっている。自分が負けるはずがないと、自信を持っている目だ。

「始める前に、質問に嘘はつかないと、真実の誓いをたてる」

 香苗先生はそう言って、ボイスレコーダーを取り出した。ボイスレコーダーは小型のものだ。それでも数時間は録音出来るだろう。

「もちろん、会話はきちんと記録する。勝った方にこの録音データを差し出す。あなたが私から真実を聞き出して勝利すれば、自白の証拠が手に入るかもしれないわよ。私の本心が知りたいあなたにとっては打って付けのゲームだと思うけど」

「ちなみにゲームをせずに、香苗先生が本心を語ってくれるってのは……」

「それはないわね」

「ですよね~」

 千夏はこめかみを掻いた。どのみち千夏に選択肢はないようだ。

「お互いにダウトを宣言しなければ何も起きない。どちらかが行動さえ起こさなければ、お互い何も告白せずにゲームを終えることが出来る。お互いに興味が無ければ、ゲームにすらならない遊び。あなたは私のこと知りたい? そのために自分を晒す勇気はある?」

 香苗先生に聞かれて、千夏は大きく頷いた。

「もちろん、それだけが取り柄なんで」

 千夏の答えを聞くと、香苗先生はボイスレコーダーのスイッチを入れた。

「じゃあ始めましょうか。一年七組の二宮千夏さん」

「やりましょう、松代香苗先生」

 そして、二人はボイスレコーダーの前で真実の誓いを立てた。


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