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ロケット日和(2)

 大きめのコップに生卵を二つ。そこへスプーン二杯の蜂蜜を入れ、醤油を数滴。あとはコップいっぱいに牛乳を注ぎ込み、よ~くかき混ぜる。

 奈留はそうして作った謎の液体を半分ほど飲み干し、大きく息を吐き出した。

「くはっ、やっぱりこれが効くわあ」

「……何なんだよ、その気持ち悪い飲み物は。何故生卵を飲む。おじいちゃんか、お前は」

「これが健康にいいんだよ」

 奈留は自慢げに言った。


 千夏と奈留は、屋上のフェンスに二人並んで座っていた。

 地面には茶色のタイルが敷き詰められており、その上に千夏が持参したお茶やお菓子が並べられている。太陽の光が染みこんだタイルはほんのり温かかった。

 屋上のフェンスに寄りかかると、背中から涼しい風が吹き抜けていった。乾いた風は体に溜まった熱を払っていく。奈留は大きく欠伸をしながら呟いた。

「こうやって屋外でお茶するのも悪くないな」

「そうだな。お前が飲んでるのは全然お茶じゃないけどな」

 奈留の欠伸が伝染したのか、千夏も大きな欠伸をした。


 千夏と奈留が高校生になったのは、今年の春のことだ。二人とも小学校時代からの腐れ縁で、高校入学後も同じ学科、同じクラスとなった。

 二人が通うのは白丘学園しらおかがくえんという、生徒数二千人を超える規模の女子校だ。敷地もそれなりに広く、校内にはいろいろな種類の建物が乱立している。

 白丘学園は女子校にしては珍しく、科学、工学を専門とした教育が行われる学校としても有名でもある。

 様々な先端技術を取り入れ、施設も普通の学校に比べてシステム化が進んでいる。校内を歩いていても、何に使うかわからないような機器もよく見かけるくらいだ。

 屋上から見える大きな体育館は、二千人近い生徒を収容出来るだけあって、普通の学校のものよりずっと大きかった。


「そういえばさ、全校集会って一体何の話してるの?」

 千夏はふと疑問に思っていたことを奈留に尋ねた。

 全校集会のことを告げられたのは今朝のことだ。千夏はその急な召集が気になっていた。普通、夏休み明けなどに行われることが多いので、時期はずれでもある。

「ああ、それなら『更衣室荒らし』の件についてだよ」

「更衣室荒らしって、例のあれ?」

「そう、学校側も重い問題として受け止めてるんだってさ」

 奈留は他人事のように言った。


 白丘学園の更衣室が荒らされていたのは、二日前のことになる。

 プールの授業や体育の着替えなどで使われる更衣室から、財布や貴重品、水着や下着類が盗まれていたのだ。盗まれた品は100点以上。二日経った今でも犯人は不明で、盗まれたものも見つかっていなかった。

「ふざけた事件だよな。犯人は何考えてんだか」

「今頃女子高生の下着を抱えて、ハアハアしてるんじゃない」

「リアルなこと言うなよ。まあ、金品も盗られているとはいえ、下着泥棒だから、男が犯人なんだろうな。となるとうちの生徒は除外されるわけか」

「何言ってんの奈留。そんなのわかんないよ~。下着だって売れば金になるし。白丘学園から収穫したてのホヤホヤですっていえば、箔がついて高く売れるかも」

「発想が完全に犯人だな……。お前がやったんじゃないだろうな」

「ち、違うよ! 可能性の一つを話しただけ。まあ、男性教師とか? 後は事務関係の人とかがやった可能性が高いんだろうけどさ」

「でも更衣室付近を男がちょろちょろ歩ってたら、さすがに誰か気づくだろ」

 奈留は首をかしげた。それは確かに奈留の言うとおりだった。


 白昼堂々行われた大胆な犯行にも関わらず、目撃者がほとんどいない。それは事件の謎の一つでもあった。

 更衣室周辺は体育館や屋内プールへの通路に面している。その通路は体育の授業で頻繁に使われるので人通りは多いはずだった。100点以上の荷物を持ち、誰にも見つからずにそこを歩くのはさすがに無理がある。

「誰がどうやってやったんだろうな」

 奈留は腕組みして考え込んでいる。その隣で、千夏はごろりと寝転んだ。

「奈留、そう考えこむなよ、事件ならそのうち解決するからさ」

「何だよ、その根拠のない自信は」

「根拠ならあるよ~ん、ふひひ」

「何を楽観的な……。解決って、誰がどうやって」

「いるじゃない。こういうトラブルが起きたとき、解決してくれる頼もしい人が」

「頼もしい人?」

「そう、学園のトラブルシューターこと、あたし、二宮千夏がね!」

 千夏は勢いよく跳ね起き、ビシっと親指を立てた。奈留はしばらくじとっとした視線を千夏に向けてから、小さな声で呟いた。

「トラブルメーカーじゃなくて?」

「違う違う! シューターの方ね? 解決するほう」

「千夏が事件を解決してる所なんて一度も見た事ないんだが」

「ああもう! このバカ、芋娘がっ! 見た事のあるものしか信じられないのか? そんなんだから最近の女子高生はうんたらかんたら……」

「おい、話がすり替わってるぞ」

「とにかく! この事件はあたしが解決する。今回はその宣言をしに来たんだよ」

 千夏はそう言い切ってから、近くに置いてあった銀色のトランクをひっぱり出した。

「というわけで、もう一発」

「もう一発って、またロケット?」

「もちろん。開始の合図みたいなもんだよ。開会式に花火を打ち上げるのと同じ。しかも今度はど派手なやつね」

 千夏が胸を張ると、奈留にじろりと睨まれた。

「まさか火薬燃料は使ってないだろうな……」

「わ、わかってるって。使ってないよ」

「今度学校であんなもん飛ばしたら、間違いなく停学だぞ」

「だから今回は安全性を考えて、火薬燃料不要のペットボトルロケットにしたの! ちゃんと考えてますよ、その辺は」

 千夏はきっぱりと言い切った。

 一度、五月くらいに火薬燃料を使ったロケットを打ち上げしたことがある。

 市販のモデルロケットに少し手を入れたものだが、誤ってあらぬ方向へ飛ばしてしまい、サッカーのゴールネットを燃やしている。その時にこっぴどく叱られたのだ。

「まあ、安全っていうならいいけど」

「だろ、安心してそこに座ってな。しかも今回のはただのペットボトルじゃないぜ」

 千夏はトランクを開け一本のロケットを取り出した。

「はい、というわけで、今度のペットボトルロケットには花火を百発ほどつけてみました」

「結局火薬じゃねえか!」

 千夏が取り出したペットボトルロケットには、びっしりと花火が巻き付いていた。

 元のペットボトルの表面はもう見えなくなっている。導線は複雑に絡みあって、四方八方に伸びている。

「ヤバイな~、飛びすぎて航空法に引っかかっちゃうよぉ」

「心配すんな、一メートルと飛ばずに爆散するから」

「それは結果を見てからにしろ!」

 千夏は用意したロケットを発射台にセットした。

 ポンプを使ってギリギリまで空気を入れ、花火の導火線に着火してから発射レバーを引く。想定通りなら水圧で上空に上がったて数秒後、花火に点火し、その推進力でさらに上空へ上っていくはずだ。

 千夏はライター片手に早速発射態勢に入った。

「行くぞ奈留、って、ええ~っ、ちょっと遠すぎでしょ」

 さっきまで隣にいたはずの奈留は屋上の入口付近まで後退していた。

「一人で勝手に焦げ死ね」

「失敗前提でひどいこと言うなよ! 見てろよ。カウントダウン開始!」

 千夏はライターに火を点けて、発射レバーを握った。

「3、2、1……、行っけぇ~っ!」

 導火線に火が点いたのを確認し、千夏はレバーを引いた。千夏のかけ声と共にロケットは上空に飛んでいく。

「よし予想どお……、あれ?」

 しかし、真っ直ぐ飛んだのは一瞬だけだった。

 ロケットはすぐにバランスを崩し、真横に飛んでいってしまった。屋上からどんどん遠ざかっていく。それを見計らって奈留が千夏の隣へ近づいて来た。

「失敗みたいだな」

「な、まだだっ。これから体勢を立て直すんだ」

 そう言ったが、ロケットはすでに失速していた。

「ああっ、千夏7号? しっかり!」

「ああなったらもう無理だな。っていうかあんなの7個も作ったのか……」

 失速したロケットは一直線に屋上の外へ落ちていく。

 落下地点にあるのは職員用の駐車場。ロケットは学年主任である田所先生のBMWに向かって落ちていった。

「よりによって田所の新車に向かって飛んでくぞ」

「だ、大丈夫、ペットボトルロケットだから、万が一当たっても、それほどの衝撃には……」

 しかし次の瞬間、空気を裂くような甲高い音が響いた。今になってペットボトルから無数の花火が発射したのだ。千夏は思わず目をつぶる。

 しばらく爆発音が鳴り響いた。恐る恐る目を開けると、田所のBMWは真っ白な煙に包まれていた。火薬のにおいは屋上まで届いてくる。

「……」 

「……」 

「……うん、ある意味、成功!」

 千夏は陽気に親指を立てて見せた。


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