人気コンテンツ :約6000文字 :SF :宇宙人
「はいはい……おっ」
夜。夕食を終え、ベッドでだらだらしていると、ふいにインターホンが鳴った。最初は無視しようかと思ったが、何度もしつこく鳴るので、おれは仕方なく起き上がり、玄関に向かった。
ドアを開けた瞬間、おれは思わず声を上げた。そこに立っていたのは、黒いスーツに黒いネクタイ、黒い帽子という全身黒づくめの男が二人。まるで葬儀屋のような雰囲気で、しかも双子だったのだ。
髪型も背格好も顔立ちも寸分たがわない。いや、双子にしてもあまりにも似すぎている。ちょっと目を離した隙に左右が入れ替わっても、おそらく気づかないだろう。
「夜分遅くに失礼いたします。とりあえず中へ入れていただいても?」
「え、いや、それは……」
おれはちらりと部屋の奥を振り返った。
「あなたに大事なお話があるのです」
「ここではまずい。時間も限られているので、さあ、早く」
「いや、ちょ……」
断る間もなく、二人はドアを押し開け、半ば強引に身体を滑り込ませてきた。おれはそのまま後ろへと追いやられ、結局二人を部屋に通すことになった。
おれは慌ててベッドの上の物に掛け布団を被せ、床に散らばっていた弁当の空容器や雑誌、脱ぎ捨てた服などを足で部屋の隅へ押しやり、どうにか座れるだけの空間を確保した。
「ふー……いや、なんなんだよ、あんたら……」
少し冷静になってみれば、おれも相当に迂闊だった。何者かわからないどころか、押し込み強盗という可能性だってある。今さらながら警戒心が湧き上がり、足先からじわじわと冷えていくのを感じた。
「端的に申し上げますと、私たちは宇宙人です」
「は? ――えっ!」
おれは思わず目を見開いた。男たちが帽子のつばを掴んで持ち上げた。すると、顔の皮膚ごと――マスクだったらしい――するりと剥がれたではないか。
その下から現れたのは、青黒く細かな凹凸に覆われた肌。そして異様に大きな黒目だった。どう見ても人間ではない。特殊メイクという可能性も一瞬頭をよぎったが、わざわざそんな手の込んだ真似をして夜中におれの部屋に押しかける理由が思いつかなかった。
「……い、いや、なんで宇宙人が」
本物だとしても、なぜおれのところに来たのか。そう訊ねようとしたが、喉が震えてうまく声にならなかった。いや、喉どころか全身が小刻みに震え、足から力が抜けていく。おれはとうとう立っていられなくなり、その場にへたり込んだ。
すると宇宙人たちは顔を見合わせ、無言で頷き合った。そして顔を元通りに被せ直すと、おれと向かい合う形で床に腰を下ろした。どうやらおれが冷静に話を聞くと判断したらしい。こちらとしては単に腰が抜けて動けなくなっただけなのだが、訂正する余裕もなく、おれは黙って唾を飲み込み、ただ二人の顔を交互に見つめた。
「なぜ私たちが来たか、ですよね?」
「なんと説明すればいいか……まず、あなたの生活は私たちの星ですべて生配信されています」
「は、配信……?」
「そうです。あなた方もやっていますよね? 動物園や水族館、砂漠の水場や繁華街などの様子を二十四時間生配信しているでしょう」
「あ、ああ……」
確かにおれも何度か見たことがある。水族館のペンギンや鳥の巣を延々と映し続けているネット配信だ。何が起こるでもないのに、なぜか一定数の視聴者がついていた。
「でも、おれが配信?」
おれはぐるりと室内を見回した。棚の上やテレビの周辺、天井の隅まで視線を這わせたが、隠しカメラらしきものはどこにも見当たらない。誰かが侵入した形跡もなければ、ここ数か月の間に普段と変わったことが起きた覚えもなかった。
宇宙人はおれの考えていることを察したのか、短く「ああ」と呟いた。
「カメラはありませんよ。衛星から撮影しているのです」
「前後左右、斜め、あらゆる角度からね。こうしてこの星に来ているのです。私たちの技術力についてはご理解いただけるでしょう」
宇宙人たちはどこか誇らしげにそう言った。
「それで今、あなたは大変人気のコンテンツとなっておりまして」
「え、おれが……?」
「ええ。それはもう、すごいことになっています」
宇宙人は噛みしめるように頷いた。一瞬ピースサインでもしようかと思ったが、すぐに思い直した。得体の知れない恐怖が全身を覆っており、そんなおちゃらけた真似をする余裕などなかった。
「で、でも、なんでおれが? おれはごく普通の……いや、普通以下の生活というか……顔だって……」
おれは再び室内を見回した。木造の狭いボロアパートで一人暮らし。三十を過ぎても仕事はアルバイト。友人も少なく、人に話せるような趣味もない。悲しいかな、これといって見どころのない、つまらない人生だ。この二人が宇宙人だということは信じられても、自分が人気コンテンツになっているという話だけはどうにも呑み込めなかった。
「確かに。あなたの顔はひどいものです」
「でしょう……いや、ちょっと」
「ですが、私たちの美的感覚からすると、とてもかわいらしいのです」
「プラパイオという愛称で親しまれています」
「プラパイオ?」
「はい。地球語に訳すと、えー、『パンツくん』ですね」
「パンツ……」
やはり信じがたい話ではあったが、宇宙人がわざわざおれを騙すためだけに地球までやって来るとも思えない。仮にすべてが嘘だったとしても、おれにはそれを確かめる術がないのだ。ならば、ここはひとまず素直に呑み込んでおくしかないか。
おれはそう考え、ついでに唾も飲み込んだ。
「それで……何の用なんですか? サインでも書けばいいんですか? あ、それとも、あなたたちの星に招待してくれるとか?」
「いえ……少々お願いがあって参りました」
「とても重要なお願いです」
宇宙人たちは先ほどまでの妙に嬉しそうな態度とは打って変わり、神妙な顔つきで身を乗り出した。その様子につられて、おれもつい前のめりになった。
「あなた……最近、友達ができたようですね」
「……え? あ、ああ。まあ」
すぐにはピンと来なかったが、彼らのことを言っているのだろうか。ネットゲームで知り合った連中だ。最近になって実際に会い、一緒に飲みに行ったのだ。
会う直前までは仮病でも使って、やっぱりやめておこうかなどと考えていた。どうせ、うまく喋れず嫌な思いをするだけだ。会話に入れず、置物のように一人でちびちびと酒を飲むだけだろうと。だが、そんな心配は完全な杞憂だった。全員気のいい連中で話もよく合い、店を出る頃にはまた飲みに行く約束までしていた。あれから何日か経っても、カレンダーを見るとついついほくそ笑んでしまうほどだった。
「縁を切ってください」
「は!?」
「では、よろしくお願いします」
「そろそろ時間ですので失礼します」
「い、いや、ちょっと待ってくださいよ! ちゃんと説明してください!」
立ち上がりかけた二人をおれは慌てて引き留めた。
「あまり時間がないのですが……」
「今はメンテナンス中ということで、配信を停止しているんです。我々が接触するのはかなりグレー……いや、正直に言えば真っ黒です」
「いや、だからってどういうことなんですか。友達なんて他にいないんですよ。それを縁を切れだなんて……」
「だからこそです」
「え?」
「あなたは友達なし、金なし、彼女なし、不細工、汚い、貧相、薄毛、ニキビだらけ、小太り、だらしない――」
「どんだけ言うんだよ」
「とにかくかわいそうな人間なのです」
「人間社会の鼻つまみ者でありながら、犯罪に走ることなく健気に生きている。その姿が視聴者の心を強く打っているのです」
「ひどい言い草だ……。自分で言うのもなんだが、それでよく人気があるな」
「視聴者の反応としましては、『これは拷問だ』『パンツくんを保護してください』『パンツに自由を』『パンツ・ザ・モンキーを虐待から救え!』『パンツは劣悪な環境で暮らしている。早急に対策を講じるべきだ』など、かなり熱量の高い声が寄せられていますね」
「実は、我々の星は他星系国家と小規模な戦争状態にあるのですが、国民の大半は戦況よりもパンツくん――つまり、あなたのことを気にかけています。ニュースを見ない層でも、あなたの情報は逐一入れているそうですよ」
「気が知れんな」
「まあ、総統のスキャンダルを誤魔化すために始められた戦争ですからね」
「皆、最初から冷めた目で見ているのです。熱狂しているのはよほどの馬鹿――いえ、愛国者だけです」
宇宙人は肩をすくめた。その話だけはなぜか少し共感が持てた。
「そんなことより、今後現地観察ツアーを組もうという話まで出ているんですよ」
「大人気です。実際にあなたの姿を見たいという人が大勢いるんです」
「いじめられている異星人をわざわざ見に来るとは……いや、別にいじめられているわけじゃないが」
「そういうわけですから、今ここで友達なんて作られては困るのです」
「これまでどおり、孤独で不遇な暮らしを続けてください」
「それはつまり……やらせみたいなものじゃないのか」
「演出です」
片方が即答した。
「疎まれ、蔑まれ、それでも健気に生き続けている」
「夜はたった一人で人形を抱いて眠り、いつか……いつか人間社会の仲間入りしたいと夢を見ている。ああ……」
宇宙人たちは揃って感嘆の息を漏らした。どうも頭の中で勝手な物語が出来上がっているらしい。
「いや、人形と寝るなんて、そんな子供みたいなことしてませんよ」
おれは苦笑しながら首を傾げた。
「え? いるじゃないですか」
そう言うと、片方の宇宙人がすっと立ち上がり、ベッドに向かって歩き出した。
「ほら、これ」
「ちょ、ちょ、ちょっと」
宇宙人が掛け布団をめくった瞬間、おれは慌ててベッドに飛びつき、“それ”を両腕で抱え込んだ。
「ほらあ、そんなに大事なんですね」
「いつも腰を擦りつけて、熱烈な愛情表現をしていますよね」
「い、いや、これはその、ダッチワ……と、とにかく、あんたらの事情なんか知るか!」
おれは掛け布団を引き上げてダッチワイフを隠し、二人を睨みつけた。宇宙人たちは顔を見合わせると肩をすくめ、首を横に振った。
「それでは困ってしまうんですよ」
「だから、おれには関係ない……いや、待てよ」
ふいに、ある疑念が脳裏をよぎり、おれは拳を強く握りしめた。
「まさか、おれの人生がうまくいかないのは全部おまえらの仕業なのか」
そう口にした瞬間、背筋がぞくりと震えた。そう考えれば、これまでの人生で起きたことすべてに納得がいった。過剰な演出で視聴者の興味を煽り、惹きつけているのだ。おれの意思や人生などお構いなしに。
ああ、なんてことだ。宇宙人には倫理観というものがないのか。地球人類など辺境に住む猿程度にしか思っていないのか。勝手に観察して娯楽にするだけでなく、手まで加えるとは。まるで悪魔……こいつらは悪魔そのものだ。
「いいえ、関係ありません」
「干渉したのは今回が初めてです」
「あ、そ」
「私たちの予測によれば、友達がいようといまいと、あなたの人生は今後も最底辺です」
「だったら、より多くの人を楽しませたほうが有意義ではありませんか」
宇宙人は薄く笑いながら事もなげに言ってのけた。
おれは絶句した。怒る気力すら失っていた。ああ、結局話しても無駄だ。相手は宇宙人なのだ。地球人とは価値観も倫理観も何もかも違う。こちらがどれだけ真剣に訴えたところで、『パンツくんがキーキー鳴いているよ。かわいそう』程度にしか感じないのだろう。おれの人生がどうなろうと、それを面白いかどうかでしか判断できないのだ。
だが――舐めるなよ。猿扱いされようが、こっちは真剣に生きているのだ。毎日必死に……! おれの人生はおまえらの暇つぶしのためにあるんじゃない。
再び怒りの炎が燃え上がり、おれは怒鳴りつけてやろうと大きく息を吸い込んだ。
「代わりに、あなたに彼女を作って差し上げます」
「えっ」
吸い込んだ息が間の抜けた声になって漏れた。
「コンテンツとしてのピークが過ぎた頃合いでね」
「ええ。いわゆるハッピーエンドというやつです」
「お、おお……」
「人間社会から爪弾きにされ続けたけれど、最後には受け入れられた。結局、視聴者はそういう結末を望んでいますからね」
「資産家の娘なんていいでしょう。その後もしばらく配信を続ける予定ですから、その間にあなたを敵視する個体が現れたとしても必要な措置を取ります。だからご安心を」
「そ、それはいつ頃……?」
おれは身を乗り出して訊ねた。
「私たちの予測ですと……ピークは来年頃ですかね」
「今はコンテンツが多様化していますから。視聴者も飽きるのが早いんですよ」
宇宙人たちはまた肩をすくめた。
てっきりもっと先、老人になった頃の話かと思っていた。それが、あと数か月、長くても一年我慢すれば今よりずっと良い暮らしが手に入るのか。彼女、それも資産家の娘だと。悪くない。いや、それどころか最高ではないか。これまでの人生、良いことなんてほとんどなかった。それが一気に逆転するのだ。あと一年くらいどうということはない。
「では、よろしくお願いいたしますね」
「ああ、そっちもな」
おれは宇宙人たちと固く握手を交わした。二人は玄関を出ると、廊下の暗がりへと消えていった。おれはその背中を見送りながら、この先に待つ新しい人生をぼんやりと思い描いていた。
その後、おれは変わらない日々を送った。バイト先では上司に尻を蹴られ、誰かと飲みに行くこともなく、仕事が終われば家に帰ってアニメやゲームに興じ、シコった。風呂はたまにしか入らず、わざとドブに足を突っ込んだり、シコリ、小銭を派手に落としたり、何もないところで転んだりもした。さらには、あえて柄の悪そうな連中に近づいて絡まれたりもした。
すべては視聴者サービスだ。どんな不運も人気に繋がっていると思えば、どうということはなかった。
殴られ、罵倒され、金を奪われ、嘲笑されても、おれは腹の内で笑っていた。その分だけ、きっと見返りはデカいぞ、と。今の惨めさは、すべて未来の幸せへの投資なのだ。おれには宇宙人がついている。その思いを胸に、おれは不遇な日々を喜んで耐え続けた。
そして一年後。連中が再びおれの前に現れた。
だが――おれに彼女を作りに来たわけではなかった。
空を覆い尽くすほどの巨大な宇宙船。その船体の各所から無数の小型戦闘機が次々と飛び出し、人々を虐殺し始めたのだ。
建物が爆発とともに砕け散り、光線を浴びた者が一瞬で消し炭となり、硝煙と焼け焦げた匂いで空気が淀んだ。熱風が通りを駆け抜け、あちこちで悲鳴が上がった。人々は我先にと走り、倒れた人間を踏み越えていく。だが避難しようと駆け込んだ先の建物も、次の瞬間には爆風で吹き飛ばされた。割れた窓から飛び散ったガラス片が身体に突き刺さり泣き叫ぶ者、炎に包まれながらよたよたと走る者。
道路には血と肉片が散乱し、どこを見ても瓦礫と炎と死体、死体死体の嗚呼、阿鼻叫喚の地獄絵図。
おそらく、今がコンテンツとしてのピークなのだろう。
連中は国を挙げておれを救いに来たのだ。――ただ、おれが本当に救われるかどうかまではわからなかった。




