先輩が意外とわたしにわがまますぎて滅
「おつかれさまです……カワハラ先輩」
放課後。河原サイが自宅に帰ろうとスニーカーに履き替えていると、背後から女の子特有の黄色い声がきこえた。
黒髪でスポーツ刈りの彼がふりむく。
自分よりもひとまわりほど小さく見える、茶髪のミディアムの彼女を見下ろしている。
「芦羽か」
サイの反応が不満なのか、芦羽クメラが頬をふくらませた。
「こんなにかわいい女の子が、いっしょに帰ろうとしてあげているんですから。もっとよろこんでくれないと」
「充分によろこんでいるつもりだ」
「あっ……すみません。先輩が表情筋をつかうのが苦手なのを忘れてました」
ふかぶかとクメラが頭をさげている。
茶髪のミディアムの彼女がおじぎするのをやめてサイの顔を見上げた。
「あいかわらず真面目だな」
「どこらへんがですか、見た目からなにからすべてにおいて……ギャルの始祖みたいな感じですよ」
スポーツ刈りの彼が首をかしげる。
「ギャルの始祖?」
少なくともギャルのような雰囲気はみじんもないクメラの全身を観察するようにサイが視線を動かす。
「優等生とまでは言わないが、一般的な女子生徒の姿にしか見えないんだがな。その髪も地毛のはず」
茶髪のミディアムの彼女が自身の小さな両手の爪を見せた。
「うっすらと爪がきらきらしているな」
「ラメですね。ギャルの証みたいなものです」
そうなのか……とぶっきらぼうにスポーツ刈りの彼が返事をする。
「帰りましょうか」
歩きだしたクメラを、サイが追いかける。
「つっこみって、まじで大事だわ」
茶髪のミディアムの彼女がつぶやいていた。
「前にも言ったと思いますけど先輩は彼女をつくらないんですか? わりとモテモテなのに」
「必要性を感じないからな」
「飾り気もなにもありませんね」
「芦羽もいるからな」
「そういう返事のしかたはまじでやめたほうがいいかと。わたし以外だったら勘違い案件ですよ」
勘違い案件? とはなんだ……とでも言いたそうにサイが隣を歩くクメラのほうを見ている。
「先輩はわからないと思いますが、女の子はわりとポジティブシンキングなんですよ。自分を高嶺の花と信じているというか」
「以前と同じような質問をしてきたということは、芦羽はおれに興味があると思っていいのか?」
茶髪のミディアムの彼女が動きをとめる。
信じがたいものを見るような顔つきで、クメラがスポーツ刈りの彼を見上げていた。
「そんなわけありませんよ!」
「そうか……すまなかった」
「はっ、すみません。条件反射でつっこみを」
とくに気にしてないのか表情を変えずにサイは、慌てているのであろうクメラをじーっと。
「高嶺の花かどうかはわからないが……異性として芦羽は魅力的だと思う」
「今のも勘違い案件。今のも勘違い案件。今のも」
顔をそらして、茶髪のミディアムの彼女が自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「飾り気がないぶん、タチが悪すぎる」
「変なことを言ってしまったようだな。お詫びでもないがタコ焼きをおごらせてくれ……今日は割引をしてくれるようだし、問題ないだろう?」
「問題ありですよ! ちゃんと割り勘しないと!」
財布を取り出しているクメラを見てか、少しだけサイが表情をゆるめていた。
「はあー、いつ見てもですけどイカ屋のタコ焼きはまじでソースとマヨネーズと朝までおどってくれるカツオ節の比率が完璧っすよね」
「そうなのか?」
「そうなんですよ。これも前にも言いましたよね。この比率がほんの少しでも狂うだけで食感がまるで違うものになるんです」
たとえるなら、タコ焼きがタコっぽいタコ焼きになるぐらい変化してしまって。
などと熱弁しているクメラを、タコ焼きをもっているサイはしばらくだまってきいていたが。
とつぜん、茶髪のミディアムの彼女の唇がせわしなく動かなくなった。
「先に食べてくれてもよかったんですよ」
「こういうのはレディーファーストじゃないのか。それにたしか芦羽は猫舌だったはず」
目立った反応も返事もせず、隣を歩くサイのもつタコ焼きをクメラがつまようじをつかい食べる。
「今のは勘違い案件じゃなかったのか?」
「わたしの頭の中の審判がセーフだと言いました」
「判断基準がむずかしいようだな」
「そんなことより先輩も食べてください」
同じぐらいの大きさのはずのタコ焼きを、サイが自分の口に運ぶ姿をクメラが不思議そうに見上げていた。
「なんか……タコ焼きが小さくなったように見えるので先輩が損して」
「そんなことはない。芦羽といっしょにタコ焼きを食べているからかもしれないが……ひとりで食べるときよりも満たされているような」
「勘違い案件!」
「すまなかった」
「謝らなくていいんですよ! 勘違いだから」
勘違い……なんですから。
なにかに気づいたかのようにクメラが同じような台詞をくりかえしている。
「わたしと先輩は……後輩と先輩というだけで卒業したら多分そのあとは」
ふだんよりもさらに小さくなったように見える、茶髪のミディアムの彼女をサイが見つめていた。
「おれは芦羽をできた後輩だと思っている」
クメラが首をかしげるような動作をする。
「はあ……ありがとうございます」
うれ……しゃべろうとしていた茶髪のミディアムの彼女の口のほうにスポーツ刈りの彼がつまようじを刺したタコ焼きをちかづけている。
「食べてくれ」
「あっ、えーっと……はい」
さっきまで一口で食べていたはずのタコ焼きを、クメラが半分ほどかじった。
かわいらしい大きな両目がサイを見上げている。
「その……とつぜんなんですか?」
「芦羽に笑ってほしくなった」
「勘違い」
「芦羽といっしょに帰れないときはなんだかわからないが、さみしい気持ちになるときがある」
具体的なことは言えないが、これまでの積み重ねというか芦羽との絆のようなものをおれなりに感じとっているんだと思う。
とサイがいつもと同じように淡淡としたしゃべりかたで続けている。
目を見開くも、すぐにクメラは首を横にふった。
「先輩は思っていたよりも友達思いなんですね」
「友達思い?」
「そうですよ。帰り道はだれだって……なんとなくさみしい気持ちがあるものなんです。多分、先輩は今のわたしも同じような」
「それだけは違うな」
怒ったような表情のサイがはっきりと否定する。
「芦羽クメラはこの世でひとりだけだろう?」
「本当……飾り気もなにもありませんね。その言葉が年下の女の子にどんな影響を与えてしまうのか、わかっているんですか」
「笑ってくれるんじゃないか?」
「それなりに面白いジョークでしたからね」
残りのタコ焼きも食べきり、いつもと変わらない芦羽クメラにもどっていた。
サイが不思議そうに首をかしげる。
「先輩は意外とわがままですよね」
どこまでも付き合いますよ。
先輩が、そのさみしくなっちゃう気持ちの理由に気づいてくれるまで。




