#18 「一緒です」
クラスメイトたちが帰り始め、場が少し落ち着いた所で、
「──染井君」
声の主は吉野さん。
互いにあんなことをしでかしたというのに、彼女は何事も無かったかのように落ち着いている。
まあ、どうせ全て戻って無かったことになると確信していれば、特に気にすることも無いのだろう。
僕が気にし過ぎているだけなのかも知れない。
「この後いいでしょうか? お話があります」
「えっ、ああ、うん……」
会話する僕らを、まだ残っている何人かが遠巻きに、期待と好奇で輝く眼差しで眺めていた。
これも今回限りの辛抱、と言い聞かせて耐え、平静を保つ。
「人目があるので、皆が帰って静かになった後で。待ち合わせは……例の場所で」
「そうだね、分かった」
そうして一旦別れ、校内を適当に散策するなどして時間を潰した。
陽が西に傾いて、辺りがオレンジ色に染まり出した頃、前回別れた頃を見計らって、僕は目的地へと歩き出した。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
「いいえ。ほんの数分前に来たばかりです」
吉野さんは、既に校門で待っていた。
「その……さっきの自己紹介の時のことだけど……」
「はい、注目の的でしたね。私も……あんな体験は初めてでしたし、根掘り葉掘り訊かれました。染井君とはどういう関係なのか、とか、彼のことをどう思っているのか、とか」
「やっぱり。それで何て答えたの?」
「明日話すから、今日はお引き取り下さいと」
「だよね。それが最善の手だよ」
今はもう、周りに誰も居ない。
二人だけの時間が流れている。
「え~っと……話って、そのことについて? それとも……」
「はい。ループの件についてです」
真面目な話を始めるのだと分かり、僕も姿勢を正した。
「私の逃避と恐怖がこのループの原因ではないか、というのが染井君の仮説でしたね」
「結構自信あったんだけどな……。結果は見ての通り」
あれからも考えてみたが、良い考えは思い浮かばなかった。
「昨日──前回の時点で疑問に思っていました。もし本当に私のトラウマが原因なら、どうして染井君までループの理から外れているのか、と」
「それは……確かに」
吉野さんの壮絶な過去やネガティヴな意識にばかり気を取られていて、その疑問点を見落としていた。
「それで、一つの結論に達したんです。もしかしたら、私だけが原因ではないのでは、と」
「確かにその可能性は僕も考えたけど……でも一体誰が? だって、他にループを自覚している人なんて知らないって言ってたよね? ……もしかして見つけたの?」
吉野さんは首を横に振り、
「いいえ、他にそれらしい人は居ませんでした──今私の目の前に居る、染井君以外は」
「僕……!?」
思いも寄らない答に、ブンブンと首を横に振って否定する。
「いやいや、ちょっと待ってよ。僕がこのループを望んでいる? 有り得ないよ。僕がループを終わらせようと色々とやってたのは、吉野さんも見てきただろう?」
同じ朝食、同じ会話、同じ入学式──変わり映えのしない日常など飽きて、どうにか抜け出したいと考えるのが自然な心理だ。
「ではどうして、私だけでなく染井君までループを自覚できているのでしょうか?」
「そんなこと、僕が知りたいよ……」
「何かあるんじゃないでしょうか? 先へ進みたくない、このままでいい、と無意識に思ってしまうような動機が、染井君にも……」
生徒を詰問する教師のように、吉野さんが静かに言葉を続ける。
「言っていましたね。仲良し四人組の中で、自分だけが学校が変わってしまって寂しい、と。今日の登校中にそのお友達と偶然再会したとも聞きました。もしかして、それなのでは?」
「えっ……」
照沢雄人、海野大吾、浜田敦──三人の顔が脳裏に浮かぶ。
中等部の卒業式以降、互いに入学や進級、新生活の準備やらで忙しく、彼らと今朝まで対面する機会は無かった。
「繰り返される『今日』が終われば、次また四人で顔を合わせる機会がいつになるか分からない。だから……」
「そんなつもりは全然無かったけど……確実に会える今日に──4月1日に執着していた、と……?」
吉野さんの指摘通り、あの三人との再会に、僕は喜びや安堵を感じていた。
加えて言うなら、あの美人ママの記念撮影も当て嵌まるのかも知れない。
感謝されたくて、何度でも同じ優しさと感謝を貰いたくて、ループの度に申し出をしていた。
結局、僕は過去の良い所取りをしていただけだったのかも。
未来に進むのなら、起きた出来事は過去のものとして潔く割り切り、早く前に進むべきだった。
「共犯者、だったんだね。僕ら……」
「はい、共犯者です。一緒です」
不幸から逃げていた吉野さんと、幸福に留まっていた僕。
進めない理由は違うのに、止まる理由は同じだった。




