魔王はだいたい何もわかっていない
呼び出しは、突然だった。
「第三軍団所属文官、レイン・クラウス。
魔王陛下より、直々の召喚だ」
そう告げられた瞬間、
周囲の空気が、露骨に一段冷えた。
「……俺?」
伝令役の魔族は、事務的に頷く。
「ディア=ヴァルク殿、
魔道補給長ゼップ殿も同行を」
「……死んでも休めない」
ゼップがぼそりと呟き、顎を押さえる。
ディアは、静かに息を整えた。
「行きましょう。
逃げられる段階は、もう過ぎました」
逃げられる段階があったのかは疑問だが。
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魔王謁見の間は、想像よりも――広くなかった。
玉座はある。
威圧感も、確かにある。
だが、そこに座っていた存在は。
「……で?」
魔王は、片肘をつき、
明らかに面倒くさそうにこちらを見下ろしていた。
「何で、最近、現場と文官が揉めてる?」
沈黙。
あまりにも率直な問いだった。
ディアが一歩前に出る。
「補給体制の改善に伴い、
説明不足から誤解が生じました」
「改善?」
魔王は眉をひそめる。
「補給量、減ってないんだろ?」
「はい」
「前線、崩れてないよな?」
「問題ありません」
「じゃあ、何で揉める?」
――それを説明するために来たんです。
喉まで出かかったが、飲み込む。
代わりに、魔王は俺を見た。
「お前、人間だよな」
「はい」
「今回の発端は君か?」
「……関わってはいます」
「ほー」
魔王は、少しだけ興味を持った顔をした。
「つまり、だ。
君のやった“合理化”ってやつが、
現場の気分を逆撫でしたわけだ」
ゼップが、耐えきれず口を挟む。
「陛下!
気分ではありません!
構造的な――」
「はいはい、分かった分かった」
軽く手を振って制される。
「専門用語禁止。
眠くなる」
魔王は、ため息をついた。
「正直に言うぞ。
私は、細かい書類の話は分からん」
――知ってました。
「だがな」
声の調子が、少し変わる。
「分からんまま放置すると、
もっと面倒なことになるのも知ってる」
魔王は玉座から立ち上がった。
「だから、確認したい」
その視線が、三人を順に射抜く。
「この改善で、
魔王軍は強くなるのか?」
ディアは即答した。
「なります」
ゼップも続く。
「長期的には、確実に」
最後に、視線が俺に来る。
「……数字上は、です」
正直に答えた。
魔王は、少しだけ笑った。
「いいな。
全員、言い切らないところが」
そして、玉座に戻る。
「なら、こうしよう」
嫌な予感がした。
「口で説明しても分からん。
現場も納得しない」
魔王は、楽しそうに言った。
「見せろ」
ざわり、と空気が揺れる。
「各軍団合同の軍事演習を行う」
ディアの目が、わずかに見開かれた。
「第三軍団の補給体制――
その“改善後の姿”を、
他の軍団に体感させろ」
俺は、息を呑んだ。
「勝てとは言わん」
魔王は続ける。
「派手に戦えとも言わん」
そして、にやりと笑う。
「崩れないところを見せろ」
それは、
第三軍団のやり方そのものだった。
「演習の結果次第で、
この改善を全軍に広げるか決める」
重い。
だが、逃げ道のない話でもなかった。
「文句がある者は、
演習で叩き潰せ」
いや、言い方。
「……冗談だ」
魔王は手を振る。
「半分くらいな」
冗談の割合が不穏すぎる。
「準備期間は二週間」
そう言って、魔王は俺を指さした。
「人間。
君は戦えないな?」
「はい」
「なら、戦場の外で働け」
それは、命令だった。
「剣も魔法も使わずに、
戦争を左右してみろ」
謁見は、それで終わった。
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謁見の間を出た後、
しばらく誰も口を開かなかった。
「……軍事演習」
俺が呟く。
「死んでも休めない……
いや、今回は生きてる奴も死ぬな」
ゼップが肩を落とす。
ディアは、遠くを見るような目をしていた。
「魔王陛下は、
“答え”を欲しがっていません」
「え?」
「“結果”です」
彼女は、静かに言う。
「数字でも、理屈でもなく。
体感できる結果を」
俺は、拳を握った。
次は、説明では済まない。
第三軍団のやり方が――
本当に“戦場で通用するか”を、
見せる番だ。
こうして、
静かな書類戦争は終わりを告げ、
魔王軍全体を巻き込む
軍事演習編へと、物語は進んでいく。




