説明とは、最も血を流さぬ戦争である
それは「説明会」と呼ばれていた。
だが実態は、
第三軍団主催・他軍団合同・補給改善に関する緊急会合。
――地獄だった。
「……多すぎだろ」
会議室の後方で、俺は小さく呟いた。
長机が幾重にも並び、
第一軍団、第二軍団、第四軍団。
前線部隊代表、補給担当、文官、武官。
総勢三十名以上。
その全員が、等しく不機嫌だ。
「始めます」
壇上に立ったのは、ディア=ヴァルク。
第三軍団幹部として、
この“説明会”を主導する役目を背負わされた張本人。
「本日の議題は一つ。
第三軍団が行った補給業務改善についてです」
その瞬間。
「改善だと?」
「削減の言い換えだろう」
「前線を知らん連中の机上論だ!」
怒号が飛ぶ。
ディアは、眉一つ動かさなかった。
「静粛に」
声は低く、しかしよく通る。
不思議と、場が静まった。
「まず、前提を共有します」
ディアは一枚の資料を掲げた。
「今回、補給量は一切減っていません」
ざわめき。
「到着時刻も、平均で半日短縮されています」
「なら、なぜ不満が出ている!」
第一軍団の武官が立ち上がる。
「我々は“減らされた”と感じている!」
ディアは頷いた。
「ええ。そこが問題です」
そして、俺に視線を送る。
「レイン」
「はい」
心臓が跳ねた。
「説明してください。
“なぜ、正しい改善が不安を生んだのか”」
――丸投げかよ。
だが、逃げ場はない。
俺は前に出て、深呼吸した。
「皆さんは、今まで――
“いつもの形”で申請し、“いつもの流れ”で受け取っていた」
「当然だ!」
「その“形”が、説明なく変わった」
俺は一枚の紙を掲げる。
「人は、
理解できない変化を、損失として認識します」
沈黙。
「補給は届いている。
数字も合っている。
それでも、“自分で申請した感覚”が失われた」
ゼップが、後方でぼそっと呟いた。
「……奪われた気分、か」
「そうです」
俺は続ける。
「だから今回の失敗は、
改善内容ではなく――
説明を後回しにしたことです」
空気が、少しだけ変わった。
ディアが口を開く。
「第三軍団は、謝罪します」
どよめき。
「説明不足でした。
不安を生んだ責任は、私にあります」
幹部が、頭を下げた。
それだけで、場の温度が一段下がる。
「だが」
ディアは顔を上げる。
「改善自体は、撤回しません」
ざわめき、再燃。
「理由は単純です」
ディアは、淡々と言った。
「このままでは、
魔王軍全体が、いずれ補給で自滅する」
重い言葉だった。
「だから次は、こうします」
ディアは俺を見る。
「説明は、先に行う。
変更点は、可視化する。
現場の声は、数字に反映させる」
俺は、頷いた。
「そのための資料と説明役を、用意します」
「……最初から、そうしろ」
誰かがぼそりと呟いた。
正論だった。
会議が終わった頃には、
全員が疲弊しきっていた。
「死んでも休めない……」
ゼップは机に突っ伏す。
「今回は、生きている者も休めませんでしたね」
「うるさい」
だが、顎が外れていない分、彼はまだ元気だった。
ディアが、俺の隣に立つ。
「これが、あなたの戦場です」
「剣も魔法も使わないのに?」
「だからこそ、厄介です」
彼女は静かに言った。
「ここでは、
“正しい”だけでは勝てない」
俺は、深く頷いた。
こうして第三軍団は、
魔王軍で最も地味で、
最も疲れる戦争に――
本格的に足を踏み入れたのだった。




