死者は数字を嘆き、生者は表を作る
第三軍団の文官棟で仕事を始めて、五日目。
俺は、どうにもおかしな点に気づいていた。
「……同じ申請、三回見たな」
物資補給申請書。
形式も、文言も、ほぼ同じ。
違うのは――提出元の部隊名だけ。
俺は書類を並べ、眉をひそめた。
「これ、別々に処理する意味あるのか……?」
答えを求めて、俺はディア=ヴァルクの執務室を訪れた。
「第三軍団の補給申請について、少し確認したいのですが」
「……気づきましたか」
ディアは、どこか疲れたように目を伏せる。
「第三軍団の最大の問題点です。
“物資はあるが、回らない”」
「原因は?」
「魔道補給室です」
その言葉に、少しだけ納得した。
「担当は、ゼップ補給長。
優秀ですが……三百年、同じやり方を続けています」
「三百年」
「死んでも休めない方なので」
軽く言うが、重い。
「一度、直接見てきてください。
あなたの目で判断した方がいい」
そうして俺は、
見に行っただけのはずで、
魔道補給室の扉を叩くことになった。
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「入れ。蹴破るな。扉の修繕費が出ない」
中から聞こえた声に従い、扉を開ける。
「失礼します――」
「人間か。久しいな。
前に来た人間は、私より先に過労死した」
「縁起でもないこと言わないでください」
執務室の主――ゼップは、
書類の山に埋もれた骸骨だった。
軍服は年季が入り、
眼窩の奥では青白い魔力灯がちかちかと瞬いている。
「魔道補給長ゼップだ。
死んでいるが、業務上は現役だ」
「……レインです。第三軍団文官で」
「知っている。
最近、書類の字が読みやすくなった。いい仕事だ」
監視されてた。
「で? 何の用だ。
予算はない。物資もない。だが要求はある」
「それ全部、問題じゃないですか」
「そうだ! だから死んでも休めない!」
ゼップは机を叩き、勢い余って指の骨を一本飛ばした。
「……拾います?」
「頼む。最近よく外れる」
骨を戻しながら、俺は本題に入った。
「同じ補給内容の申請が、部隊ごとに別々に出てます」
「当然だ。部隊が違う」
「でも、納品先は同じ補給拠点です」
「……」
ゼップは一瞬、固まった。
「……まとめられる、か?」
「はい。一覧にすれば分かります」
俺は紙を広げ、簡単な表を書いた。
部隊名/物資/数量/進捗。
「これが“一覧化”です」
「……文字が少ないな」
「必要な情報だけです」
ゼップは覗き込み、
数秒後、顎を外した。
「おお……全体が……見える……!」
「顎、戻してください」
次に、色分けで進捗を示す。
「赤は未承認。
黄は承認済み未手配。
青は輸送中」
「……青が、偏っているな」
「第三補給路に集中してます。
つまり、詰まってる」
ゼップは頭を抱えた。
「私は三百年、
忙しいという感覚だけで仕事をしていた……!」
「忙しさは、問題の可視化を邪魔しますから」
「怖いことを言うな、さらっと!」
だが、ゼップは笑っていた。
「いいぞ、人間。
久しぶりに頭が生き返った気がする」
「リッチなんですから、元から死んでます」
「うるさい」
そして最後に、俺はこう言った。
「全部変える必要はありません。
ただ、重複しているところだけ減らしましょう」
「全部壊すのではなく、削る、か」
「はい。だから現場は混乱しません」
ゼップはしばらく黙り込み、
やがて深く息を吐いた。
「……協力しよう」
「任せてください、とは言えません」
「分かっている。
私は補給長だ。責任も判断も、私が持つ」
その上で、にやりと笑う。
「だが、相談相手として――
君ほど話の通じる理系はいない」
俺は、少しだけ肩の力を抜いた。
第三軍団の問題は、
まだ何一つ解決していない。
だが――
ようやく、同じ表を見て話せる相手ができた。
それだけで、この戦場は少しだけマシに見えた。




