表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
経済不況だから魔王軍で働きます!  作者: ナポリオン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/13

魔族は案外現実的

魔王軍の輸送馬車に揺られながら、俺は窓の外をぼんやりと眺めていた。

 石畳の街道。

 行き交う商人の馬車。

 遠くに見える農村の灯り。

 ――どこからどう見ても、人間界の移動風景そのものだ。

「……なあ」

 しばらく迷ってから、向かいに座るディア=ヴァルクに声をかけた。

「魔王軍って聞いたからさ。

 てっきり、空を飛ぶとか、転移魔法とか、そういうのを想像してたんだけど」

 自分で言っておいて、少し気恥ずかしくなる。

 子供じみた発想だと思われただろうか。

 だがディアは、意外にも否定せず、淡々と答えた。

「確かに、そうした手段もあります」

「あるんだ……」

「ありますが、常用はしません」

 彼女は外套の裾を整えながら続ける。

「転移魔法は魔力消費が激しく、使用者も限られる。

 飛行魔法も同様です。輸送には向きません」

「魔王軍なのに?」

「魔王軍だから、です」

 即答だった。

「戦争を続けるには、安定した補給と移動が不可欠です。

 特別な手段は、非常時の切り札として温存すべきもの」

 ……妙に、現実的だ。

「つまり」

 ディアは窓の外に視線を向ける。

「最も安全で、最も安く、最も確実なのは――

 人間界と同じ、地道な方法というわけです」

「夢がないな」

 思わずそう言うと、ディアは一瞬だけ口元を緩めた。

「ええ。ですが、夢より継続の方が重要です」

 その言葉を聞いて、俺は苦笑した。

 魔王軍。

 恐怖と破壊の象徴だと思っていた存在が、

 まさか「コスト」や「効率」を語るとは。

「……人間界も、同じこと言ってたな」

「そうなのですか?」

「ああ。結局、不況だの予算だので、

 一番最初に切られるのは、派手じゃない仕事だった」

 ギルドの応接室が、脳裏に浮かぶ。

 整頓された机。

 英雄の肖像画。

 そして、静かに差し出された解雇通知書。

「冒険者を支える仕事は必要なのに、

 評価されるのは、いつも剣を振るう連中だけだ」

 独り言のように言った言葉に、ディアはすぐには答えなかった。

 馬車が石を踏む音だけが、規則正しく続く。

「……魔王軍も、似たようなものです」

 やがて、彼女はそう言った。

「強い者ほど評価され、声が大きい。

 その結果、壊れるものには目が向かない」

 その声音には、わずかな疲労が滲んでいた。

「だから、あなたをスカウトした」

 改めて言われると、胸の奥が少しだけ温かくなる。

「俺は、まだ何もしてないぞ」

「それでいいのです」

 ディアは俺を見て、はっきりと言った。

「あなたは、壊さない人間です。

 それだけで、十分な価値があります」

 壊さない。

 その言葉を、頭の中で反芻する。

 冒険者ギルドでの五年間。

 怒鳴る冒険者をなだめ、無茶な依頼を調整し、

 誰かが大怪我をしないよう、数字と現実の間で折り合いをつけてきた日々。

 確かに、俺は何かを派手に成し遂げたことはない。

 だが――壊さずに済んだものは、きっと少なくないはずだ。

「……なあ、ディア」

「何でしょう」

「魔王城って、怖いか?」

 少し間抜けな質問だったかもしれない。

 だが、ディアは真剣に考えるように一拍置いてから答えた。

「人によります」

「曖昧だな」

「ええ。ですが」

 彼女は、ほんの少しだけ柔らかい声で続けた。

「少なくとも、働く場所としては――

 あなたがいたギルドより、理不尽は少ないでしょう」

 それを聞いて、俺は小さく笑った。

 敵だと思っていた場所の方が、

 まともな職場かもしれないなんて。

 人生は、本当に皮肉だ。

 馬車は、ゆっくりと街道を進み続ける。

 空は次第に暗くなり、遠くに不気味な影――魔王領の山並みが見え始めていた。

 俺は、座席の上で軽く拳を握る。

 怖くないわけじゃない。

 だが、それ以上に――

 もう一度、必要とされる場所へ向かっている。

 その事実が、胸の奥で静かに灯っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ