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経済不況だから魔王軍で働きます!  作者: ナポリオン


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2/10

無職でも雇用条件は確認したい

沈黙が、路地裏に落ちた。

 魔族――否、魔王軍の者だというその女は、俺の反応を急かすことなく、ただ静かに立っていた。

 黒い外套の奥から感じる魔力は底知れないが、敵意はない。少なくとも、今のところは。

「……仕事の話、だって?」

 俺がそう問い返すと、彼女は小さくうなずいた。

「ええ。正式な雇用の提案です」

 雇用。

 その言葉に、思わず乾いた笑いが漏れそうになる。

「冗談だろ。俺はさっき、人間側の組織からクビを言い渡されたばかりだ。

 剣も魔法も使えない、ただの元事務員だぞ」

「承知しています」

 即答だった。

「あなたが冒険者ギルドの事務部に五年間在籍し、受付・報酬管理・トラブル調整を担当していたこと。

 また、三年前の依頼滞留問題を、現場と衝突せず解決したことも」

「……なんで、そんなことまで」

 背筋が、ひやりとする。

 彼女は懐から一冊の手帳を取り出した。

 人間界の文字で、俺の名前と経歴が簡潔に記されている。

「我々は、あなたを“戦えない人間”として見ていません」

 彼女は手帳を閉じ、まっすぐ俺を見た。

「組織を回せる人材として評価しています」

 思わず、言葉を失った。

 そんな評価を、人間界で受けたことは一度もない。

「……で、その組織ってのが、魔王軍か」

「はい」

 即答だった。

 俺は額を押さえ、深く息を吐く。

「正気か? 人間と魔王軍は戦争中だぞ」

「戦争中だからこそです」

 彼女は淡々と続ける。

「戦争は、剣と魔法だけでは続けられません。

 補給、管理、調整――それらが欠ければ、どんな精鋭も瓦解します」

 まるで、会議室で聞く報告のような口調だった。

「……条件を、聞かせてくれ」

 自分でも驚くほど、冷静な声が出た。

 彼女は、少しだけ表情を緩めた。

「では、正式に提示しましょう」

 そう言って、彼女は一枚の書類を差し出した。

 黒い紙に、赤い文字。

 魔王軍式の雇用契約書だろう。

「職務内容は、第三軍団付き文官。主に後方支援、物資管理、部隊間調整です」

「……前線には出ない?」

「出ません。あなたは戦力ではない」

 はっきりと言われ、なぜか少し安心する。

「給与は、人間界ギルド職員時代の三倍。

 成果に応じた報奨金もあります」

「三倍……?」

 思わず、聞き返してしまった。

「住居は魔王城下に用意します。単身用ですが、治安は保証します」

「……待て」

 頭が追いつかない。

「休日は?」

「月六日。緊急時を除き、強制出勤はありません」

「労災は?」

「魔王軍医療部が全額負担します」

 一つ一つ、あまりにも現実的だった。

 人間界で、こんな条件を提示されたことはない。

「……逆に聞くが」

 俺は、書類から目を離さずに言った。

「なんで、そこまでして俺なんだ」

 彼女は一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せた。

「魔王軍は、強い者が評価される組織です。

 その結果、強いが故に、壊す者ばかりが増えました」

 そして、静かに言う。

「あなたのように、“壊さずに回す人間”が必要なのです」

 胸の奥が、微かに痛んだ。

 そんな言葉を、ずっと誰かに言ってほしかった気がした。

「……もし、断ったら?」

「その場合、今日のことは忘れます。あなたを害することもありません」

 嘘は感じられなかった。

 俺は契約書を見つめる。

 人間界に戻っても、仕事はない。

 金も、居場所も、未来も。

 目の前にあるのは、敵だったはずの場所での――安定した仕事。

「……本当に、変な世界だな」

 そう呟いてから、俺は顔を上げた。

「一つだけ、条件がある」

「聞きましょう」

「俺を、使い捨てにする気なら――その時は、ちゃんと説明しろ」

 彼女は、わずかに目を見開き、そして笑った。

「契約成立です。レイン・クラウス」

 こうして俺は、

 再就職先:魔王軍という、最悪で最高の選択肢を選んだ。


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