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経済不況だから魔王軍で働きます!  作者: ナポリオン


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名を知らぬ歯車は、英雄よりも静かに戦場を動かす

サル=エノア聖教国の聖女リュミエルは、エルディア王国王都の神殿客舎で、ひとり古い記録に目を通していた。


 魔族との戦争。

 英雄の活躍。

 王国の正義。


 それらを裏付ける文言は、どの書にも溢れている。


 だが、彼女の指を止めたのは、

 欄外に書き添えられた、ごく簡素な一文だった。


「当該期間、現場混乱ほぼなし」

「補給・避難誘導・治療連携、いずれも円滑」


「……この時期だけ」


 リュミエルは、小さく息を吐いた。


 奇妙だった。

 前後の時期には、必ず同じような記述が並ぶ。


“連携不足”

“情報の遅延”

“判断の行き違い”


 だが、この数か月だけが、異様なほど静かだった。


 英雄の大勝利があったわけではない。

 戦線が大きく動いた記録もない。


 ただ、何も起きていない。


 それが、かえって不自然だった。


「……誰かが、噛み合わせていた?」


 名前はない。

 功績の記載もない。


 だが、

 歯車が正しく回っていた“痕跡”だけが残っている。


 リュミエルは、書を閉じた。


 英雄の名が刻まれる場所とは、

 まるで違うところに、

 戦争を支えた何かがあった――

 そんな気がしてならなかった。


 同じ頃。


 エルディア王国前線基地の城壁上で、

 勇者アレイン・ヴァル=エルディアは夜風を受けていた。


「……最近、勝ちが鈍い」


 誰にともなく漏れた言葉。


 魔族は退いている。

 戦線は保たれている。


 それなのに、

 “勝っている感触”が薄い。


「英雄様」


 背後から、低く落ち着いた声がした。


 振り返ると、見知らぬ男が立っている。

 人型。年齢不詳。

 穏やかな笑みを浮かべてはいるが、

 どこか輪郭が曖昧だった。


「……誰だ?」


「ただの、通りすがりです」


 男は城壁の外を見つめたまま言う。


「魔族領を眺めていて、思っただけですよ。

 最近の戦争は、随分と“静か”だな、と」


「それは、俺がいるからだ」


 アレインは即答した。


「敵が出てこられないだけだ」


「なるほど」


 男は否定しなかった。


「では質問を変えましょう。

 英雄殿は――

 なぜ、敵が出てこられないのか

 考えたことはありますか?」


「必要ない」


「本当に?」


 男は、わずかに首を傾げる。


「剣が強いから?

 士気が高いから?

 それとも――」


 言葉を切り、静かに続ける。


「戦争が、管理されているから?」


 一瞬、アレインの眉が動いた。


「何が言いたい」


「いえ。ただの観測です」


 男は微笑んだ。


「英雄は、勝利を語る。

 だが、戦争を支えるのは、

 勝利以外の部分だという話ですよ」


「戯言だな」


 アレインは吐き捨てる。


「剣を持たぬ者の理屈だ」


 その言葉に、男の目が一瞬だけ細くなった。


「……そうでしょうね」


 次の瞬間、男の姿は、

 夜の闇に溶けるように消えていた。


 アレインは舌打ちし、

 その違和感を“無意味な会話”として切り捨てた。


 英雄にとって、

 理解できないものは、価値がない。


 神殿へ戻る回廊で、

 聖女リュミエルは、昼間の民衆の歓声を思い出していた。


 勇者。

 英雄。

 王国の象徴。


 誰もが彼を見上げる。


 だが――

 記録の片隅に残された、

 名前のない安定は、

 誰にも見られていない。


「戦争は……」


 彼女は、胸の前で手を組む。


「英雄だけでは、回らない」


 それが、神の教えなのかは分からない。

 だが、人の営みとしては、確かだった。


 遠く離れた魔族領で、

 誰かが同じように、

 剣を持たず、

 名を残さず、

 戦争を“静かに”動かしている。


 そんな想像が、

 リュミエルの中に、

 小さく、しかし確かな違和感として芽生え始めていた。


 英雄の光が強いほど、

 その影は、深くなる。


 そして影の中で、

 名もなき歯車は、

 今日も音を立てずに回り続けている。

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