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経済不況だから魔王軍で働きます!  作者: ナポリオン


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14/15

英雄の影で

エルディア王国王都。

 白亜の神殿に、鐘の音が高らかに響いていた。


 勇者アレイン・ヴァル=エルディアの凱旋。

 それは、もはや一つの祭りだった。


「勇者様だ……!」

「魔族を退けた英雄よ!」

「やはり我が国の誇りだ!」


 沿道に集まった民衆は、惜しみない喝采を送る。

 剣を掲げ、穏やかに微笑む勇者の姿は、誰の目にも理想的だった。


 ――民間人にとっては。


 だが、行列の後方。

 神殿関係者専用の控え室では、空気がまるで違っていた。


「……また、ですか」


 そう呟いたのは、白と金の法衣に身を包んだ女性――

 聖女リュミエル。


 彼女は、

 南方の宗教国家サル=エノア聖教国から派遣された、国教の聖女だった。


 治癒・浄化・加護。

 戦争に不可欠な奇跡を司る存在。


「勇者様がお呼びです」


 神殿騎士の声に、リュミエルは小さく息を吐いた。


「……何度目でしょうね」


 控え室の奥。

 アレインは鎧を外し、椅子に深く腰掛けていた。


「来てくれたか、聖女リュミエル」


 その声は柔らかい。

 だが、視線は値踏みするように彼女を追っていた。


「ご用件は?」


「簡単な話だよ」


 アレインは立ち上がり、距離を詰める。


「戦争が終わったら、君を妻に迎えたい。

 勇者と聖女――これ以上ない組み合わせだろう?」


 何度も、何度も繰り返された言葉。


「私は、聖教国に仕える身です」


「形だけでいい。

 政治的な意味合いは、エルディア王国が保証する」


 彼は笑った。


「君の国も、悪い話じゃないはずだ」


 ――それは、求婚というより“取引”だった。


「……私は、お断りします」


 一瞬、空気が冷えた。


「まだ言うか」


 アレインの声から、柔らかさが消える。


「君は、俺が前線でどれだけ命を張っているか知っているはずだ」


「存じています。

 ですが――」


「だったら、少しくらい報酬を受け取ってもいいだろう?」


 その言葉に、リュミエルは顔を伏せた。


 この男は、

 自分を“善行の権利者”だと信じている。


 英雄であるがゆえに。


 一方、王城。


「勇者殿の影響力は、想像以上ですな」


 軍務卿の言葉に、国王は静かに頷いた。


「民衆は彼を信じ、

 冒険者ギルドは彼を利用し、

 我々は彼を旗印にできる」


「ギルド本部からも、追加予算の要請が来ています」


「応じろ」


 国王は即答した。


「ギルドが弱れば、統制が取れなくなる。

 あれは中立であってはならん」


 ――冒険者ギルドは、エルディア王国の影響下にあった。


 勇者を輩出した国。

 魔族領に隣接する防衛国家。


 その立場が、

 ギルドに“逆らえない理由”を作っている。


「多少の人員整理は、仕方あるまい」


 国王の声は、淡々としていた。


「戦争とは、そういうものだ」


 誰が切られ、誰が残るか。

 そこに、個人の事情は存在しない。


 前線野営地。


 夜。

 勇者アレインは、焚き火の前で仲間に酒を注がせていた。


「魔族は、近いうちに動く」


 根拠はない。

 だが、彼の言葉には、誰も逆らわない。


「その時は、正面から叩けばいい。

 補給? 後方?」


 彼は笑った。


「俺がいる。

 それで十分だろう?」


 その慢心を、

 誰も指摘できなかった。


 英雄とは、

 間違いを指摘されない存在でもある。


 その夜。

 聖女リュミエルは、祈りの中で小さく呟いた。


「……神よ」


 この戦争は、

 本当に“正義”の名の下に行われているのか。


 勇者の背後で、

 王国とギルドが結託し、

 知らない誰かが切り捨てられている。


 ――かつて、

 冒険者ギルドの事務机で、

 黙々と帳簿を整理していた男の姿が、

 なぜか脳裏をよぎった。


 彼がいなくなってから、

 歯車は、確実に狂い始めている。


 人間側もまた、

 自分たちが何を失ったのか、まだ気づいていなかった。


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