敵は性格が悪い
軍事演習二日目。
前日と同じように、空は晴れていた。
だが、誰一人として「今日は楽そうだ」とは思っていなかった。
「……昨日より、空気が重いな」
第一軍団の前線指揮官が、低く呟く。
敵は見えない。
だが、“いる”という感覚だけが、確実に増していた。
午前中の行軍は、異様なほど順調だった。
仮想敵は距離を保ち、正面衝突を避ける。
挑発するように、しかし深入りはしない。
「逃げ腰だな」
「昨日より弱いんじゃないか?」
兵士たちの間に、油断が生まれる。
――それを、仮想敵は待っていた。
正午前。
「前線より報告!」
通信役の声が、指揮天幕に響く。
「第一軍団左翼、
補給予定地点に“敵影あり”!」
俺は、魔導盤を見下ろした。
敵の光点が、
補給路の“ちょうど嫌な場所”に配置されている。
「……性格、悪いな」
思わず口をついて出た。
ディアが頷く。
「人間軍の行動ログを基にしています。
補給を断てば、相手は焦る」
焦った相手は、判断を誤る。
それを、仮想敵はよく知っている。
第一軍団の前線では、怒号が飛び始めていた。
「敵が正面にいないなら、
今のうちに押し切るべきだ!」
「補給が遅れている!
このままじゃ、勢いが死ぬ!」
指揮官は、歯を食いしばる。
ここで止まるか。
それとも、ルールを破るか。
「……文官の言う通りに待って、
それで勝てる保証はあるのか?」
その言葉が、決定的だった。
指揮天幕。
俺の元にも、第一軍団からの“相談”が届いた。
「……相談、ですか」
内容は、遠回しだった。
――補給を待たず、前進してもいいか。
――規定時間を無視しても、問題ないか。
要するに。
「ルールを、破りたい」
ディアが静かに言う。
「想定内です」
「ええ」
俺は、深く息を吸った。
「……だから、
仮想敵は“この動き”を用意しています」
魔導盤の一部が、赤く光る。
第一軍団が無理に前進した場合。
その先で起きる、“想定反撃”。
「敵は、
正面では戦いません」
「補給路を、さらに削る」
「はい」
しかも、必要最小限で。
致命傷は与えない。
だが、じわじわと効く。
「……嫌な敵だな」
ディアが呟く。
「人間軍の“勝ち筋”を、
忠実に再現しています」
第一軍団の会議は、荒れていた。
「こんなの、実戦じゃない!」
「敵が逃げてばかりだ!」
「なら、こっちがルールを破ればいい!」
そのとき。
「……破ったら、どうなる?」
一人の古参兵が、低く問う。
「一時的には、
気持ちよく進めるだろうな」
「でも、その後は?」
誰も答えられない。
昨日の“補給切れ”が、
まだ体に残っている。
「……敵がいないのに、
追い詰められてる気分になるな」
誰かが、そう言った。
夕刻。
二日目の演習も、決着はつかなかった。
だが、全員が理解し始めていた。
この仮想敵は、
無理を見逃さない
焦りを突く
そして、致命的なミスを“待つ”
「……これ、本当に仮想か?」
第一軍団の指揮官が、ぽつりと呟く。
その言葉が、
演習の本質を突いていた。
指揮天幕で、
俺は報告書に追記する。
「二日目所見」
ペンを止め、考える。
「仮想敵は、
強さよりも“性格の悪さ”が際立つ」
ディアが、俺を見る。
「第一軍団は、
明日、何かを決断します」
「ええ」
俺は頷いた。
「ルールを守るか。
破るか」
どちらを選んでも、
結果は出る。
そして、その結果は――
実戦に、必ず繋がる。
見えない敵は、
今日も一切、血を流さなかった。
だが、
確実に“判断力”を削っていた。




