20260218 シンデレラは幸せになれたのか
いまSNSでたまたま『王子様に見初められたシンデレラはいきなり文化素養の全く違う世界に連れ出されて幸せになれたのか』みたいな言説を見かけて『うるせぇー!!!』って思ったので書きにきました
これ言ってしまえばペロー版にしろグリム版にしろ民間伝承を編纂したにすぎないので、文化人が確実な知識を前提に書いたようなお話じゃありません
だから王宮のことなんかなーんにも知らない民衆の『王子様に愛されたらきっと幸せ!』というふわふわした無根拠な想像が元になっているのだと考えています。だって当時は情報を知る術だって限られていたのだから、現代人がわりと共通認識として持っているような『王子様なんぞに見初められたら絶対面倒くさいやろ』みたいな考えはきっと民衆にはなかったんじゃないでしょうか
つまり『なんだかよく知らないけど王様や王子様ってのは偉いらしいし、なにしろ豪華な生活をしているらしいのだから王子様に愛されれば幸せになれるに違いない』という、無知であるための無邪気な想像で言い伝えられてきたお話なのだと思います
その前提でお話をするならば、最初の言い分は判らなくはないのです。なにしろ王子様に見初められるだなんて絶対に面倒くさい。そもそも持っている知識量も考え方も根本的に違うのだから最初から会話になるかすら怪しい
いまのなろうテンプレ異世界小説でよくあるような『男爵令嬢が王子様を誑かしたあげくに知識やら実力やらが足りずに勝手に自滅する』みたいな流れは、こういう考えの元で書かれているのだと思います
いや今となってはもうテンプレとして確立されてしまっているので、深い考えはないまま『とりあえず男爵令嬢破滅させとけば良いや』の精神で書かれているものも多いのかも判りませんが
なので、なろうテンプレ異世界小説が書かれる、読まれる、持てはやされる土壌は理解できます。わたしがそれを好きか嫌いかは別にして
要するにシンデレラストーリーへのアンチテーゼよね。わたしはそのアンチシンデレラストーリーの精神が気に入らないので、アンチなろうテンプレ異世界小説みたいなお話を色々と書いているのですがそれはともかく
だからといって、『この現代においてシンデレラストーリーは軽んじられるような作品なのか?』と言われればわたしは否と答えたい
何故かと言えば、わたしは『お互いへの愛一つで障害を乗り越える』お話を尊重したいからです
えーっと現実世界ではね、そんなことってなかなかないと思うのですよ。お互いを愛していようが乗り越えられないことばっかりだし、というかわたしは男女の愛情そのものにも懐疑的なので
つまり、『本当に愛し合って結婚するようなカップルが世の中にどれだけいるのか??』ってことよ
学生時代の恋人とそのままストレートに結婚するようなカップルは除いて(これはもう本当に今どき恵まれたパターンだと思ってる)、実生活してる人たちが誰かと結婚しようってなったら相手の条件見るでしょ。100%の相手なんていないんだから、結婚相手は妥協で選ぶものって結婚してるだいたいの知り合いたちは言ってました
どんなに相手を愛してたって、例えば相手に借金があったり暴力癖やら浮気癖があったり親戚にやべーのがいれば、一定数はそこで冷静になって結婚にストップかけるでしょ。いやそれで踏みとどまらなくて結婚するひともいるかも判らんけど、わたしはそれじゃ幸せになれないと思っているよ。愛じゃ飯は食えない
なので、だからこそ、わたしはシンデレラストーリーが好きなのだよな。好きな男のために頑張る女の子と、そんな女の子を一途に愛する男の組み合わせ、最高じゃん…ってなるのよ。そこに現実味を求めてはいけないのよ夢がなくなるから
誰かを愛することができるのは、それだけで1つの強さだと思います。ましてそのために大変な努力ができるのは、本当に堪え難い尊さだと思います
だから誰かを愛することを鼻で笑って、愛に浮かされるやつらは愚かものだよねーみたいな作風は好きになれないのよね
誰も愛さないというのは弱みを持たないということなので生きるのには有利かも知れないけど、守りたいもの守るべきものを持たないということでもあるので、人としてそれで良いのか? ってなる。たとえ現実の世の中ではそんな人々が沢山いるのだとしてもだよ。物語の世界でくらい夢を見ていたいではないですか
みたいな!ことを!思ったので書きにきました。以上でーす!




