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回収される触媒達

作者: 風早
掲載日:2025/12/28

第一章|回収


工業魔導は進歩した。


そのはずだった。


だが、古い炉ほど安定して動く理由を、誰も説明できなくなっていた。


設計書は残っている。符号もある。


数値は正しく、工程も合理化されている。


それでも、新型高炉は設計どおりの魔導力を吐き出さない。


「同じ条件なのに、差が出る」


魔導会議で、何度も繰り返された言葉だった。


稼働率、交換周期、魔導流の偏差。


すべてを数値化し、平均との差を潰していく。


それでも、説明のつかない工廠は残った。


「……人の手が違うだけだ」


誰かがそう言った。


冗談とも、言い逃れとも取れる言葉だったが、誰も否定しなかった。


計算外の要素。


触媒。


魔導会議は、触媒を回収した。


理由は明示されなかった。


マルティナも、その一人だった。


会議室は静かだった。


資料が配られ、報告が読み上げられる。


「触媒の意見は?」


議長がそう言った瞬間、視線が集まった。


期待というには重く、拒絶というには曖昧だった。

マルティナは資料から目を離さずに答える。


「判断材料が足りません」


空気が、わずかに沈む。


「……それだけか?」


「はい」


短いやり取りだった。


深掘りも、指示もなかった。


扱いに困るものを前にした、保留の沈黙。


議長は資料を閉じる。


「……今日はここまでだ」


それで、この話題は終わった。


会議が終わり、人が立ち去る。


誰も声を荒らげない。


だが、歩調はどこか速かった。


マルティナは、その後ろを静かに歩いた。


弁解もしない。説明もしない。


期待があったことは分かる。


そして、それが満たされなかったことも。


この日、魔導会議に残ったのは、


「触媒を回収したが、何も起きなかった」


という、曖昧な感触だけだった。



第二章|配置


数日後、マルティナはオルデンの部署に配置された。


新符号高炉の稼働試験。


符号自体は完成している。


問題は、それをどの工廠に、どの順で導入するかだった。


オルデンは管理を好む男だった。


報告は逐一求められ、判断は必ず自分を通す。


「まず報告しろ」


それが口癖だった。


他の担当官がマルティナに質問をしても、


「俺を通せ」と遮る。


どこへ行くにも同行を求めた。


「高炉を沈められるのか?」


ある日、そう聞かれた。


「できません」


即答だった。


「じゃあ、何ができる?」


マルティナは少し考えた。


「数値と判断の流れを見ます」


返事が一拍遅れる「……それで?」


「無理が起きる場所です」


それ以上は言わなかった。


オルデンは苛立ちを隠さなかった。


触媒と聞いて期待していたものと、違ったのだろう。

新符号高炉の導入案が、会議に上がる。


一斉切り替え。


数字上は問題ない。


「全部、同時にやる」


オルデンはそう言った。


マルティナは資料に目を落としたまま言う。


「三つ、後回しにしてください」


「理由は?」


「判断を一人で抱え込む構造です」


「止められなくなります」


沈黙が落ちた。


「……触媒の勘か?」


「構造です」


淡々とした声だった。


オルデンはすぐには反論しなかった。


しばらくして、端末を操作する。


「……導入順、組み直す」


それだけだった。


その後も、管理は続いた。


指示は多く、確認は厳しい。


だが、破綻は起きなかった。



第三章|変化



いつからか、指示は減っていた。


それが、うまくいっている証拠だった。


マルティナは、特別なことをしたつもりはなかった。


数値を見る。


人を見る。


判断が集中している場所を、静かに示す。


止めるべきところで、止める。


無理を前提にしない配置に、戻す。


魔導会議全体は、相変わらず分かっていなかった。


触媒を回収し、配置し、期待し、

そして、勝手に失望する。


それでも、少しずつ変わっていた。


誰かが無理をしなくても、止まらないやり方。


説明できないが、壊れない流れ。


それが、いくつかの部署で生まれていた。


オルデンは、すべてを理解したわけではない。


今も管理したがる。


今も口うるさい。


だが、任せる領域を知った。


マルティナは、そこに留まった。


去る理由がなかったからだ。


触媒が世界を救うことはない。


これは対処療法にすぎない。


それでも、

壊れないまま続く構造は、確かにあった。


魔導会議という構造は、

気づかないうちに人を巻き込み、

気づかないうちに、少しずつ変わっていく。

その中心に、

回収された触媒達がいた。


何も起きなかった。

誰かが休暇を取る

会議が予定より早く終わる

世界の側が、少し息をする


それだけで、問題はなかった。



余章|休暇届


部署は、ここ最近ずっと騒がしかった。


新符号高炉の稼働試験、評価会議、修正指示。


人が増えたわけでもないのに、仕事だけが増えていく。


その中で、マルティナは淡々と休暇届を提出した。


「……ずいぶん薄情だな」


背後から声がかかる。


オルデンだった。


マルティナは振り返らず、書類を整えながら答える。


「私は他人も大切にします」

「でも、同じくらい自分も大切にします」


オルデンは一瞬、言葉を探すように黙った。


「それに」

マルティナは付け加える。


「私がいないと回らないような仕事は、していませんから」


苦虫を噛み潰したような顔で、オルデンは息を吐いた。


「……まあ、確かに」


しばらくして、視線を逸らしたまま言う。


「どこに行く?」


「里帰りですよ」


それだけ答えて、マルティナは鞄を持ち上げた。


廊下に出ると、少しだけ足取りが軽くなる。


ふと、懐かしい顔が浮かんだ。


——あの子は、元気にしているだろうか。


名前は口にしない。


それでも、その存在は確かにそこにあった。


マルティナは歩き出す。


仕事が止まらないことを、振り返って確認する必要はなかった。

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