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第九話 止まってしまった

風は、低く流れていた。

彼女は丘の端に立ち、

草の倒れ方を見て、

いつもより半歩、後ろへ下がる。

強く引かない。

狙わない。

ただ、通す。

棒をつがえ、

引き、

待つ。

離す。

棒は、真っ直ぐには飛ばなかった。

途中で風を受け、

少しだけ傾き、

音だけを前に残して落ちる。

彼女は、もう次の位置を考えていた。

今日は風が重い。

ここでは、伸びない。

――そのときだった。

前方の草が、大きく揺れた。

鹿だった。

若い個体だ。

こちらに気づいていない。

棒は、鹿に当たっていない。

その進行方向の、少し手前に落ちただけだ。

乾いた音。

鹿が跳ねる。

逃げようとして、

一歩、踏み出す。

その足元に、石があった。

草に隠れた、低い段差。

鹿は、そこで体勢を崩した。

短い悲鳴。

重い音。

彼女は、動かなかった。

走らない。

近づかない。

鹿は起き上がろうとするが、

脚がうまく動かない。

折れてはいない。

だが、踏ん張れない。

彼女の喉が、わずかに鳴る。

当てていない。

触れてもいない。

ただ、そこに落ちただけだった。

遠くで、人の声がした。

狩りの者たちだ。

彼女は、丘を下りない。

棒も、回収しない。

人が来て、

鹿を見て、

言葉を交わす。

「滑ったんだな」

「運が良かった」

彼女は、その声を聞かない。

風の音だけを聞く。

風は、もう低くない。

元に戻っている。

それが、怖かった。

その夜、彼女は削らなかった。

張らなかった。

代わりに、

同じ場所を、何度も歩いた。

鹿が踏み外した石。

草の被り方。

風が沈む位置。

当てなくても、

触れなくても、

世界は止まってしまう。

それを知ってしまった。

彼女は、距離を測り直す。

遠ざけるために。

安全にするために。

それでも、

間に合ってしまわないように。

風が吹く。

彼女は、歩く。

弓は、まだ弓ではない。

だが、

ただの道具でも、もうなかった。

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