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第八話 飛んだもの
最初に作ったのは、矢ではなかった。
枝を削り、真っ直ぐにする。
先は尖らせない。
羽も付けない。
重さだけを揃えた、ただの棒。
彼女はそれを、風に当てる。
引き、止め、待つ。
風が背に回るまで、動かない。
離す。
棒は、すぐに落ちた。
だが、落ちる前に、進んだ。
彼女は眉を上げる。
もう一度、場所を変える。
丘の端。
風上。
足元の草が同じ方向に倒れる位置。
引く。
溜まる。
離す。
今度は、音が先に行った。
棒は、そのあとを追う。
遠くで、枝に当たる乾いた音がした。
彼女は、しばらく動かなかった。
走らない。
拾いにも行かない。
ただ、距離を測る。
届いた。
当ててはいない。
だが、触れた。
それから何度も試した。
強く引かない。
狙わない。
風に預ける。
飛ぶときと、飛ばないときの違いが、
少しずつ分かれてくる。
力ではない。
角度でもない。
立つ位置だった。
夜、村に戻る途中、
彼女は一本だけ、棒を残していった。
回収しない。
翌日、
その方向から来た人が言った。
「枝が落ちてた。
妙に真っ直ぐなやつが」
それだけだった。
騒ぎにもならない。
それでいい。
彼女は、一本だけ新しく削る。
少しだけ、重くする。
弓は、まだ弓ではない。
矢も、まだ矢ではない。
だが――
遠くへ触れる行為だけは、確かに始まっていた。
風が吹く。
彼女は、引く。
今度は、
何が起きるかを、知った上で。




