第七話 弓になる前
彼女は、すぐには作らなかった。
弓という形が、頭に残ってはいた。
だが、手を伸ばすと、どこか違う気がした。
あれは、まだ自分の位置の道具ではない。
だから彼女は、森に入る。
人の道を外れ、風が抜ける方へ。
枝を拾う。
細すぎるものは折れる。
太すぎるものは、しならない。
曲がり方を見る。
音を聞く。
一本、少しだけ反った枝があった。
風を受けると、低く鳴る。
それだけで、持ち帰る理由になった。
紐は、古い袋を裂いて作った。
丈夫ではない。
だが、張ると音が変わる。
枝の両端に、浅く溝を刻む。
深くはしない。
切りすぎると、風が逃げる。
張る。
引く。
離す。
――何も飛ばない。
それでいい。
だが、空気が溜まり、
解ける瞬間の音が、これまでと違った。
彼女は何度も引いた。
強くしない。
角度を変える。
立つ位置を変える。
丘の端。
風上。
背中に風を受ける。
同じ動きでも、
音の伸び方が変わる。
彼女は気づく。
これは、力の道具ではない。
場所の道具だ。
矢は作らなかった。
代わりに、小さな木片を紐にかけてみる。
引いて、離す。
木片はすぐに落ちた。
だが、落ちる前に、音が走る。
それで十分だった。
夜、村に戻ると、
犬が一斉に顔を上げた。
何かを感じ取ったように、
闇の方を見ている。
人は誰も、気づかない。
それでよかった。
彼女は、枝と紐をほどき、
また結び直す。
まだ、弓ではない。
だが、
風を溜める形は、そこにあった。
彼女は走らない。
急がない。
この形が、
自分の位置に合うまで。
風が吹く。
彼女は、引く。
まだ、飛ばさない。




