第二十話 噂の影、共に動く夜
夜は、深く冷たかった。
丘の向こう、村の灯りは小さく揺れる。
彼女は、まだ名を意識していない。
だが、夜を守る立場は、確かにあった。
弓を握り、槍は構えず、
ただ影に身を潜める。
距離を守る。それだけで、夜は終わる——はずだった。
だが、今夜は違った。
丘の向こうに、誰かが動いている。
足音は散っている。だが、重ならない。
彼女は、一歩引く。
線を引くためではない。
間合いを保つためだ。
その時、闇の中で声が低く響く。
隊長の声だ。
「ここ、誰か先に入ってるな」
そのとき、葉の間から人影が揺れた。
小さく息を荒げ、道なき斜面を駆け下りる。
手にはわずかな荷物。
逃げ惑う足音が、乾いた地面を弾く。
次の瞬間、二人の影が脱走兵に迫った。
槍を持った隊長、弓を構える少女。
息を合わせることはない。だが、自然と行動は重なる。
脱走兵の動きは止まり、夜の闇に包まれたまま捕縛される。
捕まえ終わった後、丘の上で隊長が小さく息を吐く。
「……君が、噂の遠風か」
少女は顔を上げ、わずかに頷くだけ。
名を自覚していなくても、隊員たちにはそれで十分だった。
隊長が、静かに言う。
「この仕事、私たちと続けてみないか」
その声には、ただの誘い以上の意味があった。
2代目の体となった彼は、隊を再建し、仲間を集めている最中だった。
遠風も、その一員となるかどうか。
名はまだ知られていない。
だが、距離を守る行動が、すでに“遠風”として証明している。
遠風は、答えずに間合いを保つ。
だが、行動は自然と隊と重なる。
共闘することで、夜は守られた。
風が通り抜ける。
二つの存在は、同じ夜を共有したまま、
離れず、歩みを重ねる。




