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第十八話 名は先を行く

それは、朝の話だった。

夜のことは、

誰も、語らない。

語れば、

形になるからだ。

だが、

言葉は、残る。

村を出る荷車のそばで、

一人が言う。

「この辺りは、夜が静かだな」

別の者が、答える。

「何も起きない」

それだけだ。

理由は、要らない。

荷は積まれ、

車輪が回る。

その時、

誰かが、思い出したように言う。

「風だろ」

声は、軽い。

重くすると、

面倒になる。

別の声が、

それを拾う。

「遠い風、ってやつか」

誰かが、笑う。

「そんな名前、あったか?」

「いや、知らん。

 でも、そう呼ばれてた」

確かめる者はいない。

言葉だけが、

先に進む。

彼女は、

丘の向こうにいる。

風を、見る。

音の抜け方を、測る。

名が、生まれたことを、

まだ、知らない。

知る必要も、ない。

夜に、

立つ場所があれば、

それでいい。

だが、

村の外では、

「遠風だ」

という言葉が、

説明の代わりに使われ始める。

理由を、聞かれた時。

何も起きなかった時。

危なかったが、

無事だった時。

遠風。

誰かの顔でも、

姿でもない。

ただ、

“間に合った”という結果の名。

その夜、

彼女は、

少し遠くまで出る。

戻れば、

名に近づく。

離れれば、

夜に、間に合う。

選ぶ理由は、

変わらない。

風が、吹く。

名は、

彼女を追わない。

先を、行く。

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