第十四話 分からない夜
夜明け前、
村の外れで、短い音がした。
納屋の戸が、
押されて、止まる。
壊す気はない。
確かめただけの音だった。
彼女は、丘を下りながら距離を測る。
足音は一つ。
重い。
走るための靴じゃない。
金属が、
かすかに擦れる。
兵士だ。
だが、整っていない。
呼吸が荒く、
周りを見ていない。
弓を取る。
ここなら、届く。
そう判断した瞬間、
影が、前に出てきた。
近すぎた。
矢をつがえる前に、
距離が一気に詰まる。
逃げるために、前へ出る動きだった。
弓では、
遅い距離だった。
彼女は放たない。
当てるための間ではない。
一歩、横へ。
影に寄せる。
男は、追わない。
追う余裕がない。
納屋の中も、
村の灯りも、
見ていない。
ただ、
逃げ道だけを探している。
足元の藁を踏み、
体勢を崩す。
その隙に、
彼女は距離を取る。
男は、走り去った。
何も、持っていない。
何も、壊していない。
翌朝、
納屋はそのままだった。
戸の留め金に、
指の跡だけが残る。
誰かが言う。
「脱走兵じゃないか?」
別の誰かが、首を振る。
「分からん」
しばらく、沈黙。
夜の見回りが、ぽつりと言う。
「風だろ」
それで、話は終わった。
言葉だけが、残る。
その夜、
彼女は納屋の影で立ち止まる。
弓を見て、
距離を思い返す。
逃げる者が、
前に出てくる距離。
そこでは、
弓は間に合わない。
納屋の隅に、
古い槍が立てかけてある。
彼女は、まだ手を伸ばさない。
風が抜ける。
人は、知らない。
それで、何も起きなかった。




