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第十三話 風の呼び名
翌日も、
村は静かだった。
静かすぎて、
昨日の言葉が残っている。
「風だろ」
誰も否定しなかった。
だから、少しだけ形を変える。
「風にしちゃ、
近くないか」
「遠くから、
抜けてくる感じだな」
誰かが言う。
「遠い風だ」
その言葉は、
特別な意味を持たなかった。
ただ、言いやすかった。
昼前、
村を通りかかった旅の者が聞く。
「この辺、
夜が荒れないな」
村の者は答える。
「荒れそうになるが、
ならん」
「獣か?」
「いや……
風みたいなもんだ」
旅の者は笑う。
「風にしちゃ、
仕事が細かいな」
誰かが、
つい口を滑らせる。
「遠風、
ってやつかもしれん」
その場では、
笑い話で終わる。
名付けるつもりは、
誰にもなかった。
だが、
言葉は残る。
夕方、
別の村から来た荷運びが言った。
「ここ、
遠風がいるって聞いたぞ」
「誰だ、それ」
「知らん。
揉め事が、
風みたいに消えるらしい」
誰も訂正しなかった。
彼女は、
丘の影でそれを聞く。
呼ばれているとは、
思わない。
ただ、
風の向きが変わったと感じる。
その夜、
彼女は位置を変える。
丘の端。
谷筋。
道の曲がり。
名前は、
まだ要らない。
だが、
風は、
もう一段、遠くまで届いていた。




