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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ミステリアスな女

作者: T-time
掲載日:2025/09/20

ミステリアスな彼女




 紳士ぶってみてはいるが、元来俺はそういうのは得意ではない。

 冷静を装っていても、物欲しそうな顔をしているに違いなかった。

 視線の先にいるのは、先月出会い系で知り合った女。


 まだ手は出していない。

 このままプラトニックな関係を続けるつもりはないが、他の女と違う不思議な魅力を感じていた。

 それが俺のいつも通りを狂わせる。


 サイトで知り合った佳子。

 第一印象は地味な女。

 化粧っ気が無く、髪も染めていない。

 遊びではなく本気で彼氏を作ろうとするなら、こんな出会い系サイトに登録するもんじゃないと、鼻で笑ったほどだ。


 しかし、化粧の濃い遊び慣れている女性とばかり会瀬を繰り返してきた俺は、時にはこういう純朴そうな女性とも関係を持ってみたいと考え、しつこくアプローチをしたんだ。


 たいだい、出会い系というのを本気でやっている男など居るのだろうか?

 一夜の関係を持ってしまったところでこのお遊びは終わり。

 彼氏だとか彼女だとか、重いものを持ち出される前にさっさと退散するに限るのだ。


 そんなもの居なくても、寂しいと思えば次の夜は他の女性と過ごせば良いだけなのだから。


 だが佳子は違った。

 すぐに一夜の関係を求めるのではなく、食事やデートを通じて関係性を深めようとする。

 俺の話しに耳を傾け、趣味に寄り添ってくれる。

 かといって距離を詰めようとすると、適切な距離に離れてゆく。

 そんなじれったい気持ちが俺の心を余計に燃え上がらせるんだ。


 そして1ヶ月経った今日。

 アプローチを続けた結果、ようやく家に上げて貰えた。


「亮君、美味しかった?」

 佳子の手料理を食べたあと、二人はソファーに座ってくつろいだ。

 テレビから垂れ流されている映画に興味はない。


「佳子ちゃんは家庭的なんだね、とても美味しかったよ」

 そう褒めながらも、もっと美味しそうなものを目の前にして、俺は我慢できずにいた。

 そっとソファーに座る佳子の背中から手を伸ばし、逆の肩に触れようとしたが。


「私お茶碗洗わなきゃ!」

 佳子はそれを避けるように立ち上がると、台所へと逃げていってしまう。


 内心舌打ちをしたくなるが、佳子に悪印象を抱かせたくはない。

 あと数センチで手が届くところに居るんだ。


「申し訳ないけどお手洗いを貸してくれるかな」

 触れようとしたのを失敗した事で少し居心地が悪く感じたので、仕切り直しだ。


「玄関に向かって左だよ」

 背中越しに佳子が答えたので、俺はその場を後にする。


「もう少し、もう少しだろ」

 そう自分に言い聞かせる。

 考えてみれば軽い遊び相手との関係を築きすぎて、慎重に恋をする女性との距離の縮めかたを忘れてしまっているようだ。


「このドキドキ、まるで恋をしてるみたいだぜ」

 俺は自分自身を鼻で笑いながらも、この感覚を新鮮に感じていた。


 だが、そのまま用を足した俺は、後ろ手にドアを閉めながら違和感を感じた。


「便座、上がってたな」

 そう考え始めると急に頭が熱くなってくる。

 佳子には彼氏が居るかもしれないと感じたからだ。

 もちろん俺が来るのがわかってて、軽くトイレを掃除しただけかもしれないが。

 騙されているのかもと感じると、プライドがうずき出す。


 ハッキリさせたい。

 足音を忍ばせて俺は廊下を歩く。

 そしてトイレの隣にあるであろう風呂場を覗いてみた。


 音がしないようにゆっくりと開けられたドアの向こう側は洗面所、そして風呂場へ繋がるドアがうっすらと浮かび上がる。

 よくある一人暮らしの間取り、あるべき所に電気がある。

 スイッチに手を伸ばすと、闇に真実が浮かび上がった。 

 そこにあったのは、二本の歯ブラシと男物のトランクス。


 一瞬で熱が冷めるのがわかる。

 同時に軽い怒りのようなものが沸き上がってきて、脳の温度がちょうど平熱になっていくような気分だ。

 もちろん理不尽なのはわかっている。

 俺が勝手に清楚でうぶな女性の理想を押し付けていただけなんだから。


 実際の佳子という女は、所詮その辺の女と変わり無い。

 結局彼氏がいても不貞を考え、他の男を家に呼ぶような人間なのだ。

 そう考えると、半ば強引に誘って万が一関係が壊れたとしても、もう良いとも思えてきた。


 表情を固くした俺は、静かにソファーに戻る。

 先程とは別の意味で、目の前の映画には興味が沸かない。

 カチャカチャと食器を拭く音が静かになると、佳子がソファーへと戻ってくる。


 俺とくっつくかず、足一本分隙間を空けて。

 正直、カマトトぶるのはもう止めろ。

 そう思った俺は、その隙間を詰める。


 今までになく強引に迫ったことと、俺と離れたがゆえにソファーの腕置きギリギリに居たため、逃げられなかった佳子は俺にその細い腕を捕まれる。


「はっ……離して」

 困惑の表情が、俺の嗜虐心を駆り立てる。


「男を家に呼ぶってことは、どういうことなのか、まさかその歳になって分からないなんて言わないよな?」

 先程より強く握った腕が小さく震えた。

 そして、強引にキスを迫ろうと顔を近づけた俺は、佳子がその目に涙を湛えているのを見てしまった。


 俺はそれに混乱してしまう。

 彼氏が居るのに、他の男を家に上げるような女が、キスごときで本気で泣く事なんてあるのだろうか?

 一瞬思考に意識を持っていかれた所で、佳子は俺の手を振り払い立ち上がる。


 だが、俺ももう止まらない。

 今まで騙されていた事や、思わせぶりな態度はなんだったんだ。


「さっきトイレと間違って脱衣所を開けたんだが、男物の下着があったぞ。彼氏が居るとは言っていなかったよな!」

 強引な行動が、さも怒りによるものだったかのように降るまい、多少語気を荒らげる。

 その発言にも小さく体を震わせた佳子だったが。

 逡巡の末に、アラン織りのセーターの袖で涙を拭った。


 そしてそこに現れた目は真っ直ぐ俺を射貫いていた。

「隠していてごめんなさい、ちゃんとお話を聞いてもらって、その上でお付き合いできるか判断してほしくて、今日貴方をここに呼んだんです」




「──それじゃ、脱衣所の下着はストーカー避けだったのか」

 佳子は全てを語った上で、審判を待つ囚人のように顔を伏せている。


 女性ものの服と一緒に男性の服を乾かすと、どろぼう避けになるという話しはよくある。

 一人暮らしの真面目な女の子がとる対策としてはわりと聞く。


「それに、前の家では、ストーカーが家宅侵入までしたなんて……」

「それでこっちに引っ越してきたんだけど、視線を感じるような気がすると、すごく怖くなっちゃって」


 俺が触るのを極端に嫌がるのも仕方がないことかもしれない。

 そんな事とは知らなかったとはいえ、わりと強引に接していたことに、申し訳なさを覚えるほどだ。


「でも、だったらなんで出会い系なんかに手を出したんだよ」

 あそこはストーカーと同じような下品な考えの男の巣窟だと俺は思っているし、俺も同じ穴の狢であることは間違いないのだから。


「ストーカーは元々大学のサークルの関係で、共通の友人が居るから、知り合いの中で彼氏を作っちゃうとその人にバレちゃうと思って」

「そうか、だから誰も佳子ちゃんを知らない所で出会いを探してたのか」


 結局話を聞けば、佳子ちゃんは真面目に恋愛をしたいし、一人で居る寂しさや心細さを埋めたいだけの女の子だった。

 俺の歪んだ価値観で計るには純粋すぎるのだった。


 そして今俺は。

 この肩を震わせて啜り泣く女性を守ってあげたいとさえ思っている。


 それはきっと顔やスタイルではなく、その内面に隠されていた心の内を共有できる関係性になれたことへの喜び。


 一夜の関係では無し得ない感情が、俺に新たな未知の感情を呼び起こすのだった。


「ごめんなさい、私、すぐには、男性に慣れることは出来ないと思います」


 体の関係を求めている事が筒抜けであるのが、なんだか恥ずかしく感じる。


「いや、今の話を聞いて、俺も無理に佳子ちゃんをどうこうしようとは思ってないよ」

 俺はすぐにそんな関係にならなくてもいいと伝えたつもりだったが、佳子は青ざめた顔をあげ。


「もう、私とは会わないって事ですか?」

 まゆじりが下がり、今にも泣き出しそうな顔でそう語っていた。


 そうか、自分がこういう面倒くさい人間だと、佳子自信が思っているんだろう。

 だから自分の状況をちゃんと話してから、関係性を決めたいと、今日はここに呼んでくれたんだ。


「違うよ、佳子ちゃんが慣れるまでゆっくり付き合っていけばいいって事だよ」

 俺は自然と笑顔を作っていたに違いない。

 その先にある佳子の表情が喜びに満ちたものへと変化する瞬間が、あまりにも美しく感じた。


「ごめんね今まで黙ってて」

「大丈夫だよ、ちゃんと言ってくれたし。それに秘密があったから魅力的だったのかもね?」

「その言い方だと、もう魅力的じゃないみたい」

「あっ、いや、そういう意味では無いんだけど」

 失言だったかと慌ててしまったが、佳子がそのやり取りで笑ってくれたのがなんだか嬉しい。


 ああ、しばらく忘れていた。

 これが恋だったかもしれない。


「まだまだ言ってない秘密はいっぱいありますから、私はちゃんとミステリアスな女子ですよ」

「あはは、ミステリアスな女の子は好きだよ」


 そうだ、恋ってのは、相手の事を知る度に近づけた気持ちになって、嬉しくなる感情だ。

 このミステリアスな彼女を少しづつ知ることで、きっともっと佳子の事を好きになっていくんだろう。


「そういえばデートの予定もサイトのメッセージでやり取りしてるから、まだ電話番号も聞いてなかったな」

 きっと俺が新しいストーカーになるかもしれないという懸念があったのだろう。

 無意識に防衛策を取られていたんだ。


「俺で良かったら彼氏を前提に、まずは携帯番号教えてくれないか?」

 少し遠回りだったけど、告白ってのは男からするもんだろ?


「うーん……もう少しミステリアス残しておきたいから、電話番号は次の機会にね」

「先に家の場所を知ってしまってるんだけど……順番違くね?」

「いいの、会う度にひとつくらいがちょうどいいでしょ?」

 そう言った佳子は、俺の手を握って握手をしてくれた。

 男性に触れるのをあれだけ拒んでいた佳子からの、好意的なメッセージに思えて、俺の胸は嬉しさに高鳴る。


「ははっ、なんかドキドキしてる」

 女性との関係の数だけは多いはずなのに、高校生みたいな気持ちになるなんて。


「私だって、今日を楽しみにしてたんだよ?」

 そう言って指差す先にはカレンダー。

 今日の日付に自宅デートと書いてある。

 文字の後ろにはハートのマーク。

 子供っぽさがやけにリアルで、佳子という人間をまた一つ知ったような気になる。


 その日は二人でゆっくり話しただけだったが、俺は帰りつくまで心がフワフワしていたように感じた。





──俺は息を切らして走っている。

 向かう先は佳子のアパート。


『ここもストーカーに見つかったみたい、怖い、お願い、早く来て!』


 そんな文章が俺のスマホに届いたのはついさっきだ。

 元々俺と佳子の家はそう離れていなかった。

 最初に盛り上がった話も、家が近いという話題だったのを思い出す。


 大通りで見つけたタクシーに乗れば十分程度の道のり。

 それが何時間にも感じるように遅々として進まないことにイラつく。

 車内で何度もメッセージを送るが既読にならないことも不安を煽ってくる。


 タクシーを飛び出し、四階まで一気に駆け上がる。

 息を切らし部屋の前に到着する。

「佳子! 佳子!」

 インターホンと共に叫ぶが返事がない。

 ドアノブを回すと鍵が開いていた。

 その一つ一つが俺の正気を刈り取ってくるみたいだ。


 俺は後先など考えずに扉を開けるとそのまま土足で中に入り込んだ。


 つい先日通った廊下。

 二人で握手した居間。

 そこに人影が無いことに安堵はできなかった。


 ドクドクと鳴り止まない鼓動が、なにかを俺に伝えてくる。

 あの時食事を作ってくれた狭い台所に目を向けたとき。


 そこに横たわる佳子の背中を見つけた。


 血で染まった洋服。

 いくつもの穴が開いている。


 その真ん中に突き立った包丁が、佳子の死を象徴するモニュメントのように見える。


「佳……子……」


 それは明らかに動かなかった。

 それでも顔を見たい。

 まだ満足行くほど見ていないその顔。


 ひっくり返すのに邪魔な包丁を抜いても、もう血が溢れることがなかった。

 心臓はとっくに止まっているのだろう。


 肩に手を回すと、あの時立ち上がって逃げた佳子がフラッシュバックするが、目の前の体はそれを黙って受け入れる。

 そのまま抱き抱えるように体をひっくり返した。


 そして俺は。

 投げ捨てるようにソレを地面へと転がして後ずさる!


「誰だ、お前は!」


 ソレは知らない女だった。

 元々化粧っ気のない佳子だ、すっぴんだからなどという次元の話ではない。

 単純に違う人物。


 我を失っている一瞬に、俺は後ろから床に押し付けられた。


「容疑者と思われる男を確保! 通報にあった女性は死亡している模様! 応援求む!」

 紺色の服を着た男に手錠をかけられるまで、思考は止まったままだったが。


 一気に脳に血が回り始めた。


「俺じゃねぇ! こんな女初めて見るんだ! ここは佳子の家だ、佳子に会わせてくれれば分かる!」


 叫び、暴れようとするのを、駆けつけた多くの警察官に押さえ込まれる。

「その佳子さんが死んでいるんだ、お前の言い分を誰が証明できるんだ!」


 その言葉を聞いたとき俺の背中に悪寒が走る。

「どういう意味だ、ソイツは全然佳子じゃないぞ」


 きっと俺が暴れても何も解決しない、不思議な出来事が起こっている。

 警察官に無理矢理連行されながらも、俺の脳は思考が追い付かない。


 現実を受け止められない内にパトカーへと押し込まれる。


 サイレンの音に集まった野次馬が怖い。

 俺の服が血塗れであること、そしてそれを面白おかしく写真に撮っている。

 警察官がそれを阻止しようとしているが、野次馬は刺激的なコンテンツに口許をほころばせている様がなんとも恐ろしいと感じたのだ。


 だがその笑顔の中にひときわ邪悪なものを俺は見つけた。


「佳子」


 それは俺の知っている佳子だった。





「それが君の言う謎の女との関係?」

 声の通りを良くするために、いくつもの穴が開いた樹脂の板の向こうの男が声を出す。


「ええ、自分は利用されたんです」


──佳子と名乗ったあの女は、あの日死んでいた佳子を憎んでいたのだろう。

 合鍵まで作っていつでも殺せるくらいに。


 そしてあの日俺はあの女に騙されて、死んだ佳子の家に招かれた。

 家主本人はカレンダーに書いてあった通り、彼氏の自宅でデートをし、そのまま泊まったに違いない。

 まんまと俺はあの家を女のものだと勘違いさせられた。


 後日、本物の佳子を殺害してから俺にサイトからメールを送ってきた。

 俺は駆けつけ、血塗れの死体を抱き抱え、包丁を握り、犯人になったのだ──。


 それを伝えても目の前の男は、眉を揉みながら下を向くばかりだ。

 俺を助けてくれるはずのその男も、随分駆け回ってくれたが、女の行方は知れない。

 何度も聞かせて悪いがこれは俺の怨み節みたいなものだ。


 最後に。

 最後にパトカーの中で佳子を見つけたとき。

 その口はこう言っていた。


「ミステリアスな女は好きでしょ?」


 そうだ、俺の心は未だにあの女に囚われている。

いかがでしたでしょうか?

短編だけではなく長編も含めて好きに書いています。

もし良ければ他の作品もご覧いただけると幸いです。


あなたのこの時間が有意義な時間になりますように!

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