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エボシオリ  作者: 緑兵 鍊
2章

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7節 神器を知った男

 資料室で出会った眼帯の男。俺の足にしがみつき絶望の表情を浮かべて命乞いをしてきたので一旦落ち着かせ、事情を説明させた。


「ぼくはオカルト研究会の月ヶ瀬(つきがせ)影虎(かげとら)。あなたと同じ2年です。研究会とありますがメンバーはぼく一人です…。」

「じ、実は今、誰かに命を狙われてるんです……!だからあなたが犯人だと思っちゃって…襲っちゃってすみません…。」


 コイツは俺の足にしがみつくことを襲うと言うらしい。それにしても命を狙われているとは何とも物騒な話だ。本当だったらかなり恨みを持たれる事をしたのだろう。

 俺が疑わしそうに見ていたのがバレたのか月ヶ瀬は再び泣きそうな顔になり、必死に説明する。


「本当なんです!ぼくが論文を発表したその日の夜、誰かがぼくの後を尾けて来たんです!それからぼく怖くてずっとここに隠れてて…。」

「…は!?お前ずっとここに隠れてたのか!?マジで!?」

「…はい、怖くてトイレも我慢してました。…もう限界なので付いてきてくれませんか?」


 俺は頭を抱え、俺の制服の裾に掴まる月ヶ瀬をトイレに連れて行った。アイツが用を足している間、俺の用も済ませるために論文について尋ねる。


「論文ですか?見たいならぼくのスマホにデータがあるので見せますよ…。それとぼくからも聞きたいことがあるんですけど…。」

「え?何だ?」

「あなたと犯人が言ってたその…神器ってぼくの論文と何か関係があるんですか?」


 予想だにしない質問に一瞬頭が真っ白になる。


(月ヶ瀬は神器を知らない?なら資料室での神器の反応は…?それに、犯人が神器を知ってる奴だって……?)


「あーわからん!まずは情報を整理する必要があるな。話は論文を見てからだ。」



 ―――


 資料室に戻り、論文を見せてもらった。気になった部分を抜き出すとこうだ。


『物に魂が宿るのは、複数の方法があると思われる。

 一、長い年月が経って自我を持つもの

 二、儀式で意図的に呼び込むもの

 三、人の願望によって与えられたもの


 中でも上記の三の方法で魂が宿った物は自身の魂を分け与えて形を最適化させ、体の一部のように扱うことができるという説がある。野球のグローブのように身体に馴染んでいく物は使用者の願望によって形が変えられているのでないかと考えられる。


 持ち主がいなくなった物は朽ち果てるか新たな主人の元でまた新たに形を変えられていくため、大量生産した市販品であっても全く同じ物は存在せず、使用者によって引き出せる物の力は変わるのではないだろうか。』


 この内容は俺が見た神器と呼ばれる物と驚くほどに特徴が酷似していた。そして、俺の持っている手ぬぐいも神器なのだろう。その事を月ヶ瀬に伝えると、くすんでいる黒い瞳の奥が微かに輝いて、目と鼻がぶつかりそうになるまで顔を近づけ興奮気味に喋り出す。


「やっぱり熊坂さんも神器を持っているんですね!しかも、僕の神器とは違う、物に魂が宿るタイプ…!」

「あ、ああ…そうだよ。てか顔近えから離れてくれ…。」


 背中を仰け反っても顔を近付けてくるので流石に指摘した。月ヶ瀬は中性的な顔立ちではあるが俺にそっちの趣味は無い。顔を赤くして申し訳なさそうに顔を俯けていても全く可愛いとも思わない。本当に。


「ご、ごめんなさい…!ぼく生まれつき目が悪くてほとんど見えないんです…。片目だから距離感も掴みづらくて…左目は全く見えないからみんながわかるように眼帯で隠してます…。」

「そうだったのか、それは…悪かった。」


 思えば、資料室が暗かったのもトイレに行く時に裾を掴んでいたのも目が見えなかったと考えれば納得がいく。しかし、それなら重大な疑問が生まれる。


「月ヶ瀬、お前目が見えないのにどうやって犯人から逃げ切れたんだ?」


 月ヶ瀬が首を傾げ、顔を曇らせたと思ったらすぐに真剣な表情に変わった。どこか緊張が読み取れる。


「その…あんまり驚かないでくださいね?ぼくの眼、ちょっと怖いので。」


 そう言って黒い眼帯に触れると淡い光を帯びる。その光はあの日見た神器の光と同じで眼帯が左目の中に吸い込まれていく。白目が黒く侵食されていき、瞳は黄色く変色する。まるで夜に輝く月のように。しかし、瞳孔が十字にひび割れ、この世のものとは思えない異形さに戦慄し鳥肌が立つ。この眼を見て驚くなという方が無理な相談だ。


「ぼくの眼帯は新しい眼に形を変えるんです。2年前にある事があってこの神器が生まれました。この眼はただ見えるだけじゃなくて、見つめている間、ぼくの姿を認識出来なくなるという能力があって、その力のおかげでなんとか逃げる事ができました。」

「はえー…なるほどな。どおりで見つからない訳だ。」


 月ヶ瀬の能力、自身の存在を消す力は恐らく俺が資料室に訪れた時も発動していたのだろう。突然デスクの下から現れたように見えていたが、最初からデスクの下でうずくまっていた訳だ。着物幽霊の感知は誤魔化せなかったが……。


「ともかく、これで犯人がお前を襲う理由が多分わかった。」

「な、何故ですか!?教えてください!!」

「単純な話だ。お前を敵と勘違いしてるんだよ。俺も神器を狙う変な奴に会ったことがあるんだけど、そん時、俺の知り合いが言ってたんだ…"奴ら"って。」

「そんな…!?じゃあ…?」

「ああ……今頃、その"奴ら"は神器を持ったお前を敵だと確信しちまったかもしれねぇ…。」


 言いたくはなかったが嘘を言っても危険なので、あえて一番最悪の想定を伝えた。犯人は一人ではないということを。当然、その話を聞いた月ヶ瀬はショックを受け、膝から崩れ落ちる。すでに精神の限界を迎えていたのか表情が固まったまま涙を垂れ流していた。


「ぼくは……一体…どう、すれば……?」


 虚ろになった口から絞り出すような弱々しい言葉。たまたま神器を知ってしまった一般人が命を狙われるなんて怖いに決まっている。その理不尽な恐怖を俺は知っている。抜け殻のように力が抜けている月ヶ瀬の肩を力強く叩く。こんな時だからこそコイツには喝が必要だと思ったから。


「…安心しろ、月ヶ瀬。俺に頼れそうなアテがある。…だからそんなに怖がんなって!絶対に守ってやるから!」


 死にそうだった顔が段々生気を取り戻し、やがてぐちゃぐちゃの泣き顔に変わる。口元を制服の袖で押さえて必死に堪えていたが決壊して大声で泣き出す。


 関わるなという実救との約束を破りたくはない。…だが、ここで困っている奴を見捨てる奴にもなりたくはない。


(悪い、実救…。今回だけ許してくれ。)


 俺は月ヶ瀬が泣き止むまで肩をしっかりと掴み続けた。

 月ヶ瀬は異形の眼で俺を上から下までまじまじと見つめてくる。あの眼に見つめられるとビームとか打たれそうで少し怖い。


「……何だよ?そんなジロジロ見て…透視能力とか持ってんじゃないだろうな?」

「…えっ!?そんな凄い能力は持ってないですよ…!?何となく人となりが判るだけで…!」

「そうなのか……って、いや!それも凄いだろ!?」

「そうですかね?その人の性格なんて話していたら判ってこないですか?」

「それは確かに…。」

「それにしても…熊坂さん、最初はちょっと怖い人だと思っていたんですけど、視てみたら凄く優しいオーラで安心しました…!」

「はあ…そりゃどうも…。(オーラねぇ…。)」


オカルトらしいスピリチュアルな言葉に懐疑的な相槌を返す。


「それに、顔も男らしくてカッコいいし、憧れます…!」

「ほう…!中々わかってるじゃないか…。」


事実だが、素直に褒めてくれる賞賛の言葉に感嘆の声を漏らす。


「それと熊坂さん…。」

「あー…あとさ…その『熊坂さん』って言うのやめてくれないか?名字で呼ばれるの…嫌いなんだ。同い年で友達なんだしタメ語でさ、長助って呼んでくれ。」

「あ…は、はい!長助さ……長助…よ、よろしく……… オネガイシマス。」

「ま、まあ!無理にタメ語で話さなくても良いから…な?」

「いや!と、友達だから!ぼく頑張りま…頑張るよ!」

「ハ、ハハハ…そうか、頑張れよ…?」


こりゃ先は長そうだ…。

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