6節 日常に潜む影
春休みが終わり、大学生活が始まる。成人式を迎え、大学2年になったからといって何かが劇的に変わるなんてことはなく、授業を受けて友達とバカやっての平凡な毎日だった。ただ、そんな毎日でも一つだけ変わった事がある。
「長助、お前何でいっつも変な柄のハンカチ持ってんだ?」
「ハンカチじゃなくて手ぬぐいな。」
「…一緒じゃね?」
「大きさが違う。」
「そんだけ!?細かいなー…。」
赤と緑の妙な色合いをした和柄の手ぬぐい。俺が持ち帰ったボロボロの着物は、母さんの手によって見事に縫い直され、手ぬぐいとして生まれ変わり、カバンのお供となった。
「なあ、オカ研の論文発表見た?」
「オカケン?誰のことだ?」
「違うって!オカルト研究会の事だよ。物に魂が宿るってやつ。中々話題になってるみたいだぜ?」
友達の言う題材に俺はすぐに神器や着物の幽霊を連想させる。偶然とは思いつつも、正体を知れる可能性があるのならどうしても気になる。しかし、うちにオカルト研究会というサークルがあるなど聞いたことがない。活動場所を尋ねると、普段はB1Fの資料室に籠もっているらしいので、放課後話を聞きに向かうことにした。
―――
「資料室…ここか。」
放課後、行き慣れない地下への階段を降り、薄暗い廊下の突き当たりに進むと、蛍光灯が点滅した内照式看板に『資料室』と表示された扉をみつける。いかにもな雰囲気にオカルト研究会がここにいる理由が何となくわかった。
ドアノブを捻って扉を開ける。中は静かで扉の軋む音だけが鳴り響いていた。部屋は暗くて人の気配も無い。今日は来ていないと判断し踵を返したが…。
ガタン!!
「あっ!?」
「…っ!?びっくりしたぁ!?人いたんすか?」
奥から何かに当たる音と声が聞こえ、小さく飛び跳ねる。誰かいるとは思わず、驚きつつも声を返す。壁にある照明のスイッチを手探りで探して、凹凸の感触を確認するとそいつを押し込む。パチッと軽快な音が鳴り、資料室の全貌が露わになった。積み重なる段ボール。壊れた備品とイベントで飾るようなパーティーグッズの残骸達。壁沿いに棚が並んであるも置かれているのは埃の積もったプリント類ばかり。要は、もう使ってない物置だ。
「俺、2年の熊坂長助です。論文のこと聞きたくて来たんですけど。」
「……。」
しばらく待っても返答はなし。というか照明を点けても声の主の姿は見つからなかった。物陰に隠れているかと思いきや、段ボールの裏や物の隙間にもいない。
「あの〜、どこにいます?論文のこと聞きたいだけなんですけど…。」
「……。」
またしても返答なし。念の為、部屋全体に聞こえるように少し大きな声で話したが効果はなかった。二度も無視され、流石にイライラし始める。さらに語気を強め三度目の質問をする。
「あの〜!聞こえてます?論文!聞きたいんですけど!」
「……。」
反応なし。駄目だ。諦めて帰ろうとした時。
「チョウスケ、ここ、ジンギある。」
着物の幽霊の声が聞こえた。あの日以来話しかけてくることが無かったのでてっきり成仏したと思っていた。そして久々に喋ったかと思えば、衝撃的な内容を口にする。
「神器だって…!?こんな所にか?」
俺の言葉に幽霊は肯定する。どうやら着物の幽霊は神器を大まかに感じる事が出来るようだ。論文に神器。いよいよ偶然では済まされない状況にきな臭さを感じる。
(オカルト研究会…何者なんだ?)
この辺りと示した箇所には机上に物が散乱している職員用のデスクがあった。近づいて確認するとここだけ埃が被っていない。普段からこの机を利用しているという証拠だ。
「ならここに神器があるかもな。」
俺が言葉を発した途端、デスクが大きく揺れ…。
「うわああああ!!!」
情けない大声と共に黒髪で小柄の男子がデスクの下から飛び出し、俺の足にしがみついた。謎の男は恐る恐る顔を上げる。髪で片目を隠した目隠れでさらにその隙間から黒い眼帯をしているのが見えた。
目が合った途端、くすんでいた黒い瞳が大きく見開かれ、下がり気味の眉がさらに大きくハの字に下がる。口からは僅かなうわ言が漏れて、嘆きと後悔をあわあわと発していた。
始めは俺を襲撃したつもりだったのだろうが力が弱すぎて倒せないという中途半端な結果となり、今では俺に許しを請う哀れな小動物みたいな逆の構図ができあがった。
「ご、ごめんなさい……殺さないで……!」
「な…なんだコイツ…。」




