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エボシオリ  作者: 緑兵 鍊
1章

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5節 平和に帰還

「チョウスケ…」


 誰かの声で目を覚ます。俺は病院のベッドに寝かされていた。周りには黒服の男達が立ち、俺を凝視していた。曲がった男の仲間が報復に来たと思い、急いで立ちあがろうとすると、隣に座っていた和服の女性が俺を宥め、黒服達を捌けさせる。意味がわからず固まっていると、女性が俺に挨拶をする。


「びっくりしたでしょ?ごめん。あの人達は私の護衛だから気にしないでね」


 初対面でフランクに話しかけてきた女性はニコリと微笑み、俺の手をそっと握る。美人に触れられ胸が高鳴り、顔が強張る。だが、俺はその笑顔に見覚えがあった。


「もしかして…実救…?」

「うん、久しぶり……長助。」


 知らなかったとはいえ、実の姉にときめいてしまったことに、恥ずかしさや男の情けなさなどの複雑な感情が込み上げる。顔が熱くなるのを感じ、咄嗟に反対に顔を向けて会話する。最初はお互い余所余所しさはあったが、姉弟だからか14年の溝はすぐに埋まっていった。


「熊坂様、そろそろ……。」

「あっ…!すみません。余計なおしゃべりばかり…。」


 黒服の一人が申し訳なさそうに会話を中断させる。


(なんか…貴族や役員のスケジュールを管理する執事とか中間管理職みたいだな…。)


 実救と再会したことに浮かれてたが、親父の家での出来事や実救がこんな黒服を従えているのは普通とは思えない。間違いなく何かとんでもない事が起こっている。


「長助、あなた相続を放棄したと聞いたけど…本当?」

「…え?…ああ、うん。熊坂の何とか蔵?の権利だろ?本当だよ。加賀さんに聞いたのか?」


 加賀さんと夜千代は何とか一命をとりとめたらしい。俺が目覚めたのが2日後だったが、加賀さんは昨日目覚めて今も別の病室で入院しているが、なんと夜千代はその日のうちに目覚めてもう退院しているとのことだ。同じ人間とは思えない回復力だ。


「そう…。ならこれ以上は何も言うことはないわ。」

「ちょっと待ってくれ。こんな事になっても何も話さない…って流石に納得いかねぇよ。」

「駄目よ。これはそんな単純な問題じゃないの…。無関係の人においそれと話す訳には…。」

「無関係って…!姉弟だろ!?」

「……。でも、あなたはもう熊坂家じゃないでしょ?」


 冷たい態度で突き放された事にカッとなってベッドから飛び上がり、座っている姉を睨みつける。すると、廊下にいた黒服達が俺を取り押さえようと迅速な身のこなしで近づいてくる。


「下がりなさい!……大丈夫だから…。」


 姉の鶴の一声で黒服達はピタッと動きを止め、元の配置に戻っていく。今の気迫は組員の頭のように凛として堂々たるものだった。あの病弱だった姉の初めて見る一面に俺も気圧されてしまった。


 俺が面食らっているのを見抜いたのか、すぐに優しく微笑み、空気を和ませる。しかし、その笑顔はどこか物悲しげではあった。


「ごめんね…。でも、これはあなたのためなの。もし関わってしまったら、この先、今回体験した以上のいざこざがあなたに押し寄せるわ。もう二度と普通の生活には戻れない。お母さんにも会えなくなるわ。」

「……っ!」


 俺は自惚れていた。クズな親父の元で生まれて、自分が不幸で周りの人間は幸せな家庭に生まれて羨ましいと。ついさっきまでそう思っていた。


 でも、そうじゃなかった。俺はギリギリのところで皆に護られていたんだ。加賀さんと夜千代、そして実救にも。皆、俺の知らないところで俺が普通の人生を歩めるように命を懸けてくれていたのだと。


「長助……お母さんを一人にしないであげて…ね?お願い。」

「……………わかった。」


 俺が了承すると、本当に嬉しそうに笑った。その笑顔を見ると心が痛い。俺は外の空気を吸ってくると言い、病室を後にした。



 ―――


 屋上に行こうとしたら看護師に止められ、中庭へ案内された。生垣と色とりどりの花が綺麗に手入れされており、中央に噴水と屋根付ベンチが設置されていた。ベンチに腰掛け、ただひたすら噴水の流れをボーッと見ていると、後ろから肩を叩かれた。


 振り返ると、車椅子の加賀さんとそれを押している夜千代がいた。


「長助くん、おはよう。夜千代から話は聞いたよ。俺達を助けてくれたんだってね。その節は本当にありがとう…!」

「あ~…いや、俺はただ、俺のせいで迷惑かけちゃったからその責任を取ろうとして…。」

「ハァ…お爺、だから言ったでしょ?コイツはどうせ礼を言っても素直に受け取らないって。」

「あ?お前は礼を言えよ。あの時俺がいなきゃ、あの火炎男にやられてただろ?」

「それはこっちのセリフだ。最後に僕がトドメを差したこと忘れるなよ…?」


 俺と夜千代がいがみ合っていると、加賀さんが豪快に笑い、「喧嘩するほど仲良くなって嬉しい」と口にする。もちろんそう言われて仲直りする訳もなく、「そんなことはない」と突っぱね、さらに険悪になる。いつまで経っても埒があかないのでお互い助けて1勝1敗という結論になった。


「ところで加賀さん、さっき実救に会いました。」

「…!そうか、何か聞いたかい?」


 加賀さんは目を細め、慎重にこちらから情報を把握しようと様子を伺ってくる。


「いえ…。ただ、母さんをよろしく…と……。」

「……フッ、そうかあ…。なるほどね。」


 加賀さんは全てを察したかのように小さく吐息を漏らし、どこか遠くを見つめていた。


「俺も君が元気でやっていけるのを祈っているよ…!」


 別れの挨拶を言い、俺に背を向ける加賀さん達。


「あ、そうだ。加賀さん、これ…。」


そう言って二人を呼び止めると、懐から一本の黒いライターを取り出す。


「な…!?お前、それアイツの——。」

「ああ、あの火炎男の神器だ。」


 目を丸くして驚く夜千代と、真剣な眼差しで俺を見据える加賀さん。

一拍、間が空いたところで加賀さんが手を伸ばし、俺の手からライターを受け取る。


「長助くん、どうして、これを?」

「もう俺には必要の無い物なので。」

「いや、そうではなく…………まあ、いいか。

 確かに君には必要の無い物だからね。これ以上の詮索は止そう。」


 そう言うと、二人は振り返ることなく中庭を後にした。

俺はその背中が見えなくなるまで見送り、冷え始めた身体を抱えて病室へ戻る。


 病室の前に着くと、廊下にいた黒服たちは姿を消していた。

実救は、もう帰ったのだろう。


 扉を開け、ベッドテーブルに目をやる。

そこには、フルーツの盛り合わせと、赤いツバキの花が静かに置かれていた。



 ―――


 あっという間に退院となり、俺は母さんのいる実家へと戻って来た。あの後、嘘みたいに何も起こらず、この数日の出来事が全て夢だったんじゃないかと思うくらいだ。


 母さんには適当に観光していたと伝えたところ、何度もスマホに連絡を送っていたと返ってきて、そこで初めて俺のスマホが親父の家と共に燃え尽きたことを思い出した。


「あら?長助、これは?」


 母さんが俺の着替えから何かを取り出して俺に見せる。それを見て俺は頭を抱え、適当な言い訳を探す。


「あー……それは……親父の遺品…的な?」

「遺品?こんなボロボロの布が?…ちょっと、これ煤だらけじゃない!?あーあー…もう~!」


 煤だらけの赤と緑の着物。俺が唯一この旅で持って帰ってきたこの布切れが、また俺の運命を変えることとなることはまだ誰も知らない。

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