4節 曲がった男(後編)
炎の中から再び男が現れる。手には噴射口ではなくライターを持っていた。恐らくあれも噴射口へ形を変えるのだろう。男がライターを噴射口に変える。こちらに構えて発射しようとした時、俺は持っていたスマホを投擲した。物を投げられ、被弾を恐れたのかまた炎の中へ消えていく。今までの動きを推測するに、炎になる能力と攻撃は同時には使えない。そして炎になる能力を解除した時、なぜか噴射口ではなくライターになっている。
(どうやらカラクリが見えてきたな…。)
炎になる能力は膨大なエネルギーを消費するのだろう。能力を解除した時、神器が元の姿に戻っているのはエネルギーを使い切ってしまうからだ。その間はエネルギーを補充するために少しの間、能力が使えなくなる。つまり、狙い目は能力を解除した時。
勢い良く後ろを振り返る。炎から現れた男が俺と相対しているのを見て一瞬だが動揺する。
「後ろを向いていると思っていた奴が正面向いてたらビビるよな。…そして今だ!」
右手を掴むことに成功し、固く握りしめた指に爪を立てて無理やりこじ開けようとする。男も必死に盗られまいと身をよじり抵抗する。クールタイムがどれくらいかわからないがここで奪えなければ奴は警戒して決して近づかなくなる。チャンスはこの一回きりだ。
「おおおおおお!!!離せええ!!」
「このクソガキが…!」
残り一本まで指を引き剥がしたところでライターが鈍く光り始める。無情にもライターは噴射口に変わり、炎となって消える。すぐに男が現れるが、かなり距離を空けた場所だった。
「あ〜…危なかったぜー。ただのガキだと舐めてたらここまでやるとはなぁ…。遊んでやろうと思ったがお前ら生かしとくと危険だからさっさとまとめて殺すわ…!」
噴射口から小さな火球の弾幕が弾ける。部屋全体を覆い尽くす圧倒的な量に避けることもできず被弾する。
「ぐわあ!!」
「長助!…ウッ!ゴホッゴホッ……。」
「槍の方は上手く防いだようだなぁ〜。…だけどもうまともに動けないだろぉ〜?先にガキの方から始末してやるからそこで見てるんだなぁ…!」
噴射口が俺に向けられる。今度は高火力で焼き尽くすのだろう。もう対抗できる手段が残ってない。俺は死を悟り、瞼を閉じた。
「チョウ…ハン…。」
か細く囁く女の声。足元から聞こえてきた声に目を向けると、ほとんど燃えて煤だらけになった赤と緑の着物があった。着物の幽霊が最期に語りかけてきたのだ。
「チョウ…ハン…。」
「違う…俺の名前は長助だ。」
「チョウ…スケ…?」
「ああ、一緒に逝こうぜ。幽霊さん」
「チョウスケ…!」
「じゃあなぁ…クソガキ…!」
炎が迫り全身に痛みが走る。火傷は最も苦しい死因の一つと言われているだけあって耐え難い痛みが常にやってくる。
(ああ…痛え…アイツのライターさえ奪えてたら俺も炎になれたのか…な……。)
遠のく意識の中、俺の右手に冷たい感触が伝わり、反射的にソレを握った。
ーーー
「チョウスケ、おきて…」
幽霊の声で目を覚ますと一面炎の中にいた。痛みも火傷痕も無いことから俺は死んだのだと思ったのだが、右手に違和感があり、胸の前に持ってくると噴射口が取り付けられていた。
「これ…アイツの神器…だよな?なんで俺の腕に付いてんだ?これは夢なのか…?」
「ううん…ユメじゃない。うばったの…。」
「奪った?この神器を?」
「そう…。でもうばったジンギ、いまいっかいしかつかえないからきをつけて……。」
「お…おい…………。」
またしても意識が遠のき、最後に見たのはあの着物を着ている緑と赤の髪色の少女の後ろ姿だった。
「…はっ!はあ…はあ…!」
意識が戻る。今度は家の中だ。右手にはライターが握られており、曲がった男の方を見ると、あちこち見渡して必死に何かを探していた。
「本当に奪ったのか…。」
「長助!無事だったか…!ゴホッゴホッ…!!」
「何ぃ…!なぜ生きて…っ!?それは俺のライター…!?おまぁえが奪ったのかぁ…!!」
曲がった男は焦って俺の元に飛び込んでくる。俺はその顔面めがけて前蹴りを繰り出す。今度の手応えは確かに当たっていると確信できた。男は空気の漏れた悲鳴を上げ、吹っ飛んでいく。男はその場に力無く倒れ、そのまま気絶した。
「…おし。これで大丈夫だろう。夜千代、今すぐここから…っておい!?大丈夫か!?」
夜千代は膝をついたまま項垂れていた。呼吸も浅く、意識を失う寸前だった。加賀さんの方は意識がないが、脈はまだあった。二人とも今脱出すればギリギリ助かるかもしれない。加賀さんを背負って夜千代に肩を貸しながら長い廊下を渡って行く。一歩また一歩と玄関に近付き、脱出できると喜んだ次の瞬間、後ろから衝撃が走る。
「熱いぃぃ……!熱いよおぉぉ……!俺の神器を返せえぇぇ………!!」
「お前っ…!まだ懲りないのか!」
背中が燃えている男の手には奥の部屋に飾ってあった小さな模造刀が握られていた。これで俺の後頭部を殴ったようだ。頭から血が垂れてくる感覚を感じながら俺は男と相対する。時間が無いため多少犠牲を払ってでも強引に突破しようと俺が前に出たその時、隣の部屋が大きく音を立てて崩れた。その衝撃で俺は倒れてしまい、不運にも曲がった男も俺の上に倒れてきた。
「返せえぇぇ………!返せえぇぇ………!!」
「ぐっ…!?返す訳ねえだろ!離れろ…!!」
男の炎が俺にも燃え移る。1日で2回も火傷の痛みを味わったが、痛みが軽減されることなんてない。
(クソ…!こうなったらもう一度神器を…!)
ライターを握って強く念じる。しかし、何も起きない。そこで幽霊に言われていたことを思い出す。奪った神器が一回しか使えないから気を付けてと。
(万事休すか…!)
最後の最後で運はこの男に味方するのかと神様を恨み、それでも必死に生き延びる方法を考える。
(ライターを投げて逃げる?駄目だ、その後追い付かれて殺されるのがオチだ。クソックソッ!!何かないか!?コイツを倒す方法が何か……!)
「…ッゴ……ガフッ!?」
その時、男が吐血したかと思えば、背中から腹を突き破って槍が貫通していた。切っ先は俺の腹に触れるギリギリのところで留まっている。見上げると俺の頭上に影が見える。夜千代だ。意識が朦朧とする中、俺に当たらないようにしながら曲がった男だけを串刺しにしたのだ。槍を振り払い、男を廊下の奥へ吹き飛ばす。
「夜千代!!すまん、助かった!」
「……ぼ、くはいい……から…お爺を………。」
ついに力尽きて意識を失い、壁にもたれ掛かる。俺は燃え移ったシャツを脱ぎ捨て、加賀さんと夜千代を両脇に担いで脱出を試みる。意識を失った人間2人を担ぐなんて普段の俺なら無理だっただろうが、火事場の馬鹿力が働いたのか家が倒壊する前に脱出することが出来た。
倒壊する家を尻目に車で最寄りの病院に転がりこんだ。火事で2人が意識無い事と車をフロント前に停めてある事を話した時、俺の意識もそのまま消えてしまった。
神器解説
観炎葬式オイルライター
人を燃やす事を快楽とする放火魔が愛用していたライター。間近で人が苦しむ様を見たいという願望によって神器となった。
能力
・自身を炎と一体化し、火に対する完全耐性を得る。炎そのものとなるので火傷、火傷痕は無かった事になる。その代わりエネルギー消費が激しく、10秒でエネルギーが底をつく。条件は半径2m以内に炎がある事。
・火炎放射器に変形し、自身の思い描いた炎を発射する。形状、温度、質量、色までも変えられ、線状に伸ばし拘束したり、ビームサーベルのような剣状に放射し接近戦も可能。




