表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エボシオリ  作者: 緑兵 鍊
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/47

43節 血塗れの家

 あの後、逃げ帰ろうとする月ヶ瀬を追いかけ、必死に弁明した。

 途中までは信じてもらえなかったが、神器で人間に変身した猫だと説明すると、途端に目の色を変え、「病室に戻ろう」と言い出した。


 だが、その直後。

 背後から迫ってきた看護師にこっぴどく怒られ、俺への面会は謝絶。

 月ヶ瀬は強制退去となった。


 物悲しげな顔で出口へ引きずられていくアイツの姿が、妙に印象に残っている。


 それから一日後。

 俺は無事に退院した。


「はぁー……やっぱシャバの空気は美味いな。

 さて……帰るか、タマ。」


「ニャ〜。」


 声を掛けて後ろを見ると、リュックの中から白猫がひょこりと顔を出した。


 タマは、うちで飼うことにした。

 身寄りがないのもあるが、治癒ができる神器を持っていると知れれば、絶対に狙われる。

 なら、俺たちの目の届く場所に置いた方がいい。


 問題は、それを母さんが許すかどうかだが……。


「おかけになった電話番号は――」


「ダメだ……また繋がらない。」


 昨日からずっと連絡が取れないままだ。

 幸い病院から家まではそれほど遠くない。迎えは諦め、自力で帰ることにした。


「怒ってるのか……?

 ……気が重いなぁ……。」


 成人したとはいえまだ学生。

 それが新学期早々、数日も家に帰らなければ怒って当然だ。


 せめてもの機嫌取りに、母さんの好きなロールケーキを買う。

 最寄り駅から家までの道を、重い足取りで歩いた。


 見慣れた町並み。

 見慣れた道路。

 見慣れた一軒家。


 上手い言い訳も思いつかないまま、気づけば家の前に立っていた。


 ドアの前でしばらくウロウロする。

 入る決心がなかなかつかない。

 だが、ここでいつまでも手をこまねく訳にもいかない。


「……よし、行くぞ……!」


 意を決し、鍵を開ける。

 そっと玄関に足を踏み入れた。


 この時間、母さんは仕事のはずだ。

 家には誰もいない……はずなのに。

 玄関に入った瞬間、違和感が走る。


 ――いつもと違う。


 その理由に気づいた。


「どうして、靴があるんだ……。」


 玄関に転がる白いスニーカー。

 母さんが仕事に履いていく靴だ。


 しかも、無造作に脱ぎ散らかされている。


 几帳面な母さんが、こんな脱ぎ方をするのを見たことがない。


 嫌な予感がした。


 急いでリビングへ向かう。

 半開きのドアに手を掛けたその瞬間——鼻を突く異臭に血の気が引く。


 血の匂い。


 リュックの中のタマが暴れ出す。

 最悪の想像が頭をよぎる。

 だが、首を振ってそれを振り払い、勢いよくドアを開けた。


 目の前の光景に、俺は言葉を失った。


 血まみれで横たわる——巨大マグロ。

 その横で、包丁を握る母さん。


「あ、おかえり……長助。

 神津島に旅行行ってきたんだって?」


「……え?」


「それとコレ何?

 いきなりこんな大量に送ってきて……もう冷蔵庫パンパンよ。」


 冷蔵庫には、ありとあらゆる海の幸。

 磯の匂いと、血生臭さ。

 さっきの異臭の正体はこいつらだったらしい。


「か、母さん!?

 今日、仕事じゃあ……!?」


「あー……ちょっと体調崩しちゃって。

 一昨日から休んでたの。」


「電話は!?」


「電話?」


 母さんはポケットからスマホを取り出す。


「あら、電源切れてる。」


 そして、あっけらかんと言った。


「ごめーん、気付かなかった!」


「な……!?」


 全身の力が一気に抜けた。

 俺はその場に崩れ落ちる。

 どうやら、盛大な勘違いをしていたらしい。


 その時、リュックからタマが顔を出し、巨大マグロにかぶりついた。


「ええっ!?猫!?」


 母さんが目を丸くする。


「この子どうしたの!?」


「……拾った。」


 俺は床に座ったまま答える。


「今日から、うちで飼う。」


「ええ……もう。」


 母さんは呆れながら笑った。


「ちゃんと自分で世話するのよ?」


 その日の昼飯は、魚尽くしだった。



 ―――



「加賀さん、家に魚が——」


 昼食を食べ終えると、自分の部屋に戻り、すぐに加賀さんへ電話する。

 夜千代に電話しても繋がらず、他に事情を知っていそうなのは加賀さんしかいなかった。


 家に魚が大量に送られてきた件について尋ねる。

 加賀さんは思い当たる節があるようで、元気な相槌の後、話し始めた。


 なんでも、夜千代が、俺が家に帰らないのを怪しまれないように、神津島に旅行しているという体で、あの魚たちをお土産として送ったらしい。


 それならそうと置き手紙にも書いておけ、と心の中で憤慨したが、加賀さんの手前、ぐっと堪える。


 魚の謎も解けたので俺が電話を切ろうとすると、加賀さんから呼び止められる。


「……奴らに神器を奪われたんだろう?

 災難だったね。」


「……いえ、生きてるだけ奇跡ですよ。

 それに――俺の神器は必ず取り返しますから。」


 電話口の奥から小さく吐息が漏れる音が聞こえる。

 呆れているのか笑っているのか、表情が見えないのでよくわからない。


「君達は強いね…。

 夜千代も同じ事を言っていたよ。」


「夜千代が…?」


 俺の神器が奪われた時、確かに取り返すと言ってくれたが、本気でそのつもりなのか。


「とはいえ、神器を持たない君が奴らに挑むのは危険だ。もし戦う気なら新しい神器を探さないと。」


「あ!それなら――」


 俺は神津島での戦いで善治の神器を使ったことを説明する。

 いきなり右手に解放された神器が現れ、戦闘後にはいつの間にか無くなっていた。


「突然神器が現れた?

 ……うーん、聞いたこと無いなぁ。

 あの男の神器はこっちで厳重に保管してるはずだし……。」


「でも、アイツの神器が俺に言ったんです。

 『俺が喚んだくせに』って。」


「喚んだ……ふむ……。」


 少し考え込む加賀さんをじっと待つ。

 そして――。


「……長助くん。

 今度の休み、ウチに来れるかい?」


「え?」


「君とあの神器をもう一度会わせてみたい。

 …どうだろうか?」


「……!」


 俺と神器を会わせる。

 それはつまり、俺がアイツの神器を使えるか試してみたいということだろう。

 加賀さんが考えていることが何となくわかる。


「行きます。」


 俺は迷わず答える。


 アイツの力をまた借りるのは癪だが、ツバキを取り戻すにはあの隊長らと渡り合う必要がある。

 その点、善治の神器なら、強さは申し分ない。


「分かった。

 なら、前に会った温泉宿『白麓』でまた集合しようか。」


 その提案に俺が肯定すると、加賀さんは別れの挨拶を済ませて電話を切った。


 今度の休みは3日後。

 それまで、入院で鈍った身体を鍛え直さなくては。


 俺は薄暗くなった空を窓から眺め、日課のロードワークへと出かけていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ