42節 再継承
プルルル……。
プルルル……。
おかけになった番号は電波の届かない場所にあるか、
電源が入っていないため――ピッ。
「ダメだ…繋がらない。」
看護師に言われた通り、母さんに連絡を取ろうと電話をかけるが、繋がらない。
着信履歴は二日前の夜が最後だ。
それから1件も連絡がない。
あの心配性の母さんが二日間連絡を寄越さないのは不自然だ。
何か変な事に巻き込まれてないと良いが…。
不安な気持ちを抑えつつ、俺は夜千代達が残した手紙を手に取る。
内容は、俺が気を失った後の簡単な状況報告と、タマの神器について。
どうやら、タマの本当の神器は幻神隊が持ち去った勾玉ではなく、なんと骨の欠片だった。
骨は女性の仙骨の一部と判明したが、誰かは特定出来ていない。
俺の予想では、その骨こそが本物の白羽命様なのではないかと思う。
中でも目を引いたのが、輝龍の言葉だった。
読んでて思わず笑みがこぼれた。
不器用な言葉ではあったがショックを受けていた俺にとって、前に進むための励みになった。
そして、一番の朗報が――。
コンコン。
扉をノックする音。
来訪者だ。
「はい?」
「し、失礼しまーす……!
長助くんはいらっしゃいますか…?」
「…あぁ!どうぞ!!」
奥から聞き覚えのあるか細い声が聞こえ、俺は嬉しさのあまり返答の声が大きくなる。
ゆっくりと扉が開かれ、その人物の姿が露わになる。
自信のなさそうなタレ眉にくすんだ黒目の小柄な男。
月ヶ瀬影虎がそこに立っていた。
「月ヶ瀬!!」
俺は扉の前まで勢いよく飛び出して月ヶ瀬を出迎える。
「わわっ!?…あ、長助…!」
目を丸くして驚いていた顔が俺を認識した途端に、安心した笑顔に変わる。
「目が覚めて良かった!
…身体はもう大丈夫なのか?」
「うん!まだ少し痛むけど、もう大丈夫!
今日退院したよ!」
「そっか…本当に良かった…。
…あ、そうだ……!」
俺は月ヶ瀬の手を引き、ベッドの脇の椅子に座らせる。
その後、机の下のワゴンから黒い眼帯を取り出して月ヶ瀬に手渡す。
「はいこれ。預かってたやつ返すよ。
すげー助かった、ありがとう!」
しかし、月ヶ瀬は少し困ったような顔で笑う。
思っていた反応と違い、こちらも少し戸惑う。
「……どうした?」
「これは、もうぼくの神器じゃないよ…?
ぼくが長助に"継承"したものだから長助のものだよ。」
「え…?そう、なのか?」
継承。
最近、リリカからもその言葉を聞いた。
彼女の家系に伝わる神器も親から子に継承されている、と。
ということは、つまり——。
「俺は月ヶ瀬の子供……?」
「な、何を言ってるの……!?」
「…え?ああ、なんでも無いなんでも無い…!」
ふざけた考えがつい口から出てしまい適当に誤魔化す。
とはいえ100%ふざけてた訳ではなく、俺はてっきり、継承とは血の繋がりがある者の間で行われる儀式なのだと思っていた。
だが、俺と月ヶ瀬には血縁関係などない。
となれば、当然の疑問となるのが…。
「継承ってどうやるんだ?」
その問いに月ヶ瀬は目の色を変え、興奮気味に喋り出す。
「継承っていうのはね?
先代が後継に神器を引き渡すことなんだ!
使用者が認めた相手で尚且つ、相性が良ければ継承させる事が出来るんだよ!
本来、神器は使用者が亡くなるまで他の人が神器を使う事が出来なくて、
先代の死後、次の使用者が現れても、その姿、能力は微妙に変化しちゃうんだけど、継承なら前の使用者と同じ形、同じ能力が使えるんだ!
それでね——!」
「ストップ、ストッープ!!
お前の熱意はものすごく伝わったから落ち着いてくれ。
俺が聞きたいのは、継承のやり方だ。」
月ヶ瀬は顔を赤くして頭を下げる。
そして、モゴモゴと小さな声で結論を述べた。
「……お、お互いの血を混ぜて神器に触れる。
それだけだよ…。
も、もちろん渡す意志と相性が良くないとダメだけど…。」
「おお〜、なるほどな。
つまり、俺と月ヶ瀬の相性は良かったという事だな?」
月ヶ瀬は何も言わず俯いたまま、だらしなく頬を緩めている。
からかったつもりだったが、これまた予想と違う反応に、何故かこっちが恥ずかしくなる。
俺は変な空気と恥ずかしさを誤魔化すために軽く咳払いして、本題に入った。
「じゃあもう一度やろうぜ——継承。」
「も、もう一度継承っ!?」
月ヶ瀬が驚きの声を上げると、扉からノックする音が聞こえ、看護師さんが顔を出す。
そして、少し険しい表情で口元に人差し指を当てる。
俺たちはすみませんと謝りながら頭を下げると、スーッと扉は静かに閉まった。
怒られてしまった。
———
「どうしてもう一度継承したいの?
もしかして、ぼくの神器要らなかった……?」
月ヶ瀬は俺の耳元に近づいてヒソヒソと話しかける。
その声は少し泣きそうだった。
「そ、そうじゃないって…!」
俺は焦って手を振りながら否定する。
捜索から戦闘まで、何度コイツに助けられたことか。
この神器が無ければ、あの島で生き残るのはかなり厳しかっただろう。
「自分の神器が無くなるのって…辛いだろ?
俺、今まで軽い気持ちで神器を奪ってたけど、いざ自分が奪われたらすげー辛くてさ………。
月ヶ瀬もそうなんじゃ無いかって思っただけだよ。」
「……ううん。
ぼくは長助にあげたの後悔してないよ。
確かに、自分の神器が無くなるのは悲しいけど…長助はぼくの友達だから。
友達の役に立つなら、失う以上に嬉しいよ。」
月ヶ瀬の言葉に、また込み上げてきてしまった。
俺は目を閉じて上を向く。
深呼吸して息を整え、俺の思いを伝える。
「——っ、ありがとう…………。
でも、やっぱりこの神器は返すよ。
月ヶ瀬が一番似合う。俺がお前に持ってて欲しいんだ。」
「え、で、でも——」
「それにさ、俺の神器はアイツしかいないんだよ。
例え、他の神器を使ったとしても、《《俺の神器は一つだけ》》だ。」
「……そっか。うん、そうだね…!」
月ヶ瀬は驚いた顔を一度見せ、その後すぐに優しく微笑む。
そして、手に持っていた眼帯を俺の前に出してこう言った。
「始めよう、再継承!」
「ああ!」
俺は、右手の小指の先を噛み、血を眼帯に垂らす。
そして、次の神器の持ち主は月ヶ瀬だと頭の中で唱える。
月ヶ瀬も指から垂らした血を同じ位置に染み込ませた。
するとその瞬間、金色の淡い光が放たれる。
神器解放の光。
その光の源は、元の主の元へ吸い込まれていき、
左目がひび割れた月へと変わり、金色に輝いた。
「これで、継承できたのか?」
「…うん。——おかえり、ぼくの神器。」
左目に手を当て少しだけ目を細める。
長い旅の埃をまとった子どもをまるで昨日出かけたばかりのように迎える、柔らかな声。
俺は月ヶ瀬の顔をじっと見て、少し笑う。
ああ…やはり、この目は月ヶ瀬に良く似合う。
久しぶりの鮮明な景色が嬉しかったのか屈託のない笑顔で辺りを見渡す月ヶ瀬。
だが、ある一点を見つめ、疑問の声を漏らす。
「…あれ?」
そこは、病室のベッドだった。
――嫌な予感がした。
俺は月ヶ瀬の肩を掴もうとしたが、あと一歩届かず、空を切る。
「ちょっと待て!」
俺が声を張り上げるのとほぼ同タイミングで、月ヶ瀬が布団をめくり上げる。
俺の声に驚いた月ヶ瀬が、ビクリと肩を震わせ振り返る。
「ど、どうし――」
「ん〜長助〜うるさくて寝れないよ〜。」
「あ。」
寝ぼけ眼をこすりながら、大きく伸びをする裸の女。
頭に猫耳、腰には尻尾。
端から見ればコスプレしてるようにしか見えない。
タマを見るなり硬直し、ギギギ…とぜんまいのようなぎこちない動きで首を回して俺を見る。
未だ情報を処理し切れてないのか、目を見開きポカンと口を開けたままだ。
この光景、先程も見た。
デジャヴというやつだ。
ヒュッ、喉の奥で息が詰まり、冷や汗が噴き出す。
この後、どんな展開になるか大方予想がつく。
「あ………ぼく、もう帰らないと……!
邪魔してゴメン、そ、それじゃ!!」
「違ーーう!!!誤解だーー!!」




