41節 痛いの痛いの、飛んでいけ
看護師の回診が終わり、体調は問題なしと判断された。
明日には退院できるらしい。
切断された左腕は、縫い目こそあるがほぼ元通りに繋がっていた。
そのことについて彼女は事情を知らないそうで何も分からなかった。
分かったことは二つ。
俺が貧血で運ばれ、二日が経っていること。
ここが神津島ではなく、東京の病院だということ。
俺をここまで運んできた連れ、夜千代とリリカはというと、軽い検査だけ済ませて入院は拒否したそうだ。
リリカはともかく、夜千代は胸を貫かれているのに、だ。
(アイツ、心臓3つ付いてんのか?)
彼らは仕事があると言って、置き手紙を残していったという。
机の引き出しに仕舞ってあるとのこと。
看護師が立ち去ろうと扉に手をかけた時、思い出したかのように声を上げ、こちらにクルリと振り返る。
「そういえば、熊坂さん。
保護者の方に連絡つきますか?」
「保護者ですか?
母なら多分連絡つくと思いますけど…。」
「そうですか?……う~ん、おかしいな…。」
看護師が頬に手を置き、疑問そうな顔を浮かべる。
少し困っているような印象だ。
「…どうかしたんですか?」
「…あ!すみません。大したことじゃないんです。
ちょっとこちらから連絡がつかないだけで…。
知らない番号だから無視されてるだけかも……もし良ければ、熊坂さんの方からご連絡いただけないですか?」
「あ、はい…。分かりました。」
俺が了承すると、彼女はペコリとお辞儀して個室を後にする。
静かになった部屋。
それから、未だにスヤスヤと気持ち良さそうに眠る純白の現人神。
俺は左腕の縫い目に触れる。
ズキッと痛むが、それはどうでもいい。
そこにいつもいてくれたはずのものが、今はない。
「ツバキ……。」
大きな喪失感と悔しさが湧き、シーツに水滴が滲む。
あの日から全く成長してない。
泣かないと決めたはずだったのに思いが溢れ出した。
「また、守れなかった………くそぉ……!」
「大丈夫……?」
突然、下から白い顔が覗き込む。
「うわ!?…なんだよ、起きてたのか…。」
急いで顔を拭い、強がってみせる。
だが、彼女は俺の気持ちなどお構いなしに左腕を指差し、問いかける。
「痛いの?」
「…………ちょっとな。」
「これで痛いの取れない?」
彼女は左腕の縫い目に手をかざす。
すると——。
真っ白な光と共に温かな感覚に包まれ、傷の痛みが和らいでいく。
「痛いの痛いの、飛んでいけ。」
「治癒の神器……!?
いや、そんな訳……。だけど……これは……。」
「こうすると、ぽかぽかして痛くなくなるんだよ。
ご主人も僕にやってくれたんだ。」
「ご主人…?
お前、やっぱり……」
俺が言い終わる前に、ポンッと煙が立ち上り、猫耳と尻尾が現れる。
もはや言わずとも、その正体が丸わかりだ。
「どう?痛いの無くなった?」
尻尾をゆらゆらと揺らし、小首を傾げる。
吸い込まれるような深紅の輝きを放つ眼は真っ直ぐに俺の瞳の奥を見据えていた。
「……そうだな。
…………少しだけ、楽になったかも。」
痛みは完全に消えた。
傷の痛みで泣いていた訳では無いが、
その献身さが心の痛みに安らぎを与えてくれた。
「えへへっ…!そうでしょ?」
彼女は満面の笑みで返すと、肩にもたれ掛かって頭をスリスリと擦り付ける。
仕草が完全に猫そのものだ。
頭を撫でると、気持ち良さそうに喉を鳴らす。
「お前…名前は?」
「僕の名前?うーんと……タマ。
そんな感じの名前だったよ。」
「そうか、タマ……いい名前だな。」
「うん。ありがと、長助。」
「え…?あ、ああ…。」
(名前教えたっけ…?)
しばらく頭を撫でていると、タマは大きな欠伸をして俺の膝の上で再び眠った。
身動きが取れなくなった俺は小さくため息を吐いて、彼女の寝顔を温かい目で見つめていた。




