37節 まどろみの霧(後編)
「…ああ、そうだ。
この霧を起こしたのは天津だ。多分な。」
「アマツ…?」
「俺と同じ第1小隊で、風を操る女。
霧を出せるかは知らねぇけど、昔から手の内明かさねぇとこあるから、出せても不思議じゃねぇ。」
「随分、簡単に教えてくれるな。
もっと出し渋るかと思った。」
「別にいつ言っても良かったんだぜ。
どうせ、オレも対処法知らねぇからな。
……けど、自分から仲間の情報吐くのは違えだろ。」
つまり、自分から言うのはダメだけど、当てたら話してくれると。
変なところ律儀な奴だ。
しかし、輝龍の言うことも間違いではない。
霧を生み出した人物を知ったところでこの事態を解決できる方法は浮かばない。
「天津はビビリだから絶対にこの霧を解かないだろうぜ。残念だったな!」
そう言い、輝龍がケラケラと笑う。
(その台詞…俺より天津って人に刺さってないか?)
ビビリといっても、言い換えれば慎重派とも言える。まどろみの霧を使う辺り、こちらをかなり警戒している。
(輝龍と同程度の実力で慎重なタイプ…普通に厄介だな。)
だが、霧を発生させた時点で勝ちみたいなものなのに、ここまで姿を現さないのは少し慎重過ぎる気もする。
元から倒すつもりが無いのか、俺達の状態を把握しているのか…。
(この霧の中、監視でもしてると?……どうやって?)
頭を悩ませている時、ヒョーヒョーと甲高い音の風が吹く。
「輝龍。」
「あん?」
「俺、ちょっと疲れたから寝るわ。」
「………ぶっ!?は、はぁ!?」
輝龍が驚いた様子で豪快に吹き出す。
ツバがこっちまで飛んできた。
「5分経ったら起こしてくれ。」
「バカか!?バカなのか!?テメェは!」
俺は輝龍の言葉を無視して寝始める。
「Zzz……。」
「マジで寝やがったコイツ…!」
―――
輝龍のモーニングコールは俺の目を開けるには至らず、20分が経過した。
甲高い風が途中何度も鳴り、8度目の風が吹いた後、霧の奥から音もなく、一人の少女が姿を現す。
「キ〜リュ〜ウゥゥ……!!」
宙に浮かんだ山伏衣装の少女は鼻先が触れるかと思うほど顔を近づけ、輝龍を睨みつける。
「アンタねぇ…!私の能力ペラペラ喋ってんしゃないわよ!後、ビビリって言ったでしょ?全部聞こえてたからね。」
「あーうるせぇな…。
長助の野郎は自分で気付いてた。
オレは合ってるかどうか聞かれただけだ。」
少女は眠っている俺をチラリと一瞥する。
「この人が、例の?」
「ああ、熊坂長助。
盗賊団の当主…いや、違うんだったか?
……とにかく、オレをここまで追い詰めた本物の強者だ。」
「…随分、買ってるのね。」
「ああ。強ぇぞ…コイツは。」
少女が俺に近づき、全体を見つめる。
「私の霧に耐性あるみたいだけど、どんな神器を持っているんだろう…?
まあ、それは後で調べれば済む話よね。」
パチン!
少女が指を鳴らすと、風が巻き上がり霧が晴れていく。
周りにはリリカとA、Bが地面に突っ伏し寝息を立てていた。
「これで任務は終了。
……ふぅ、私、上手くやれました、隊長。」
ほっと胸を撫で下ろしながら、独り言を呟く彼女。
その隙を待っていた。
俺は手に持っていた物を近くに投げ捨て、その少女、天津の手を引き、組み付いた。
「…っ!?あ、ぐぅ……!!」
「来ると思ってたぞ…!
悪いが、オチるのはアンタの方だ。」
「長助!テメェ起きてたのか!?」
「ああ、誘き寄せるために一芝居打たせてもらった。」
「なっ!?あう……!?」
やはり、俺の予想は正しかったみたいだ。
「アンタは風で音を拾って俺達の様子を把握していたんだろ?
監視ならぬ"監聴"ってわけだ。」
あのヒョーヒョー鳴っていた風は、音を拾うサウンドレーダーの役割だろう。
輝龍の発言が聞こえていたのが何よりの証拠だ。
だから、俺が寝たフリをした後、全員が術中にハマったと勘違いし姿を現したのだ。
座った状態で首を締め上げ、じたばた暴れる彼女を足で抑え込む。
「これならどんな強風でも引き剥がせないだろ!
死んでも離すもんか!」
「っ!!〜〜~っ!!」
顔を真っ赤にした彼女が、俺と共に浮遊する。あっという間に高度が森を越えて島を一望できる程上昇した。水平線からは太陽が顔を出して1日の始まりを告げようとしていた。
重力に逆らい、内臓が不快な感覚に襲われる。
そして、同時に高所による恐怖に心臓が高鳴る。
風が一瞬だけ乱れ、彼女の瞳から焦点が消える。
そして最後にざまあみろと言わんばかりに口角を上げ、意識を手放した。
「……ッ!コイツ……!」
任務失敗するくらいなら、俺もろともオチてやるってか?
面白くない冗談だ。
「クソッ……間に合うか…?」
ついに浮力を失い、落下が始まる。
天津を抱えながら受け身は取れないので、少しでも生き残る確率を上げるため、背中を下にする。
落ち始めてものの数秒なのに、落下速度は既に体感100km/hは超えている。
「リリカァァァァーーー!!」
一縷の望みに賭けて名を叫ぶ。
樹木よりも高度が低くなった時、覚悟を決めて目を瞑る。
そして、俺の身体は敢え無く地面に墜落した。
「………ゲホッゲホッ!……オエェ。」
地面に落ちた俺は地中に深々と埋まり、砂風呂みたいに顔だけ外に出して呼吸を整える。
「よ、良かった〜〜!!ギリギリ間に合った〜〜!!」
そこには、安堵し手を差し伸べるリリカと眼鏡をクイッとかけ直すA、地面にスコップを刺すBの姿があった。
「本当に無茶な要求をしよってからに…!俺のポインターが無ければ、貴様が落下しているなどと気付かんかったぞ!」
「ああ、だからアンタを一番最初に"起こした"んだ。」
俺が天津に組み付く前、木の枝で地面にメッセージを書き、Aに投げていた。
俺がAにメッセージを残すためにこっそりと隠し持っていたものだ。
『みんなをおこして さがせ』
霧で逸れる直前、Aが皆にポイントを設置していたので、俺の位置を特定してくれると踏んでいた。
本当は天津を取り逃さないようにするための保険だったのだが、落下の早期発見に役立ってくれたので結果オーライではあった。
「俺のサンドクッションもそうですけど、リリカ様にも感謝してくださいよ?
途中で減速してなければ、タダでは済まなかったっすよ。」
「急だったから強度はビミョーだったけどね。
木と木の間に糸を張り巡らせてたんだー。ナイス判断!アタシ!」
目を瞑った後、確かに背中に包み込む感触がした。
リリカのネットが俺達を安全に着地させてくれたみたいだ。
「そうか…、あれはリリカの糸だったのか…。
ありがとう、みんな。助かった…!」
差し伸べられた手を取り、天津ごと引き上げてもらう。
意識を失った彼女は、特に外傷はなく命に別状はなかった。
目を覚ます前に神器を没収、手足拘束を施し、無力化させてから、
俺達は猫ミコちゃんの追跡を再開した。




