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エボシオリ  作者: 緑兵 鍊
2章

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36節 まどろみの霧(前編)

 猫の姿に変身した白羽命、通称猫ミコちゃんを人間に戻すべく、俺達は彼女の拠点の捜索を始めた。

 しかし、道中の森で何度も同じ場所を回っていたという事実が、Aの神器によって判明することとなった。


「アタシも、猫ミコちゃんのオーラを視ていたんだけど…途中から急に視えなくなっちゃって……。」

「もしかしたらこれは…嵌められたかも知れません。」

「猫ミコちゃんに?そんなまさか……。」

「しかし、我々をここに誘導したのはあの猫…そう考えるのが自然でしょう。

 …ともかく、皆の位置が判るよう一人ひとり、私のポインターを設置させてもらいますぞ。」


 皆が疑心暗鬼になっていると、突然、霧が立ち込める。

 霧は、すぐに一帯を覆い、手を伸ばした先すらも見えないほど濃くなった。


「みんな落ち着いて!ゆっくりアタシの声の方に――」

「……リリカ?」


 リリカの声が途切れた。

 聞き返すも返事がない。

 さらに、俺が身に纏っていた砂の防寒着がサラサラと崩れ落ちる。Bが何らかの理由で神器を維持できなくなったのだ。

 ヒョーヒョーと甲高い風の音が俺の不安をさらに煽る。


 原理は分からないが、この霧が今回の異変を引き起こしているのは間違いない。

 直接吸い込むのも危険かもしれないので、口元に手ぬぐいを巻くために輝龍を背中から降ろすが、なにか様子がおかしい。


「おい…輝龍?」

「……。」


 白目を剥いて反応を示さない。


「おい…おい!?死んでないよな!?」

「……。」


 すぐに呼吸、脈を取って確認するがどちらも正常だった。

 ひとまずは、生きてる事に安堵する。

 だが、危険な状況には変わりない。

 正気に戻したいが、二〜三発殴って問題ないだろうか?ポックリ死んでしまったら非常に困る。


「ええい!迷うくらいならやって後悔だ!オラッ!」



 ―――



「輝龍……すまない……俺のせいで……。」

「……。」


 輝龍は健やかな顔で横たわっていた。

 虚ろだった目は完全に閉じられ、安らかな顔で……。


「いや、死んでねぇよ。」


 カッ、と見開かれた鋭い眼差しが、腫れた瞼の下からちょっぴり顔を出す。

 下垂した瞼に埋もれて、目が閉じているように見えていたのだ。


 実のところ、輝龍は二発目で目を覚ました。

 三発目をいこうとしてた時、大声で制止してきたが、勢い余っていってしまった。


「起こす為とはいえ、容赦なさ過ぎんだよ。」

「だから謝っただろ。"顔腫らしちゃってすまない"って。」


 輝龍は頑丈なので、生半可で殴っても荒療治にならない。

 だから、本気で殴らせてもらった。

 そのせいで顔面が腫れてしまったが…まあ、それはそれ。必要な犠牲だった。



「多分、他の連中もオレみたいにオチてるだろうぜ。

 ……つーか、長助。テメェは何ともないのか?」

「あー…霧のせいで方向感覚は狂ってるけど、それ以外は何ともないな。」

「ふーん…。」


 他の皆を助けに行きたいが、既に方向を見失っている。せめてAが居れば、この霧の中でも位置が判ったかもしれない。


「輝龍、一応聞くけど、この霧、お前の仲間の能力か?」

「……いや、オレはこんな能力知らねぇな。」


 目を泳がせ静かに答える。

 嘘をつくタイプでは無いが、何か引っ掛かる言い方だ。

 隠しているのは間違いない。


「…とりあえず、ここに留まってても仕方ない。危険だけど、適当に進んでみるしかないな。」



 ―――



 暗い霧の中、木にぶつからないようにゆっくりと進んで行く。

 月の光は遮られ、足元ですら暗くて見にくい。

 少しの段差でも転びそうになる。

 自分が正しい方角に進んでいるか以前に、真っ直ぐ進めているかも怪しい。


「参ったな……。」


 いつ来るか分からない襲撃に警戒しながら、慎重に移動するのはかなり精神を消耗する。

 どのくらい経っただろうか、ずっと同じ光景で時間の感覚が曖昧だ。

 1時間は経った気がするし、5分のような気もする。

 出口の見えない閉塞感に不安と恐怖が押し寄せ、呼吸が乱れる。

 もし、一生抜け出せなかったら……。


 イヤな想像を振り払うように頭を大きく振る。

 弱気になってはいけない。

 今、動けるのは俺しかいないのだから。


 俺は立ち止まって輝龍を降ろし、木の幹を背にして座らせる。

 あれから輝龍は何も喋らなくなった。

 声をかければ返事は返ってくるので、意識を失ったわけではなく、ただ単に気分じゃないだけなのだろう。


「…休憩か?」

「…ああ、ちょっとな。」


 こんな感じで一言、二言交わして終わる。

 出発時の元気はどこへ行ったのやら。

 無駄に雑学ひけらかしていたのが嘘のようだ。


(まぁ、何か心当たりありそうだったからな、黙るのは当然か……。)


 小さく溜息を吐いて、輝龍とは別の木に背もたれ、腰掛ける。

 気分転換で空を見上げるが、白モヤが漂って星は見えない。この島における夜の楽しみだったのに、それすらも出来ないなんて。

 ゲーム機を没収された子供の気分だ。


 その時、ヒョーヒョーと甲高い音の風が吹く。

 鳥の鳴き声にも似たソレは、まるで俺を嘲笑い、煽っているように感じた。


(…あークソッ。風にムカつくとか…俺、相当疲れてるな。

 ……ん?待てよ?)


 そういえば、皆と逸れる前、同じ様な音を立てる風が吹いていた。

 そして、その直前に奇妙な発言をした奴がいた。――ソイツは確か…。


「風が変わった…。」


 口から溢れた独り言に、目の前の男はガバッと顔を上げ、目を丸くしてこちらを見る。

 何も言わずとも、その反応が全てを物語っていた。


「風を操ってまどろみの霧を生み出した奴がいる……そうだよな、輝龍。」


 輝龍は数秒間目を閉じると、観念したのかゆっくり口を開いた。

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