21節 白羽命様
老人ホームを出て、治療神器探しを再開する。次の目的地はトヨさんの話にあった長浜海岸だ。車を走らせ、2分ほどで目的地に到着する。砂浜と岩場が混在するビーチで、80年前の特徴と遜色ない。
4月の中旬というのもあって、浜辺は肌寒く、泳ぐ人どころか観光客も見当たらない。当然、白い髪の"あの人"もここには居なかった。
「…さて、また振り出しに戻っちまったな、どうしたもんか…………ん?何だあれ?」
正面の水面から弾けるあぶく。その場所だけ異常に泡が噴き出していた。ギリギリ靴が濡れない波打ち際に立ってみるが、10メートルは離れているためその正体が掴めない。
「チョウスケ、メのジンギ、つかえば?」
「それだ!ナイス、ツバキ!」
腕に巻いていたツバキからの助言に親指を立て、ワシャワシャと撫でると、「あう、あう」と可愛らしい声を漏らす。
ひとしきり撫で終わると、神器を解放し、籠手に変形させる。その手で月ヶ瀬の眼帯を軽く握ると俺の左目に吸い込まれていき、ひび割れた目に変わった。
「っ……!あ〜痛ってぇ…。解放した時の痛み、全然慣れねえな…。」
突き刺すような痛みに目を押さえ、頭を左右に振る。
ようやく痛みが引いてきた所で謎のあぶくを凝視した。するとそこには…。
「猫!?溺れてるぞ!」
―――
春の海は想像以上に冷たかった。助けに行った俺も身体がかじかんで溺れかけたくらいだ。
猫の意識は無かったが、陸に上げた時に大量の水を吐き、正常に呼吸をしていたので上着で包んで保温してあげた。
「にしても、海に猫かぁ、海に猫……ウミネコってやつか?」
白い毛並みにボロボロの首輪を付けた猫。誰かの飼い猫であったのは間違いなさそうだが、飼い主を探す暇はない。とはいえ、そのままにしておくのも可哀想だったので、意識が戻るまで連れて行くことにした。
―――
「めっちゃ面白い話持ってきたじゃん!絶対その人だよ!」
車で村まで戻ってくると島民とお喋りしていたリリカを見つけたので、車に乗せて適当な場所に駐車してお互いの情報を共有する。
トヨさんから聞いた話を聞かせると、俺の考えと同じようで例の神器持ちは白い髪の"あの人"だと確信していた。
「俺はそんな所だけど、リリカは?」
「実は、あたしもその"現人神ちゃん"って人に関する話を一つ持ってるんだ〜。ちょーくんの話が無かったらよくある宗教で片付けてたかもだけどね?」
「へぇーどんな話?」
「戦後の人が日記に記した内容らしいんだけど……はい、これ。」
そう言って一冊の日記を俺に手渡す。話を持っていると言ってたが、本当の意味で持っていたようだ。
日記を開き、書かれていた内容を確認する。
「…現…た?……え〜っと?」
「達筆過ぎて読めない?じゃあ、あたしが書いた翻訳版あげる。」
「あ、ありがと……って何でそっちを先に渡さないんだよ?」
「ちょーくんが分からなかったら渡そうと思ってた!」
「ああ、そりゃ…どうも。」
若干、馬鹿にされたような気もするが、改めて日記の内容を確認する。
神は存在した。
豊橋さんが言っていた事は間違いでは無かった。
動かなかった私の脚に感覚が戻ったのを感じた。死を待つだけだった我等が、再び生きることを許されたのだ。
異国から来た女を崇めるなんてどうかしていると思っていたが、私の考えが浅はかだった。
これからは、この神津の新たな神——、『シラハノミコト(白羽命)様』を丁重にもてはやさなければ。
日記の内容は以上だった。
豊橋……、恐らくトヨさんの苗字だろう。
腕を治してもらったトヨさんの父親が島民に布教し、その後、彼女を神として祀った事が読み取れる。
「シラハノミコト様……これってつまり、俺たちの探している人はこの島の神様ってことか!?」
「う〜ん、それが………。」
難色を示すリリカ。
聞けば、シラハノミコトについて調査した所、誰も知らない上に記録すら残っていなかったらしい。トヨさんの話が無ければ、筆者の戯言として片付けてしまうのも無理はない。
「これってさ〜、ちょーっと怪しいよね。」
「ああ、傷が治る奇跡を目の当たりにして記録をしないのは変だな。」
もし、記録をしていないのではなく、意図的に消したとするなら…。
「記録に残していけない不都合が起こった……とか?」
リリカの言葉に息を呑んだ。
一体この島で何が起こったのだろうか。
どうやら、この神器探しは想像していたよりも、ずっと深く、そして厄介な闇を抱えているらしい。




