10節 作戦決行
人気の無い路地。街灯も少ない薄暗い道をある青年が一人で歩いている。静寂の中で、足音だけが不釣り合いに響いていた。その先にはまた新たな街灯。オレンジ色の円形を闇の中に描いている。しかし、その円の中にひっそりと佇む黒い影があった。青年は歩みを止め、月のような左目をギラリと輝かせる。その光に惹かれ、黒い影は青年の方へ近付いて行く。まるで光に群がる虫のように。後退りする青年に黒い影が手を伸ばす。その時。
「待て!」
青年が来た道の方から凛々しい声と共に純白の槍を持った180越えの男が現れる。月下美人のように透き通る白肌で繊細な手を前へ伸ばし、月のような左目を持った青年に指を突き出す。
「貴様、例の論文を発表した月ヶ瀬影虎だな!自ら我々熊坂一派の敵だと公表するなど愚の骨頂!加賀家の加賀夜千代が成敗してくれる!!」
わざとらしく名乗り口上を上げた後、槍を掲げて突進する。振り下ろした刃は青年と黒い影の間を切り裂き、コンクリートの地面が抉れる程の膂力を見せる。黒い影が後ろに飛び退き、交互に青年と男の顔を繰り返し見る。思わぬところで第三者が介入し、状況が混乱する最中、青年が突然悲鳴にも似た叫びを上げる。
「ああ!あ、あそこに誰か立ってる!!?」
青年が指差す住宅地の屋根の上。そこには赤緑色の手ぬぐいを頭に巻き、黒いスカーフで口元を隠した不審者が月を背景にして立っていた。
「怪盗ベア参上!今宵、この地に集まった神器を頂戴する!」
怪盗が声高々に宣言すると、淡い光を放ち、左手に大層な籠手を身に付ける。それと同時に手には見覚えのある純白の槍が握られていた。
「き、貴様!ぼ…私の槍を奪うとは!!万死に値する!」
「ハァーハッハッハ!!この大怪盗の手にかかればこれくらい造作もない!このまま他の者の神器を…って、おま…!?く、来るんじゃない!!」
驚異的な身体能力で怪盗のいる屋根に駆け上がって来る槍使いの男。想定外の行動に慌てて怪盗は別の屋根に飛び移る。それでも追いかけ続ける槍使いの男の迫力に、怪盗はたまらずその場を退散した。
残されたのは青年と黒い影。その後の行方は、怪盗には知る術もない。
ーーー
「夜千代!!作戦が違う!追いかけるのは全員の神器を盗ってからだ!」
「そうだったか?お前の演技があまりに鼻についたもんでな、つい。」
「つい、じゃねえー!!」
俺達の作戦。それは、犯人を誘き出し、一芝居を打って月ヶ瀬が無関係なことをアピールするというもの。あえて人気のない場所に犯人を誘き寄せ、そこに”奴ら”と敵対している夜千代が月ヶ瀬を攻撃する。最後に、俺がその場にいる全員の神器を奪って逃走し、ヘイトを謎の怪盗に向けることで月ヶ瀬の誤解を解きつつ、戦闘も回避することができるという流れ…だった。それが今では、怪盗と身体能力お化けの鬼ごっこに変わり果ててしまった。
名前も無い小さな公園まで走ったところで体力が限界を迎え、鉄棒に寄りかかって星を仰いだ。後ろの暴走列車の衝突に恐怖した俺は追い付かれる直前、槍を砂場に投げ捨ててギリギリで回避した。
「ふ…ふざ…けんな…はぁ…はぁ……。本気で…殴り飛ばそうと…しただろ…。」
「…まさか。これも演技の一つだ。…味方を騙せるリアリティーがないと駄目だろ?」
そう言って鼻で笑う夜千代に軽い殺意を覚えながら呼吸を整え、置いてきた月ヶ瀬の元へ戻ろうと身を傾けると夜千代が肩を掴み行く手を阻む。
「…何のつもりだ?離せよ。早く行かねえと月ヶ瀬が危ない。」
「フン。…どうだかな。それよりも、こっちの心配をした方が良い。」
夜千代が顎をしゃくって視線を誘導する。そこにあったのはなんの変哲も無いブランコ。ギーコ、ギーコと規則的に揺れて金属が擦れる音が聞こえる。それ以外に人影らしいものは見当たらない。
「なんだよ?ただのブランコ……。」
(待て、ブランコが揺れている?誰も乗っていないブランコが…?)
ブランコの角度が90度、120度、180度…と人が乗っていられない速度と高度になっていき、遂には一回転して上の支柱に絡まってしまう。ものすごい速度で回った勢いでブランコは、形がひしゃげていた。
不可解な現象を前に俺達が固まっていると、ブランコの後ろにある茂みがガサガサと音をたて、黒いドレスを着た女が先端に星のついたステッキを持って現れる。顔つきは20代後半から30代前半の大人の女性。紫の瞳には落ち着きが見え、こちらを見ると口元に手を当てて妖艶に微笑む。
「貴方たち…ワタシ達幻神隊に手を出して無事に帰れると思わないことね…!」




