9節 神器の再誕
「お、お前…さっき作戦で自信満々に言ってただろ…。まさか…使い方がわからないのか…?」
「う、嘘だよね…流石に冗談…だよね?」
「え…な、なんだよ……?本当に知らないけど…?…おい!なんだその目は!そんな目で見るなよ!」
二人とも信じられないといった様子で冷ややかな視線が突き刺さる。多少バカにされるとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。一気に雲行きが怪しくなり、このままでは作戦すら却下される勢いだ。
「待て待て!!俺はまだ意図的に能力を発動したことがないだけで、使い方を覚えればきっと大丈夫だって…!」
「意図的に…とはどういうことだ?お前はあの時、火炎男のライターを奪ったじゃないか?なら自分の意思で発動させているはずだ。」
あの時は手元にライターが突然現れ、俺自身なにかした憶えはない。その事を伝えると、月ヶ瀬が何か心当たりがあるのか自信無さげに手を挙げる。
「もしかしたら…長助はその時にライターを奪いたいって思ったんじゃない?」
「えっ?……あ!そうだ!確かに思ったかも!ライターさえ奪えれば…って。」
読みが当たって嬉しかったのか月ヶ瀬の表情が明るくなり、饒舌になって話を続ける。
「やっぱり!長助の神器って話を聞く限り、ぼくのと違って自我があるタイプだよね!だから、長助の願いをその神器が叶えてくれたんだよ!例えるならぼくの神器が自分で全て操作するマニュアル車で、長助の神器は自動で切り替えてくれるオートマチック車ってところかな!しかも…。」
「あー!わかったわかった!ちょっと待ってくれ…。えーっと、つまり、どうすれば使えるんだ?」
このままだと一生話し続けるんじゃないかと思い、暴走した月ヶ瀬を落ち着かせる。我に返った月ヶ瀬は頬を赤らめ、目を伏せる。恥ずかしかったのか手で前髪を掻いて目を隠しながらボソボソと答える。
「つ、つまり……神器との親和性を高めればいいんだよ……。」
「親和性?」
(ようは仲良くなれってことか?)
一応これでも俺は何度か着物幽霊に話しかけたことがある。しかし、毎回、何の反応も無かった。声を聞いた事があるのは、基本向こうから話しかけてくる時だけだ。
「仲良くなれって言ったって…話し掛けても無反応な奴にどうやって仲良くなれば良いんだ…?夜千代でもまだマシだぞ…。」
「それはどういう意味だ?…どうせお前が何か機嫌損ねるようなことしたんだろ。」
「まさか…。お前じゃあるまいし。」
夜千代との喧嘩が始まりそうになる直前、月ヶ瀬がいつもどのように話しかけているのか今ここで実践して欲しいと提案してきた。第三者が見れば何か原因がわかるかもしれないからと。そのアイデアに了承し、カバンから手ぬぐいを取り出すといつものように着物幽霊に話しかけた。
「おーい、幽霊さーん?ちょっと神器の使い方を教えてほしいんだけどー…。いい加減返事してくれー。」
俺の呼び掛けに今回も着物幽霊は反応しない。その様子を見た八千代が呆れたように聞いてくる。
「本当にいつもこの調子で…?もしそうなら僕は絶対返事しないね。」
「はあ?なんでだよ?何もおかしくなかっただろ?」
「はぁ…。お前…モテないだろ?」
「ぐっ!!」
その一言が俺の心に突き刺さる。今までコイツに言われたどんな悪口よりもダメージを負った気がする。自分がちょっと美形だからって、なにも言う事ないだろう。
「お前の神器は僕らのとは違って自我があるんだ。人間のように感情がある。だったらまずはお互いの事を知らなきゃいけないだろうが。…お前、その神器に名前も聞いてないのか?」
「名前…?名前なんてあるのか?」
「さあな。あるのもいればないのもいる。でもお前はそれすら聞かなかったんだろ?自分の神器をただの便利な道具としてしか見ていなかったんじゃないのか?」
「……!そうか……確かに俺が悪かったな。……もう一度やってみる!」
俺は再び着物幽霊に声をかける。しかし、今度は一人の人間として対等に接するように心掛ける。
「なあ、幽霊さん。今までちゃんと聞こうとしなくてすまなかった…!俺、アンタのことが知りたいんだ。だから、教えてくれ。アンタの名前はなんていうんだ?」
「やっと…"わたし"をみてくれた…。」
「……っ!ああ、本当にすまなかった。時間掛かっちまったがアンタのこと教えてくれないか?」
その時、俺の意識が一瞬揺らぎ、気付けば真っ白な空間へと移動していた。手元にあった手ぬぐいが無くなった代わりに目の前に着物幽霊が立っていた。
―――
「チョウスケ、おそい…!おそい…!」
頬を膨らませ、俺の太ももをポカポカと殴る。見た目は少女だからか全く痛くなかった。それどころかマッサージのような適度な力加減で気持ち良さすら感じた。謝りながらされるがままに殴られていると殴るのに疲れたのか手を止め、こちらを見上げる。
「チョウスケ、わたしになまえをつけて。」
「名前無いのか?」
「うん、なくなったの。チカラもなまえも、もえてきえた。」
「…そっか。だったら最高の名前を付けてやるよ!」
俺の言葉に着物幽霊が笑顔を浮かべる。いつも仏頂面だった少女が笑うのはこれが初めてだった。
「…よし!決めたぞ!」
しばらく悩んでようやく良い名前を思いつく。着物幽霊が身を乗り出し、胸の前で両拳を握って期待の眼差しを向けていた。普段おっとりしてる少女にピッタリな名前だと思う。
「アンタの名前は…花子だ!」
花のようにほんわかとした温和な雰囲気を持った子供、だから花子。我ながら良い名前をつけたと思う。着物幽霊、いや花子も感動のあまり固まっていた。
「……やだ。」
「…へ?」
「やだ…!」
「嘘…だろ…!?」
まさかの拒否。拒否とかあるのか。花子、もとい着物幽霊は駄々をこねて不貞腐れる。俺も真剣に考えていたからこそ、断られた時のショックは大きかった。一体何がお気に召さなかったのか。膝を抱えてうずくまる少女の後ろ姿を見ながら考える。
(そういえばこの子の髪色、毛先が赤いな…。この色どこかで……。)
「ツバキ。」
実救がお見舞いに来た時、見舞い品として置いていった紅色のツバキ。それが着物幽霊の髪色にとても似ていた。俺がポツリと呟いた言葉に着物幽霊はこちらを振り返る。
「ツバキならどうだ?」
「ツバキ……。うん…いいなまえ…!それがいい…!」
「よし!それじゃあ改めて、アンタの名前はツバキだ!」
―――
再び意識が揺らいで、気付いた時には資料室へと戻ってきていた。そして俺の手元には赤緑の手ぬぐいが握られており、淡い光を帯びていた。
「その光、成功したんだね!」
「遅すぎるくらいだが…まあ、使えるようになったなら良しとしよう。」
いつの間にか神器を発動させている二人が俺を祝福する。俺は神器に集中し、その名を呼ぶ。
「力を貸してくれ…『ツバキ』!!」
手ぬぐいは形を変え、左前腕部に巻き付いていく。柔らかかった布の感触が堅くなっていき、赤緑色の籠手へと変形した。
「これが…神器の発動…。凄え…!」
籠手は外側が堅牢な作りになっていて重量感があったが、不思議と重さを感じない。それどころか普段より体が軽かった。
「夜千代、能力の確認がしたい。試してもいいか?」
夜千代は何も言わずに斬り掛かってくる。俺はその手に持っている槍に狙いを定め、念じた。
(奪え!)
その瞬間、夜千代の持っていた槍が消え、俺の左手に現れる。そのまま柄を握って切っ先を夜千代の喉元へ突き立てた。すぐに変形を解除し、かんざしとなった神器を夜千代に返す。
「…どうやら問題なさそうだな。」
「ああ…いつでもいけそうだ!」
決行日を今日の夜に決めて、時間まで俺達は作戦の準備に取り掛かった。