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ホラー

見つけないで

作者: めみあ

夏のホラー2025参加作品です。


「メダカ捕まえたから鉢にいれといてね!」


 郵便ポストをのぞいていると、陽に焼けて顔を真っ赤にした弟の蒼太(そうた)が、小さなバケツを私の足元に置き、返事も聞かずにどこかに駆けて行った。


 見ればバケツの中には10匹ほどのメダカがいて、どれも元気に泳いでいる。


「あれ? いま蒼太の声がしたと思ったけど」


 玄関の扉が開き、母が顔を出した。  


「うん、メダカを置いてまたどこかに行った」

「もー、今日は法事があるから午後からは家にいなさいって言ったのに」  


「探しに行こうか?」

「そのうち帰ってくるでしょ。千紘(ちひろ)も蒼太と留守番よろしくね」



「……やっぱり私も留守番する」

 

 いつのまにか玄関の上がり框に座っていた姉の(みお)が口を開いた。母はほんの少しがっかりした表情をしたけれど、「そお?」とだけ言った。



 今日は幼馴染の(かける)の3回忌。

 あの日から塞ぎ込んでいた澪が、法事に出席すると聞いたときは少しだけホッとした。ずっと元気のない澪は見ていられなかったから。


 ――でも、やっぱり気持ちは追いつかないよね。


 

 私はポケットに忍ばせていた、罪悪感の塊を強く握る。私も3回忌という区切りで、この罪を手放そうと思っていたのに、踏ん切りがついていなかった。


 カツッと靴の先が何かに当たる。足元のバケツの存在をすっかり忘れていた。メダカは大丈夫かとバケツを覗く。水面が太陽に照らされキラキラと輝いていた。


 その水面を見ていたら、翔と澪と私で網を持って走り回っていた夏の日を思い出す。


 ――あの頃はずっと3人一緒で楽しかった。



 翔と澪が中学生になり急に遊んでくれなくなって退屈していたあの日。図書館に行ったはずの2人が肩を並べて歩いている姿を見た。2人の間に流れている空気が特別なものにみえて、私は声をかけようとしたのに、声がでなかった。

  

 振り返れば私がいるのに、2人は全く私の存在に気づかない。澪のスカートが風に揺れた。汗を袖で拭っている翔のためか、澪がスカートのポケットからハンカチを取り出した。

 

 ハンカチを受け取らない翔と、少し不貞腐れたような澪。私は見ていられなくてそっと木陰に身を隠した。

 

 2人の姿が見えなくなってから、澪の歩いていた道をたどる。澪たちが立ち止まっていたあたりで、ふと何かが光った。


 屈んで確認すると、それは見覚えのあるおもちゃの指輪だった。


『友達とお祭りに行って、そこで偶然翔ちゃんに会ってね、くじ引きでこんなのが当たったからって渡されたの』


 髪を結い上げて浴衣を着た澪から、翔ちゃんに貰ったと見せられたとき、胸がチクッと痛んだ。



 指輪を拾うか、そのまま知らぬふりをしようか迷ったけれど、澪の悲しい顔を思い浮かべると知らぬふりなどできなかった。私は指輪を拾いポケットに入れた。



 指輪はすぐ返すつもりだった。けれど翌日は一泊二日の自然教室があって、夜は準備でバタバタしていたから、あとでいいやと考えているうちに渡しそびれてしまった。





 自然教室から戻り、顔を真っ青にした母から翔ちゃんが死んだと告げられた。足を滑らせ転んだ拍子に頭を打ち、そのまま用水路に落ちたらしい。それで発見に時間がかかったと言う。

 

「私のせいで……私が指輪がないって言ったから……私のせいなの」


 

 うわごとのように繰り返す澪を、母は痛ましそうに見る。そして澪の言葉の意味を教えてくれた。

 指輪をなくしたと泣く澪に、俺が見つけるからと翔が探しに行き、事故に遭ったそうだ。


 それを聞いた私は、怖くて何も言えなかった。


 そうして真実を告げられないまま、三年が経ってしまった。指輪を誰にも見つからないよう、ずっと隠し続けたまま。

 




「鉢に入れてって言ったのに!」

 

 いつのまにか戻った蒼太の声で我にかえる。ぼうっとしている間に母は出かけてしまったようだ。


「ごめん、でも前に使ってた鉢に砂が残ってるから、鉢を洗ってカルキ抜きもしなきゃでしょ? だから今日は無理かな」

「えー、こんな狭いとこじゃあメダカが可哀想だよ」

 

「うーん……じゃあ、今日のところは大きい入れ物にメダカを捕まえた場所の水をいれる?」

「神社のとこの水路だから遠いなあ」


 何気ないひとことに、私は凍りつく。


 ――翔ちゃんが事故に遭った場所だ……

 

 

 あの日からそこに近寄れない私は、

「留守番しててって言われてるし、今日はそのバケツで我慢して」と少し強めに言う。蒼太はちぇっと言いながら家に入った。


 それを追いかけ、玄関の扉に手をかけたとき、


《どこ》


 とすぐそばで男の子の声がした。辺りを見回すが、人の姿は見えない。 


 ――気のせい? でも今の声どこかで……


 そこまで考えてよく知る顔が頭をよぎる。スッと身体の温度が下がり、思わず翔の家のある方向に目を向けた。


 そのまま動けないでいると、曲がり角から「忘れ物しちゃった」と母が現れた。ホッとして声をかけようとすると、


《見つからない》


 今度はちゃんとどこから声がしたかわかった。恐る恐る足元を見る。


 バケツの水面が揺れた。それが一瞬、人の顔のように見え、私は声にならない叫び声をあげ尻餅をついた。

   

 母が心配して駆け寄ってくる。視界の隅にバケツがうつるが、メダカしかいない。


 ――見間違い……?


「どうしたの?」


 母が手を貸してくれたので立ち上がる。


「虫が、いて、びっくりしただけ」

「もう、驚かせないでよ」


 母は笑いながらも怪我はない?と肌のでている部分に傷がないか確認する。それから呆れたような顔をした。


「千紘、ズボンが泥だらけ。どこの小学生よ。脱いで澪に洗ってもらいなさい」


 そう言って玄関の扉をあけ、「澪ー、千紘のズボンに泥がついたから洗ってくれる?」と、階上に声をかける。「わかった」と澪が答えた。


 床を汚さないようにそろそろと廊下を歩き、洗面所で息をつく。

 澪が階段を降りてくる音が聞こえたところで、私は指輪の存在を思い出した。


 ――隠さなきゃ!

 

 慌ててポケットに手を入れようとするが、恐怖の名残で手が震えていた。それでも見つかるわけにはいかず、ズボンを脱ぎ、逆さに振った。コンッと床に指輪が落ちる。


 隠し場所を探すと、洗面所の棚の下に鉢があった。以前水を捨てて乾かしたままで砂がまだ底に残っている。私は咄嗟に指輪を砂に埋めた。


「ポケットの中に何かあったら出してね」


 廊下から澪が声をかけてきた。着替えのズボンを手にしていて渡される。


 澪は何も気づかなかったようで、ズボンを洗ったあとは、また階上に戻って行った。


「おい千紘、メダカは?」


 間髪をいれず蒼太が洗面所に入ってきた。


「まだ外だけど、そのままでも平気でしょ」

「さっき天気予報で夜から大雨って言ってたから、中に入れなきゃ。水が溢れたらメダカが死んじゃうだろ」

  

 

 ――いやだ。あれを家に入れるなんて。


  

 そう思っても言えるわけがなく、「様子を見てからにしようよ」としか言えなかった。

 



 それからしばらくは何をするにも蒼太がそばにいて、なかなか指輪を取り出すことができない。そうしているうちに、雨が降りだした。どうしようか迷っているうちに、母が帰宅した。メダカの入ったバケツを手にして。


「ただいま。メダカのバケツ、水が溢れそうだったから、洗面所に置いておくわね」

 

「それバケツごと鉢の中に入れておいてー、お風呂のときに蹴飛ばしちゃうから」


 蒼太が母に向かって叫ぶ。


 勝手に何を、と言いかけて、



《近づいた》

 

 とかすかに声がした。


 蒼太と母は普段通りの会話をしている。


(え? 二人には聞こえないの?)


 洗面所を覗くと鉢の前に二人はいた。




《あるのに見えない》


 今度はハッキリと聞こえた。最初は無機質な声だったのが、今は人の声にしか聞こえない。


《見えない、見えない》


《そこにあるのに見えない》



 母と蒼太はキッチンに行き、今が指輪を取り出すチャンスなのに、足が動かなかった。



《これがないと》


《これがないと みおに》


《みおに》


《みおを……》



「あ……う……」


 声をだしたいのに、喉が詰まって声がでない。




《……ちひろちゃん?》


 私は目眩がしてその場にしゃがみこんだ。






 頭が朦朧とする。

 

 遠くで水が跳ねる音。

 見えない見えないと砂を掘り返す影。

 

 私は、見つけないで、見つけないで、と祈るようにそれを見つめていた。

 


 


「ちひろ!」


 頬に触れた冷たい感触に、目を開ける。澪が心配そうに覗き込んでいた。


「お姉ちゃん……」


 廊下にいたはずが、今は自室のベッドに寝かされていた。


「廊下で座り込んでたからビックリしたよ。いつから具合が悪かったの? さっき熱を測ったら39度超えてて慌てたんだから」


 『みおを』


 澪の顔を見て、あの声がやっぱり翔だと確信する。


「あっ……あのね……」


 ――指輪のこと言わなきゃ。お姉ちゃんが危ない。翔ちゃんに連れていかれちゃう!


「おねえ…ちゃん……あの…ね……」

  

 話そうとしても喉の痛みでうまく声がだせない。


「無理してしゃべらないの。ちゃんとここにいるから」


 頭を撫でられていると、勇気がしぼんでいくのを感じて苦しい。澪は元気なそぶりを見せているけど、いつも翔に会いたがっていることを知っている。


 ――もし翔ちゃんに呼ばれたら、お姉ちゃんは喜んで翔ちゃんのとこに行ってしまうかもしれない。



 

 熱は41度近くまであがった。

 どうにかしなければと思っても、気がつくと眠ってしまい、起きて澪が隣にいることに安心することの繰り返しだった。

 


 目覚めると外が明るかった。

 ベッドの傍らには、澪ではなく母がいて、うつ伏せに眠っていた。

 

「おとーさん、クマゼミがいる。早く早く」


 外からは蒼太の声がした。父が「ちょっと待って」と答えている。

 

  

 全てが夢だったかのような、日曜日の光景。遠くに駆けていく弟と、それを追いかける父の背中を窓から眺めながら、ふと視線を下に向ける。


 門扉の傍に、鉢が見えた。

 光が水面に反射し、水が入っていることがわかる。


 澪が何かに導かれるようにふらふらと鉢に歩み寄るのが見えた。  

 そして鉢の縁に手をかけ、水面に顔を寄せた。その嬉しそうな表情に血の気が引く。


 私は慌てて階段をおり、裸足のまま外に飛び出し、「お姉ちゃん! だめえ!!」と澪にしがみついた。


《ほら、澪がいなくなったら千紘ちゃんが泣くでしょ。それはいやだよね?》


 優しい声音に驚き鉢の水面を見ると、翔ちゃんが笑っていた。


 澪は涙でぐしゃぐしゃになった顔を、縦に何度も振っている。


《千紘ちゃん、怖がらせてごめんね。もう大丈夫だから》


「か、翔ちゃん、私、指輪を……」


 言いかけて、翔ちゃんがゆっくり首を横に振る。


《澪、さっきの約束忘れるなよ》


 水面がゆらめき、翔ちゃんの顔が消えた。

 そのまましばらく何も言えないでいると、蒼太が走ってくる足音とともに、


「千紘! 靴ぐらい履けよー。メダカを見たいからって」


 と怒られ、思わず澪と顔を見合わせて笑ってしまった。

 



 それから澪に翔ちゃんと何を話したのか聞いた。

 澪は翔に怒られちゃったと笑いながら涙を流した。


「私がね、連れて行って欲しいって言ったら、“俺が死んだくらいでメソメソ泣くやつは、俺の隣にいさせられないから、もっと強くなって来い”だって」

 

 翔ちゃんらしい、と頷きながら、私もいつまでも泣いていてはだめだと罪を手放す決意をする。


「……お姉ちゃん、あの指輪のことなんだけど、ほんとは私がずっと持ってたの。怖くて言えなくって……ごめんね……」


 澪は頷いて、私の手を握った。


「私こそごめんね。言えなかったのは私のせいだよね。私が泣いて背を向けていたから。ちゃんと向き合えば、千紘は話してくれたはずだもの」


 私の涙が鉢に落ち、波紋が広がる。

 一瞬、翔ちゃんの笑顔が見えた気がした。

 

 


「そうだ、指輪なんだけど、翔に取られちゃったの。あっちで私に渡せるものがないからって」


「なにそれ、のろけ?」


「うん、私が死んだら翔ちゃんと結婚するんだって」

 

 見えない指輪を見せるように、澪が手の甲を私に向けた。いいね、と笑うと、でしょ? と澪が笑った。


 

「ちひろー、まだ熱があるんだから、寝てなさいよ」


 ようやく起きた母に手を振り、私たちは家に戻る。

 元気になったらあの水辺に行って、メダカを捕まえようと話しながら。





 

 

 

 

  

 



 



読んでいただきありがとうございました。



時間と執筆欲がうまく重なり、

しかも今日はたっぷり昼寝をしたので深夜に書き上げました。

しばらくまた書けなくなるので、今年の夏のホラーはこれでおしまいにします。

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― 新着の感想 ―
序盤から千紘の抱える罪悪感がひしひしと伝わってきてその重みに胸が苦しくなりました。翔の死の真相と指輪の行方が少しずつ明らかになり水面に映る翔の姿にはゾッとしましたが、彼が澪と千紘を大切に思っていること…
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