初めて一人でカフェに来た
初めて一人でカフェに来た。いつもは友達と来ているから、妙に落ち着かない。
店員さんに言われるがまま二人用のテーブルに案内された。少し迷って、壁側の席に座る。すると店全体が広々と見えることに気付き、戸惑った。目の置きどころに困る。
一人でカフェに来たきっかけは、千絵の一言だった。
「今の時代、一人行動したことない人っているのかな」
何気ない話題。真剣に答えても良いし、気楽に答えても良いような質問。
何故か私の心に深く刺さり、「えー、どうだろう」と、上手く答えることができなかった。
それは、過去を振り返ってみて、私が一人行動をしたことがない側の人間だと気付いたからだ。
やばいどうしようと、急に不安になる。
みんながしていることを、まだ私は経験していない。たったそれだけのことなのに、無くしものをしたように不安になる。
幸い、まだ取り返しがつきそうと感じて、私はカフェに一人で行ってみることにした。
どこにでもあるチェーン店。広めのテーブルと赤いソファ。壁にはオシャレな絵が飾られてある。誰が描いたんだろうと、友達と来ている時には決して考えないことが頭に浮かんだ。
ふと周りを見ると、一人で来ているお客は私しかいなかった。その事実を知ったことで、反射的に恥ずかしいと思ってしまう。
私、変に思われていないかな。大丈夫かな。
自分が誰かとカフェに来た時は、一人客のことを気にした覚えがない。むしろ、目の前の話に夢中で、店内で起こった出来事はすべてなかったものとなっている。
きっと今、周りにいる人も、私のことなんか眼中にないだろう。
そう思いつつも、奥にいる、私より3歳くらい年上の人と目が合った。すぐに逸らされてしまい、一瞬だけ一人でカフェに来たことを後悔することになった。
たまらず呼び出し音を押して、店員さんを呼ぶ。前の晩から頼もうと決めていた、アイスコーヒーとケーキを注文した。
店員さんが去った後、私はカバンから素早くスマホを取り出した。今しなくても良いのに、友達にメッセージを返したくて仕方がなかった。2人に返した後、することがなくなったので、SNSを開いて、適当な投稿にいいねを押した。そうしている間に友達の一人からすぐに返信が来る。ああ、忙しい。
スマホの中でも、誰かとつながっている感覚を持つと、一人でカフェに来ている心細さが薄れるような気がした。
少しした後、店員さんが注文したものを持ってきてくれた。トレーに乗ったアイスコーヒーとケーキを丁寧に私のテーブルに置くものだから「ありがとうございます」と、自然に声に出してお礼を言っていた。友達とカフェに来た時は、どんなふうに対応していたかな。私、今よりも愛想が悪かっただろうか。駄目だ。思い出すことができない。
アイスコーヒーを一口飲む。苦い。ガムシロップを入れよう。
気怠そうにソファの背もたれに身を委ねると、自分が違う人のように思えた。ふと、気取っているのが恥ずかしくなり、紙ナプキンを取る理由を作り、急いで背もたれから離れた。
「えー!? マジ」
奥の方から、女の人の高い声が聞こえてきた。
内心ビクついた自分にがっかりする。
手持ち無沙汰からスマホを触る。私、これしかすることないのかと思いつつも、見る手が止まらない。
するとSNSで、友達が彼氏とホテルのスイーツビュッフェに行ってきたという投稿が流れてきた。はぁ、と一人ため息をつく。
初めて一人でカフェに来た感想は寂しいだった。なんだか、疲れた。
私はスマホをテーブルに置くと少し目を閉じた。こうすると、店内の雑音がすべて聞き取れるような気さえしてくる。まぁ、無理だけど。
「お客様、こちらの席はいかがでしょうか」
店員さんの声がすぐ横で聞こえて、目を開ける。
どうやら私の隣の席に、お客さんを案内しているようだった。
黒のダウンジャケットに、ジーンズ。耳に赤いピアスをつけていて、手には大きなカバンを持っているお姉さん。
私と同じ一人客だった。
お姉さんも壁側の席に座り、私の隣で、ぱらぱらとメニュー表をめくっている。
嬉しい。
私は現金なもので、お姉さんが隣に来たことで、一気に心強くなった。
やっぱり一人でカフェに来る人はいるよね。何もおかしなことじゃないよね。
私は、隣のお姉さんの気配を感じつつ、雰囲気が溶け合うように同化した。
お姉さんは、店員さんを呼んだ後、ランチプレートとホットコーヒーを頼み、カバンからパソコンを取り出した。どうやら長居しそうな予感がした。
今、店内にいる一人客はおそらく、私とお姉さんだけだ。
今ここで2人組を作れと言われたら、お姉さんと組む確率は高いだろう。
初めて一人でカフェに来た。すぐに来たことを少しだけ後悔したけど、同じように一人客を見つけたら、テンションが上がり、平気になった。
私は姿勢を正して、ケーキを一口食べた。もし、お腹がいっぱいにならなければ、何か追加注文をしても良いかもしれない。この後、予定は何もないから、自分のしたいままに行動しよう。
そう思いながら、トイレに行く時はカバンごと持っていけば良いのかなと、近々あり得る未来を考えて、アイスコーヒーを一口飲んだ。